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試験問題改竄事件1

 玉子焼きは甘い味派?

 それとも塩味強め派?



+++



 だし巻き卵の作成に成功したアレイヤは、魚の骨から抽出した残りの出汁を使い方と共に学生食堂の料理人たちに譲った。

 昼休みになると授業がない日でもクロードとこれまでの事件について話し合うため、いつもの教室で待ち合わせていた。わざわざ昼食を運び込んできたクロードとの昼食兼会議はアレイヤのだし巻き卵をクロードが盗み食いをするところから始まった。


「これ、美味しいですね!」

「先生、生徒のご飯を横取りとはいい性格してますね?」


 生徒が真似したらどうするんです? と窘めながらも褒められたことが嬉しいアレイヤは弁当箱をそれとなくクロード側に寄せる。

 転生しても愛してやまない声帯に褒められて嫌なわけがない。


「取られた分は取ってしまえばいいのでは?」


 そう言いながら自分の皿から同じ卵料理のオムレツを一口分だけスプーンですくい上げて小さく口に含んだ後、残りをアレイヤに差し出す。

 毒見後の食事であることは明白だった。


「結構です」


 毒見って言わば間接キスだ。

 クロードが浮かべる笑顔から、確信犯であることがよく分かる。アレイヤのために毒見をすることも理解できるのだが。

 眼鏡で黒髪で、声帯があの人で。

 その外見と声でだし巻き卵が美味しいと言われたらあまりにも和食が似合いすぎてしまって転生の事実を忘れそうになる。


 ――くそう。味噌汁とご飯も食べてほしくなるぜ。


 和定食作ったら食べてくれるだろうか。できればそれを真正面から見て悶えさせてほしい。と心の中の前世のアレイヤが真顔で指を組む。


「アレイヤ嬢? 食べないのですか?」

「食べます。自分で作ったものだけいただきます」


 そもそも授業がないのに会っているのも不思議な感覚だと思いつつ、褒められただし巻き卵をアレイヤも頬張った。細胞単位から日本人ではなくなっているはずなのに、出汁の味が美味しいと感じることに幸福を覚える。


「魔法道具の出所ですが」


 食事中にする話ではないとお互いに分かっていても、他の場所でする話題でもない。騎士の巡回がなくなった今、魔力量の多いクロードがアレイヤの近くにいるのは身を守るためだと思われている。

 アレイヤが常に誰かから狙われている事実は夜会の日に学年を越えて広まった。

 見られたのはカリオ・トランシーの件だけだが、魔力暴走の日のことを覚えている生徒は多かった。花瓶が降ってきた場面を見ていた生徒もいる。

 光属性魔法を使う人間は狙われやすい風潮があると知っている高位貴族の生徒たちは「やはり」と話をより広めているらしい。

 二人きりの教室で昼食を食べる姿が目撃されても、誰も気に留めていないのはそのおかげだった。


「どうやら王宮の研究室が関係しているようです」

「……それって、王宮内部に犯人がいるということですか?」

「いえ、関係しているだけでそうと考えるのは早そうです。事が起きているのはほとんど学園内ででしょう? 王宮関係者で学園に在籍しているのは王族のレオニール第二王子殿下。宰相子息のノーマン・ドルトロッソくん。アルフォン第一王子殿下の最近まで婚約者だったゼリニカ・フォールドリッジ公爵令嬢も王妃教育で王城の方ではありますが通っていました。最近まで出入りしていた騎士たちも所属は王宮ですし、何なら私も王宮の研究所にはたまに行きます。この中に犯人がいるなら別ですが、その可能性は限りなく低い」


 ですよね? と確認を取られたので素直に頷く。

 レオニール、ノーマン、ゼリニカ、ルーフェン、クロードの五人は犯人ではないと言える。

 それぞれの事件でそれぞれにアリバイがあるし、そもそもアレイヤを狙う動機がない。

 それに、と弁当を入れていた鞄に目を向けて短く息を吐く。


「トランシー様の件でかなり念入りに対処していたのに、ほとんどが無駄になっています。髪を切られた件と魔力暴走の件ではあんなに苦労をさせられたのに、それ以降のものは突発的というか、直情的……誤解を恐れずに言えば短絡的で雑なんですよね」

「雑、ですか」


 口の中のものを咀嚼して飲み込むクロードは、だし巻き卵の二つ目を狙っている。

 黙って差し出しながらアレイヤは頷いて続ける。


「アルフォン様がゼリニカ様の犯行に見せかけようとしていたように、また私の持ち物が勝手に持ち出されてララ様の犯行だと言い出すのではないかと思っていたんです。だからララ様と話をする時は必ずトワレス様以外の第三者がいる教室内に限定していましたし、持ち物は極力持たないようにして試験に挑んだんですよ?」

「それでレオニール殿下と並ぶ順位とは恐ろしいですよね」

「だからそれはなんというかきっと偶然ですって。先生なら分かってくれますよね?」

「私が分かるのはアレイヤ嬢が大変優秀であるということだけです」

「…………」


 教師の立場からすれば生徒が優秀な方がいいのは当然だった。


「つまり、最初と二つ目の件と三件目以降に明らかな違いが見られるんです。私が思うように危害を受けないから焦った犯人が短絡的思考に陥ったからかとも思ったんですが……」


