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婚約破棄騒動事件5

 顔から熱が引いた頃、ララとトワレスが登校してきた。

 挨拶を交わし合い、トワレスの席にアレイヤとララが集まる。


「聞いてくださいませ、アレイヤ様。先ほどカリオ様に会いましたわ」


 鼻で笑う言い方に不愉快なことでも言われたのかと想像しながら「そうなんですか?」と続きを促す。

 トワレスの苛立ちを隠さない様子に、ララにも目を向ける。

 明らかに表情を暗く硬くなっている。


「あの方、ララ様に向かって「夜会の日はノルマンド嬢を誘うからエスコートできないと思う」ですってよ? 今日から試験が始まるのをまるでご存じないようで、思わず笑ってしまいそうでしたわ!」


 ララ様は私と夜会へ参加するのですから、そもそもエスコートなんてこちらから願い下げでしてよ。とララの手を取るトワレス。安心させようという気持ちが見ているだけで伝わってきた。

 そもそも誘われてもいなければ受ける気もないのに迷惑な話だ。


「アレイヤ様……その」


 言いにくそうなララがトワレスの手を握り返しながらアレイヤを見る。


「カリオ様と夜会に行かれるのですか?」

「行きませんが?」

「…………え?」

「その夜会について主催であるゼリニカ様に別の男性にエスコートを依頼するように言われてますから、その人と参加することは絶対にありません。誘われる前に逃げます」

「誘われる前に断る、ではなく……逃げるのですね」

「接触回数を増やせば増やすほど、私にとってもララ様にとっても不愉快な流れが起きそうなので」


 危惧している内容に見当もつかない二人を置いて密かに熱意に燃える。

 今回は命の危機が夜会に集中するだろう。手段の想像もつかない危機に対応するために、それ以外の余計な騒動はなるべく避けたい。


「危機回避能力が強めですのね」

「ですが、どんなにアレイヤ様がカリオ様から逃げたとしても、カリオ様はその……思い込みの激しい方なので結果はそれほど変わらないかもしれませんよ?」

「ララ様も結構言うようになりましたわね……」


 婚約破棄するならそちらからされた方が早いのでは? とトワレスは慣れないツッコミに朝なのにお疲れ気味である。


「一応、その対策も考えていますのでご安心を」


 にっこり笑って言えば、ララの表情も少しだけ和らいだ。


 嘘ではない。

 ララと仲良くしている様子をトワレス以外の第三者に目撃させるという手をすでに打っているのだから。さらにカリオを避けて別の人たちとの交流を重ねる――つもりではいたのだが、試験期間なので頼れるのがゼリニカとノーマン以外にいなかった。二人はいつでも来ていいと言ってくれるので、ありがたく甘えさせてもらっている。


「ん?」


 確かに昨日、ゼリニカとノーマンに助けてもらったけれど、今朝もララにアレイヤを夜会へ誘うという話をしたというのはいくら思い込みが激しいと言えどもおかしな話ではないだろうか。

 カリオ・トランシ―は伯爵位。

 対してゼリニカは公爵位の家の人間だ。さらにノーマンは現国王の宰相の子息。たかが伯爵子息がしゃしゃり出るにはいささか難しい相手だろう。

 そう言えばトワレスには少し前にアレイヤはレオニールと懇意にしていると思われていた。第三者がそう見ていたということは、カリオの目にだってそう映っていたと思われる。


「どうかなさいましたか?」

「……いえ、これまでのトランシ―様の行動に通常では考えられなさそうなものがあったものですから、少し気になってしまって」

「通常では考えられなさそうなもの……ですか?」


 アレイヤが首を傾げるのに釣られたようにララも首を傾げる。


「まぁ、これから試験も始まりますし、今はそちらに集中しましょう。試験より気になるというほどのものでもありませんから」

「そうですわ、そうですわ! あのような方のことを考えるより、試験の方が大切ですわ!」


 たった短い期間でトワレスのカリオの好感度がマイナスになっている気がするが、アレイヤもララも軽く無理もないと笑った。

 ララも、これ以上婚約関係を続けるつもりはないという意志を持っていた。



+++



 魔法種別クラスの試験では、得意な生徒は早々と答案用紙を裏返して退出可能な時間になるのを待っていた。

 アレイヤもその一人。

 あと数分で退出可能になる、と十分な見直しも終えて考えることはカリオのこと――になるはずだったのに、突然質問を受け付けるために現れた教師に思考が止まった。


「何か、問題内容について質問はありますか?」


 絶対わざとだと分かるのは、耳元で囁くような体勢を取っているからだ。

 体感で十分ほど前には他のクラスを担当していた教師が一人ずつ現れては質問に答えるべく見回りに来ていた。だからいつかは来るだろうと予測も立てていたが、もう教室の外に出られる時間ギリギリに来るなんて思わなかった。

