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斬髪事件1

大幅な改稿をしたので、元の短編とは大きく変わっている部分があります。

 ジャキン!


 長く伸ばした髪を、突然ばっさりと切られた。


「――ん⁉」


 何かおかしいと思った数は、ありすぎて忘れてしまった。



 乙女ゲーム「光あれ! ポップアップキュート」はヒロインが魔法学園に入学するシーンから始まる。

 お決まりとも言えるヒロインの迷子。

 それをパッケージに一番大きく描かれている王子キャラが声をかけて助けるのだ。


「アレイヤ・ノルマンド嬢、学園にはもう慣れたか?」

「どうにかなっています、ありがとうございます」


 毎日どこからともなく現れる王子キャラ枠こと、アルフォン・ル・リトアクーム第一王子に声をかけられたヒロインこと、アレイヤ・ノルマンドは顔が引き攣るのを必死にこらえながら頭を下げる。

 では失礼いたします、と下がろうとしているのにアルフォン王子は「困っていることはないか?」と行動を遮ってくる。


 困っていること?

 ありますとも。

 目の前のアンタですね!


 とはさすがに言えず、アレイヤは周囲に視線を巡らせてある人物を探した。

 王族の人間に唯一と言っていいほど言い返すことのできる関係を持つ、ゲーム内ではヒロインの前に立ちふさがる敵。


(ゼリニカ様!)


 ゼリニカ・フォールドリッジ。


 アルフォン王子ルートを攻略すると現れる、いわゆる悪役令嬢。


(ゼリニカ様、助けて!)


 本来ならば敵対する相手に全力で助けを求める。視線で。

 ゼリニカは王族以外の貴族としては最高位の公爵家の令嬢。そんな相手に下位貴族の人間がおいそれと声をかけられない。

 学園の廊下で騒ぐことを咎められる可能性も低くはないが、それにしたって逃げ出す口実には使える。だからお願い! と念を込めた。


「……アルフォン殿下、ごきげん麗しくあらせられますわね」


 やった! 通じた! と喜んでいいのかどうか、ゼリニカは歩いて近付いて来てくれた。

 嫌そうな雰囲気がうっすらと滲んでいるのは気のせいか。

 その場はゼリニカに明け渡してそそくさと逃げ去る。いつかゼリニカには恩返しをしなければならないと思ってはいるが、子爵家の養女が公爵家の令嬢に何をプレゼントしたところで受け取ってもらえなさそうだ。

 訪れるかもしれなかった破滅の未来をあげない、というプレゼントだとしても説明が難しい。

 そもそもヒロインが悪役令嬢に絡むなよって話ではあるけれども。



 ノルマンド子爵夫妻にも気に入られているピンクパールの長い髪が、ジャキンという音と共に足元に散っていった。


 ノートを隠されていることもあれば、

 切り刻まれていることもあったり、

 落書きされていることもある。

 外を歩けば上から水やら何やらが落ちてくるし、廊下を歩けば平民出身であることを聞こえる音量で話されているのをよく耳にする。


 制服の裾がいつの間にか切られていたこともあった。


 入学してから挨拶さえまともに交わした相手はおらず、誰も近づこうともしない。

 話しかけられたかと思えば「調子に乗るんじゃありませんわよ」という事実無根の話をされた。

 入学式で会ってしまった攻略対象であるこの国の王子とのことを責められているのだろうが、王子の婚約者で悪役令嬢となる令嬢と関係のない令嬢からの叱責は何も響いてこない。


 行く先々で変な虫に襲われたり、何もないところで転びやすくなった。

 食べ物に虫が入っていた時はさすがに気分が悪くなったけれど、最初はただ「ああ、この世界にもイジメってあるんだなぁ」と思っただけ。トイレに連れ込まれたり執拗に罵倒を浴びせられることがなかったから気にしていなかったけれど、持ち物に悪戯されたとなると少し話は変わってくる。


 何せ、子爵家の両親が頭を悩ませて買ってくれたものだから。


 亡くなった子が男の子だったのもあるのだろうが、女の子の私にどう接していいのか分からない二人が必死に考えて買ってくれたものをめちゃくちゃにされるのは、さすがに我慢ならなかった。