 被害を受けている最中はそれぞれが独立した犯行なのだと思っていた。最初の犯人はアルフォンで実行犯がロイド。二件目はサンドラ、三件目は花屋の女性……そう考えていた。

 けれど、共通して「命までは取られない程度の犯罪」に見せかけた「命まで取っても問題はない程度の犯罪」だと考えた瞬間に別の人間がいるのではないかと思えてならなかった。

 髪を切るだけだったはずのハサミはアレイヤの首にも傷を作り、光魔法の暴走だけのはずが視界を奪われ夜には侵入者が現れた。

 夜会の日の階段もそうだ。

 あの日クロードとルーフェンが揃っていなかったら怪我をしていただろう。

 二人が偶然にも揃っていたから無事で済んだけれど。

 選択肢を間違えれば誰かが死ぬバッドエンドもあるような乙女ゲームではあったけれど、さすがにヒロインが死ぬバッドエンドは用意されていなかったはずだ。

 それに比べれば毒入りスイーツの場合は味覚を一時的に奪われるだけだったり、無理矢理婚約者にされそうになったりと命のやりとりのないものだった。

 それでも別の危機ではあったけれども。


「アルフォン様とサンドラ様を唆した人物と、それ以降の犯人を唆した人物は、別人かもしれません」


 勘なので証拠はありません、と予防線を張っておいて小さく握ったおにぎりを取った。おにぎりの中に具を入れたかったが、梅干しや昆布などのベタなものが中々見つからないためただの塩結びである。海苔もない。


「勘だとしても、被害を受ける側であるアレイヤ嬢がそう仰るのならそうなのだと思います。話を聞いて気になったことがあるのですが、聞きますか?」


 アレイヤのおにぎりが気になるのか、視線が手元に注がれている。


「聞かせてください」


 だし巻き卵は取られてもいいな、くらいの気持ちで多めに詰めてきたが、おにぎりは二つしか用意していない。残った材料は別の容器に入れて寮で夜ご飯として食べるために置いてあるのだ。

 クロードはおにぎりに目を向けたまま話し出す。

 次からは二人分のお弁当を用意しようか。料金はきっちり請求させてもらおう。


「この部屋で起こされた魔力暴走の件の際、入院していた貴女の下へサンドラ嬢は奇襲をかけに行ったんですよね? レオニール殿下の用意した魔法道具によって守られはしたものの、そこまでの強い悪意が彼女にはあった。魔法を使って直接殺害を試みる程に。しかし……それ以外で魔法が行使されていないのはなぜなのか?」

「……っ、確かに、言われてみればおかしいですね。魔法を使うと必ず痕跡が残り、副学長先生にかかれば犯人もすぐに分かってしまう。バレたくなかったとしても、私に強い殺意を持っているのなら隠れる必要なんてありませんよね……?」


 連続の犯行を行いたかったのなら別だが、彼らは一様にアレイヤだけを狙った。

 他の誰でもよかったのではなく、アレイヤの他に標的がいたのでもない。

 アレイヤ・ノルマンドを学園から追い出してそれで終わりではなかった?

 ならば、どうして?


「バレたくなかったか、もしくは……」


 クロードの言葉にアレイヤも続く。


「魔法が、使えない……?」


 盲点としか言いようのない観点におにぎりを持つ手から力が抜ける。落としはしないが食べる気が今は落ちた。


「それなら髪を切るのにハサミを使った理由も、魔力暴走に私自身の魔力を使った理由も説明がつきます」


 すべての事件には魔法を使えば物的証拠が残らない利点がある。

 なのに、それをしなかった。

 その部分にずっと違和感を抱いていた。

 魔力の流れを感知できるのは今のところ副学長のジェラルドだけ。もしもジェラルドの身動きを封じていれば魔法を使った犯行はすべて可能だった。そうでなくても魔力を感知させない方法なんてありそうなのに、試そうともしなかった。

 どうして?

 犯行を考え出した本人に魔法の素質がなかったとしたら?


「アレイヤ様」


 脳が熱暴走を起こしそうなほど回転する頭を止めるように、重みを感じた。

 視界を意識すれば、真剣に見つめるクロードの顔が近くにあった。


「大丈夫ですか? 考えすぎも良くありません。ゆっくり丁寧に暴いていきましょう」

「……はい」


 優しく頭を撫でる手に気が付いて、体が縮こまった。

 ASMRの体験ではここまでしてくれない。

 クロードの担当声優のあの方がASMRの商品を出していたかどうか、知らないけれど。

 微笑むクロードに調子を崩されていると、廊下からアレイヤを探す声が聞こえた。

 教室は窓も扉も開けたままにしている。密室に男女二人でいるのを見られるといらぬ噂を立てられるからだ。

 名前を呼び続けていた人物が教室の中にいるアレイヤに気付くと、人目も憚らず駆け込んだ。

 婚約破棄の騒動が終わったことによって、自分たちの教室以外でも会話ができるようになった人物。


「大変ですわ、アレイヤ様っ!」

「ララ様? どうなさったんですか、そんなに慌てて?」

「早く教室にお戻りになってくださいませ! トワレス様がとてもカッコよ……ではなくて、とにかく大変なのですわ!」


 トワレス様がカッコいい?

 何それ超気になるんですけど?


書き溜めてからアップしようとすると更新が遅くなります…。

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