 ああ、これは来ないのかな、と思っていたのに。

 というか、光魔法を使うのはアレイヤ一人だし、彼はアレイヤ以外に担当は持っていない。だから来るならもっと早い時間でもよかったはずだ。

 まさかとは思うが、試験中だからと配慮された小さな声にアレイヤが集中力を乱すと分かっていたからこのタイミングにしたのだろうか。

 だとするならば、大正解だった。


「なっ、あ、ありません」


 ないです、と言いそうになって慌てて言葉を変える。

 声も大きくなりそうだったが、できる限り潜めた。

 それでも、真っ赤になった顔は隠せなかった。


「そうですか。それは良かった」


 両手で顔を覆ったアレイヤは、離れる寸前に耳元に息を吹きかけられた感覚に叫び声を上げそうになり、必死に堪えれば咳が止まらなくなった。

「おやおや」と苦笑しながらも背中を優しく数回叩かれてどうにか咳は落ち着いた。

 光属性の教師と生徒のやりとりに、試験監督をしている教師は何度も目を瞬かせていた。

 クロード・ランドシュニーの満面の笑みなんて、誰も見たことがないんじゃないかと目を疑った。



+++


 カリオ・トランシ―への疑念。


 アレイヤが現れる先々の予測の根拠。

 どんなに拒絶をしても改ざんされる記憶。

 第二王子や公爵令嬢と仲が良いことを知っているはずなのにくじけない心の根拠。

 何より、アレイヤへの強い興味の理由。


 一日目の試験が終わったアレイヤは、さすがに今日から試験が終わるまでは来ないだろうと甘く考えず、なるべく会わないように知らない道、人通りの多い道の近くを選んで歩く。

