試験問題改竄事件2
「ですから、それらはすべて言いがかりですわ!」
ララの話によれば、昼休みに急に別のクラスからある令嬢が取り巻きを連れて教室に乗り込んできてアレイヤを出せと言っているらしい。対応しているのはトワレス・アークハルト。強気な彼女ならば理不尽な要求にも毅然とした態度で対応できるから適任ではあるが、その隙にララにアレイヤを呼びに行かせるのだからかなり冷静である。
「言いがかり? いいえ、絶対に違いますわ! 本人が来れば明らかになりましてよ! ですから早くアレイヤ・ノルマンドを呼び戻しなさい!」
まだ教室から距離があるのに、二人の令嬢の大きな声が聞こえる。
「ずっとあの調子なんです。レオニール王子殿下と同じクラスの侯爵令嬢の方で……お知り合いですか?」
ララに聞かれてアレイヤは即座に否定を返す。
「ゼリニカ様を除けば知り合いと呼べる令嬢はララ様とトワレス様だけです」
「あ、えっと……」
まだまだ遠巻きにされていることを思い出したララが視線を彷徨わせてどうにか軌道修正を図ろうとしている。
まだまだアルフォンに孤立させられていた時期の名残が強い中、そんなことがあったと忘れてしまうほど仲良くしてくれている事実を重視してくれているらしい。
優しいが、カリオとの婚約をあっさりと破棄してしまえる胆力の持ち主でもある。
「それで、あの方は私に何の用なのですか?」
教室に入る前に少しでも情報が欲しいアレイヤの質問に分かりやすく安堵の顔を見せたララはしかし、首を横に振る。
「レオニール王子殿下に関する話であることは間違いないのですが、詳しい内容を聞く前に私はアレイヤ様を探しに教室を出ましたので……」
「……レオニール殿下、ですか」
なるべく関わらないようにしても、友人になりたいと構ってくるレオニールから逃げ切るのは不可能だ。
さらにごく最近、レオニールに関する噂の元には心当たりがあった。
「来るだろうなーとは思ってましたけど、結構遅かったですね」
夜会のその場で声が上がってもおかしくなかったのに、と考えるアレイヤをなぜか付いて来ていたクロードが笑った。
「どこにでも敵がいますね、アレイヤ様?」
「元平民だからって馬鹿にする目にはもう慣れましたよ」
貴族至上主義だかなんだか知らないが、別の校舎には平民だけが通っているのに構わないのだろうかと思わなくもないが、口にすると「あなたはあちらの校舎がお似合いだわ!」という差別的表現が出かねない。
「私はただ、アレイヤ・ノルマンド様が試験で不正を働いたと認めさせたいだけですのよ?」
教室から聞こえた声に、廊下にいる全員がざわつく。
ゆっくりと視線がアレイヤに集まるのを感じて、慌てて首を横に振った。
必死で否定しても証拠がない以上ここで疑う人は増えても無条件に信じてくれる人は少ない。
この場になぜかいるクロードに助けを求めようと振り返ると肩を震わせ、顔を背けて笑っていた。
試験のことで文句を言いに来る人がいるだろうなーと予想して直後に正解したことでツボに入ったらしい。
アレイヤは深く溜息を吐いた後、躊躇うことなく教室に入った。ララが慌てて後ろを追う。
「私に用があると聞きましたが、どちら様でしょうか? 私はアレイヤ・ノルマンドと申します」
どうせ相手は格上の貴族様なのだろうと推理する間もなく自ら名乗った。
「名乗るほどのものではありませんけれど、レオニール殿下と同じクラスで最も次期婚約者に相応しい侯爵家の者ですわ!」
「そうですか、おめでとうございます」
まだレオニールの次の婚約者については何も聞こえてはこないが、彼女の自称でもアレイヤには関係がない。自称でも次の婚約者であるという自信があるのなら、そうなのだろう。
知らんけど。
「そう、光の魔法適正を持っていようとも平民上がりの貴女ではなく、このっ! 私がっ! レオニール様に相応しいこの私がっ! 貴女の試験での不正を暴いてさしあげましてよ!」
あくまでも名乗るつもりがないらしい侯爵令嬢の彼女は、見事な縦ロールの髪型をしていた。ただ、金髪ではなく緑の髪色での縦ロール。
ゼリニカの方が起用声優の豪華さも相まって悪役令嬢感が強いが、この令嬢も外見の悪役令嬢感は負けていない。テンションの高さによって序盤ボスの雰囲気も無視できないけれど。