 犯人はゼリニカという説が暗黙の了解となっているらしい。

 アレイヤへ罵詈雑言を投げかけるのもゼリニカの取り巻きの一部であることは明白だし、アレイヤへ嫌がらせをされた時間とゼリニカの行動パターンも似通っている。

 しかし、ゼリニカが犯人であるという証拠はどこにもない。

 すべて状況証拠だけだ。


 元平民だからと一部の貴族令嬢を中心に遠巻きにされているアレイヤは、廊下の端を歩くのが癖になっていた。いつも通り生粋の貴族の皆様の邪魔にならないようにひっそりとしていた。まさにその時。

 首元にひんやりとした空気を感じたと思ったら、左側が急に軽くなったのだ。

 もしも足を止めてしまっていたら、確実に首にまで届いていた。

 何となくの察しはついてもはっきりとされたと思えたのではない。ただひんやりとした空気を感じただけで。あと頭が少しばかり軽くなったくらい。


「きゃああああああああ!」


 足元に落ちた自分の髪にまだ呆然としていると、誰かの悲鳴が聞こえた。もしかして嫌がらせを受けているのは私だけではなくて、同じように髪を切られた人の悲鳴だろうかと声のした方へゆっくりと目を動かすと、どうやら悲鳴は私の惨状を見て上げたものらしかった。

 令嬢らしからぬ悲鳴。

 耳をつんざく声に目を窓ガラスから声の主へと動かす。

 声を上げたのは同じ学年の伯爵家の令嬢だった。他にも廊下を行き交う貴族の生徒たちがアレイヤを見て驚愕の表情を浮かべていた。

 誰も彼もがアレイヤを嫌がる貴族ではないと知ってはいるが、実際に目の当たりにするのは珍しい。


「ノルマンド子爵令嬢様の髪が!」

「アレイヤ様、大丈夫ですか⁉」


 誰か先生を、と周囲に要請する声と、遠巻きに心配してくれる令嬢たちは、みな同じ人物を支持している。


「……ゼリニカ、様」


 目を見開いてショックを受けている金髪碧眼の美女。


 ゼリニカ・フォールドリッジ公爵令嬢。


 この国の第一王子である、アルフォン・ル・リトアクーム殿下の婚約者。

 見られてしまった。

 アレイヤはその場から逃げ出そうとするも、足が動かなかった。

 せめて見られないように隠れようと髪に触れる。あるはずの位置に、髪がない。

 触れてははらりと落ちていくピンクパールの髪。

 ジャキンと音がしたのは左側で、左側の髪が短くなっている。念のため右側も確認すると、そちらの長さは変わりない。

 力なく腕が制服に沿って落ちていき、また髪が落ちる感覚があった。

 どうやら刃物で切られたらしいと他人事のように理解して、スカートの裾の髪を払う。身だしなみがよろしくない。貴族たちの前でそれは、呆れられてしまうものだ。


 なんとか公爵令嬢の目に入れても大丈夫なようにしなければ。


 アレイヤは現実を中々受け入れられないまま目の前のゼリニカのことだけを考えた。

この世界が舞台となっている乙女ゲーム「光あれ! ポップアップキュート」はタイトルはダサいが起用されている声優は有名どころが多い。

攻略対象の男性キャラはもちろん、悪役令嬢もそうなのである。

 ゼリニカの声優も、その界隈ならば知らない人はいない有名な女性声優だ。

 アレイヤも前世では大変よく耳にしたし、新作アニメの情報の声優発表で名前が出れば観てみようというきっかけにもなった。

 推しというほどのものではなくても、好きと言える。

 敵対意識はなく、健やかに幸せに過ごしてくれていたら嬉しい相手が目を見開き、体を震わせてショックに耐える姿にアレイヤは耐えられそうにない。

 髪なんて最初からこういうスタイルでした。

 そういう気持ちでなければ今にも倒れてしまいそうだった。髪を梳き続け、制服に落ちた髪も払い落す。

 掃除用具を取りに行って廊下も綺麗にしておかないと。貴族で掃除をする人は誰かの侍女になっている令嬢くらいかもしれないけれど、元庶民前世一般人のアレイヤは自然と自分で掃除する気持ちになっている。


 ――ああもう、ぐちゃぐちゃ。


 ノルマンド夫人はアレイヤの髪を櫛で梳かすのが好きだった。

 実の両親も、太陽の光を受けて輝くアレイヤの髪を気に入ってくれていた。

 じわりと視界のゼリニカが歪む。


「アレ……」

「ゼリニカ・フォールドリッジ! また貴様かっ!」


 ゼリニカが口を開いたのと同時。廊下中に響く声に誰もがその場から動けなくなった。



次回更新は1/1のお昼12時の予定です。


読んでくださってありがとうございます。

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