 ゼリニカのいる教室へとも考えたが、二年生の試験は一年生よりも一時間多い。

 科目数の違いによって終わる時間が異なっているために突撃が叶わない。

 二年生ならばカリオもまだ試験中であるはずだが、そこは先のアレイヤの試験同様――退出可能な時間が存在している。

 通常通りの終了時間で終わるならまだしも、カリオが早めに試験を終えて教室から出て来てしまったら遭遇の危険性が高まる。

 秀才であれ馬鹿であれ、すべてを解き終われば教室に留まり続ける理由はなくなる。

 だから、アレイヤは早々に寮に戻るべきだと判断して急いでいた。


「ノルマンド嬢、こちらにおられましたか」


 真っ直ぐに校門を目指すアレイヤの前に、白い影が塞がった。


「ルーフェン様。ごきげんよう、お疲れ様です」


 騎士の中では見慣れた方であるルーフェンは長い時間アレイヤを探していたのか、息は上がっていなくてもほんのりと熱が伝わってくる。


「どうも。今朝の件で少しだけお話をお聞きしたいのですが、よろしいですか? 試験中とのことなのでそれほどお時間をいただくつもりはありません」

「今朝……。ああ、あの針の?」


 なるほど、ノーマンと発見した針の山についての事情聴取かと気付く。

 偶然発見したのはアレイヤだったが、結局あの針は単なる落とし物なのか誰かを狙った嫌がらせなのかはっきりとしていなかった。


「はい。一応すでに容疑者から話は聞き終えていますのでご安心ください。その容疑者曰く、貴女への嫌がらせのつもりだったと白状しました」

「……今朝の今で、ほとんど解決しているのですね」


 驚いた、と目を丸くするとルーフェンの目がフッと細められる。


「ノルマンド嬢ほどではありませんよ。本気を出せばその場で解決したであろう貴女の手腕には敵いません」

「買い被りすぎです。その場で解決できていたと仰るのならやってます」


 しなかったのではない。できなかったのだ。

 そう言えばルーフェンは一拍の間を置いて肩を震わせて笑い出した。


「そ……そうですか。我々を信用していただけていると解釈します」

「当然です。狙いが私だったのなら感謝します。容疑者の方を見つけていただけたなら、今後しばらくは安心して過ごせます」


 花瓶の件と同じ人物ならなお安心なのだけれど、それは事情聴取の際に聞けばいい。

 場所を用意しているというルーフェンに付いて行こうとすると、後ろから声をかけられた。


「ノルマンド嬢!」


 その声に驚いて、咄嗟に前を歩いていたルーフェンの袖を掴んだ。

 反射的に嫌な顔をしてしまったのを見られたが、気にしていられない。

 騎士が一緒なのに、なぜ声をかけてくるんだあの男は。


「ごきげんよう、トランシ―様。まだ試験中だと思いますが……?」

「もちろん、君に会うためならば退出可能時間までに終わらせるとも」


 しなくていい。しなくていいし何ならゼリニカとノーマンの方が成績は良さそうだからその二人に勝てる自信が持てるまで教室から出ないでほしい。

 恐ろしく爽やかな笑顔を振りまきながらアレイヤに向かって歩いてくるカリオと、ルーフェンは自分の袖口を掴んでいる手を交互に見た。

 校内の相関図がどのようになっているかは巡回しかしていない騎士には分からない。けれど、袖口を掴むアレイヤの心境ならば当てられる自信があった。


「これはこれは騎士殿。毎日お疲れ様です」


 ルーフェンのことは視界に入っていたらしい、とアレイヤは助けを求める手に力を込めた。振りほどかれないということは通じているらしい。

 軽く会釈程度に頭を下げたルーフェンに、それ以上の言葉は発されない。


「ところでノルマンド嬢。今日の試験はどうだった? 良ければこれから明日の試験の対策を共にしようじゃないか! 君は恥ずかしがり屋だからね、中庭にある東屋はどうかな?」


 アレイヤが逃げるのを恥ずかしがり屋と捉えたカリオの言葉に、ルーフェンは視線だけをアレイヤに落とす。

 毒を煽った男に躊躇いなく近付いて毒を吐き出させようとしたり、味覚がなくなっていることを確かめたり、犯人特定に躊躇の欠片さえなかったこの少女が? と言いたくなる。

 アレイヤも同様に「どこをどう見て?」と言いたくなった。


「申し訳ありません。これから騎士様とお話がありますのでお一人でどうぞ。……ああいえ、ご婚約者のララ様をお誘いになられた方がよろしいかと」


 言葉の中に「だから夜会には私じゃなくてちゃんとララを誘いなさいよ」と含ませているのだが、通じている気がまったくしない。

 夜会のことをララから聞いていることも、ララを名前で呼んでいることにすら気付いている様子はない。

 名前呼びに気付かれないのはアルフォンの時もそうだった。

 あの時気付いていたのはノーマンだけだった。


「婚約者がいるのに……?」


 今回あっさりと察したルーフェンの声が鋭くなり、アレイヤを背に庇おうとする。


「騎士様、誤解なさらないでください! 僕はただ親切心で声をかけているだけです! それに僕の婚約者は彼女と同じクラスなのにも関わらず、彼女を一人にしているような冷たい人間ですよ?」

「それでも、婚約者のいる身でありながら一人の女性を追い掛け回すのはどうかと思いますね。ノルマンド嬢、行きましょう。明日も試験ですからこんなことで時間を使うのはもったいない。お帰りももちろん寮までお送りしますのでご安心を」

「本当ですか? 助かります」


 ララを悪者呼ばわりする空気を感じ取り、これ以上カリオが喋らないように入り込めない空気を作る。

 騎士の「寮まで送る」発言を前にカリオは舌打ちしそうなほど顔を歪めたが割り込もうとはしなかった。

 やはり騎士や上位の貴族を前に強くは出られないらしい。

 校内にある面談室を事情聴取の部屋として使用し、今朝起きた針の件の話はすぐに終わった。流れるようにカリオの話になり、アレイヤは昨日と今日にゼリニカとトワレスたちから聞いた夜会の話をルーフェンにした。


 カリオはアレイヤを誘って夜会に出ようとしていること。

 カリオ避けに他の男性にエスコートをしてもらいたいこと。

 どんな男性でもいいわけではないことも合わせて話し終えれば、ルーフェンは夜会の日がいつかと聞いて、「そういうことなら、俺が付き添いましょうか?」と言ってくれた。


「……はい?」

「試験が終われば俺たち騎士も引き上げてしまいますけど、その夜会が最後の仕事ということで良ければ」


 騎士団長に通しておきますね、とあっさり夜会の問題は解決した。


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