「ですからっ、そのような不正がどのように行われたかも分からないのに憶測で責めるなんて言いがかりにもほどがありますのよ!」
侯爵令嬢の言葉にトワレスが怒りを露わにした。何回も同じことを言わせるなと言いそうな雰囲気に何度も同じやりとりが続いていたのだなと分かる。
「不正、ですか。なら確認なさいますか?」
ありますよ、とアレイヤは忘れずに持って来た鞄から紙の束を取り出した。
鞄を持ち歩いていたのは弁当を持ち運ぶ意味もあるが、悪用されないようにという意味も含んでいる。
アレイヤが広げたのは、試験の問題用紙と解答用紙である。
「こんなこともあろうかと、しばらく持ち歩いていました。どうぞご確認ください」
全教科分の問題用紙と解答用紙。
一年生のトップを取ったアレイヤの解答用紙には教室の端で関わらないように逃げていた生徒たちも興味があるのか、体が前のめりになる。
暗記教科を始めとした試験の数々は苦労の方が大きかったけれど、それでも点数として評価されたのは報われた瞬間だったとアレイヤは思い返す。
カリオの件があったから、基本的に試験前の授業はノートなしで受ける必要が出てしまっていた。
光魔法の映像記録を使って板書の問題はクリアした。寮に帰って速攻ノートに書き写しただけだが。
娯楽が限りなく少ない世界だからこそ可能だったと今にして思う。
対策は完璧と言えるほどしていたアレイヤではあったが、たった一つだけ苦労した教科があった。
普通の対策だけでは乗り切れず、前世の記憶があったからこそ対処できた教科。
学園に入学して初めての試験なのに、やけに難しい問題ばかり出すなと思っていた。
貴族の多い生徒だから、これくらいの難易度にしても大丈夫だと思われたのだろうかと試験中に推測していたものだ。
学年の全体平均がこの教科で下げられてもおかしくないと想像したが、思ったより低くなかったのでやはり貴族は家庭教師を付けるのが普通なんだなと夜会で感心したことも覚えている。
「なんだ、これ……? こんなの知らないぞ?」
緑縦ロールの令嬢が解答用紙をチェックしていく中、問題用紙を手に取って友人と試験について話そうとしていたアレイヤのクラスメイトの令息が驚きの声で共感を求めた。
男子生徒が持っているのはどの世界でも共通している数学の問題用紙。
アレイヤが試験中に難易度が高すぎると感じた教科だ。
疑問の声を皮切りに次々にアレイヤが出した数学の問題用紙があちこちに移動しては驚きの声が津波のように上がっていく。
他の問題用紙も回し読みされていくが、それらに違いはなかったようで即座に元の位置に置かれた。
「ちょっといいですか?」
教室内の空気にクロードが前に出た。
クロードは始めに自身が作成した教科の問題用紙を一瞥し、他の教科の問題用紙にも目を通していく。最後に手に取ったのは、問題の数学。
順番に目を通して顔を上げると「誰か、数学の問題用紙を持っている人はいますか?」と声をかけた。しかし、全員顔を見合わせるだけで持っていなかった。
それもそのはず、試験の振り返りの授業は存在しないので解答用紙が返却された後は各自で復習をするのがお決まりになっていた。
理由は、期末試験に該当する次の試験までさほどの時間が残されていないから。
前回は筆記試験だけだったが、次の試験は魔法の実技試験。筆記試験以上に評価が重要になってくる。
「覚えのある設問がある人はいますか? どんな小さな問題でも結構です」
クロードの質問に答える生徒はいない。誰も、アレイヤが出した問題用紙に書かれている問いに覚えがなかった。
アレイヤが試験で渡された問題そのものが改竄されていた。
点数に不正があったと主張していた侯爵令嬢もさすがに言葉が出ずにオロオロと自身が連れてきた取り巻きに助けを求めている。取り巻きたちはクロードが掲げる改竄された問題用紙に目が釘付けになっていて、助けを求められていることに気付いていなかった。
「先生、まさか……」
「ええ。アレイヤ嬢だけを狙った犯行で間違いないでしょう」
手の込んだ嫌がらせをしてくれたものだな、とアレイヤはまた溜息を零した。
通りで解くのに時間がかかりすぎていたわけだ。