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婚約破棄騒動事件4

 付き纏い男がいるだけでも大変なのに、まだ残っていたのかと目の前に散らばった針の数々に全身が震えた。


 以前花瓶が降ってきた時は生徒会が出動して落とした生徒を厳重注意したと聞いた。

 厳重注意だけで済まされたということは、当然再犯もあり得るが。


「ただの針ではありますが、踏んでしまえば何が起こるか分かりませんね」


 黒いオーラを出しているのはノーマン・ドルトロッソ。

 画鋲だったら間違いなく靴裏に刺さりまくっていたな、と最前で体を硬直させるアレイヤは試験前日にも関わらずご苦労なことだとどこか冷静な頭で犯人を労った。

 二人は偶然学園の門前で鉢合わせして共に校舎内に入ったところだった。

 朝の早い時間帯なら落ち着いて試験勉強もできるしカリオも来ていないから困らせられることもないからと登校時間を早めたら、ノーマンと時間が被った。


「他の生徒たちが来る前に片付けてもらいましょう」


 そう言って窓の外から衛兵を呼んだノーマンは、アレイヤの腕を引いて下がらせる。

 衛兵もなぜ廊下に針が大量に落ちているのか分からないと首を傾げながら回収し、気付かなかったことに対してアレイヤに頭を下げた。

 そういえばアレイヤの身の安全のために衛兵たちは騎士たちと共にいるんだったな、と思い出す。

「今回の試験が終われば自分たちはこの仕事が終わってしまうので」と間もなく元の仕事に戻ると教えてくれた。騎士たちも同様であると。

 思えばきっかけは魔力暴走事故に見せかけた事件だった。

 あんな被害甚大もあり得た事件はあれから起きていない。

 そう考えれば撤退も納得できた。


「そうですか。大きな何かもなく、比較的平穏に過ごせたのは皆様のおかげだと思っています。残り少ない日数ですけど、いつもありがとうございます」


 アレイヤは純粋に「大きな事件が起きなくて仕事が見回りだけになってごめん」の気持ちで頭を下げれば、衛兵はとんでもないと頭を上げるように言う。

 平穏が一番いい。

 だが廊下に針が落ちている現状では平穏の意味を考えてしまう。

 衛兵は騎士様にも伝えておきます、と大量の針を厚い手袋から落とさないようにして去って行った。


「レオニール殿下を慕う生徒の仕業……とも考えられますが、レオニール殿下はアルフォン様よりアレイヤ様と距離を取られているので動機としては弱いですよね」

「殿下が私に下心なんてまったく持ち合わせていないことは、見ている方々も十分理解してくださっているように見えます」


 動機として成立させるには弱いというよりも、動機にまずなり得ないだろうとアレイヤは考える。


「本当に面倒なので、直接抗議なり危害なり与えに来てくれた方が助かるんですけどね」

「それを聞いて見過ごせるとでもお思いで?」

「女同士の抗争に殿方は入ってはいけないのですよ、ノーマン様」

「ただの抗争で済みそうにないから言っているのです」


 抗争ならまだ双方やり合えているからまだいいが、これまでアレイヤは一方的な被害しか受けていない。犯人を見つけるという意味でやり返しているとも言えなくはないが、それにしたってダメージは明らかにアレイヤの方がはるかに大きい。


 髪を切られ、視覚を奪われ、味覚まで奪われかけたのだ。

 さらに先日の花瓶はそれらを大きく上回る怪我が想定される。


 今後もないとは言い切れない。

 アレイヤは「階段の上から落とされたりするよりはまだマシ」という言葉が浮かんだが、フラグになりそうだと思い飲み込んだ。

 花瓶の時もそうだが、ゼリニカを犯人にしたい真犯人たちの思惑が見えない以上、危険察知能力が乏しい。

 毒入りスイーツの件以降、すべてに悪意があると思い込んでしまっているから油断はしていないはずだが、それでも突然の悪意には対処できないのが現状だ。

 ゼリニカに誘われた夜会でも、何かあるに違いない。

 だからこそノルマンド子爵――義父にエスコートしてもらうという案は最初から提示しなかった。

 アレイヤは気付いていなかったわけじゃない。

 ゼリニカがノーマンをけしかけてアレイヤのエスコートを名乗りださせようとしたことを。

 察した上で、気付かない振りをした。

 危険が迫るかもしれないのに、側にいてもらおうと考えるわけがない。


 ――どなたか協力してくれそうな方を探してみます。


 あの言葉は、カリオ避けのための協力者という意味ではなく、アレイヤの危険に巻き込んでも大丈夫そうな人を探すという意味だ。

 アレイヤの浮かべた候補は二人。


 王族で同学年、さらに友人になりたいと言ってくれているレオニール。彼ならばアレイヤに危険が迫っていたとしても、危険の方から遠ざかってくれそうだ。

 しかし、別の火種になりそうな相手であることも間違いがない。


 もう一人はクロード。教師だが守ってほしいと頼めば二つ返事で来てくれるだろう。問題はアレイヤが耐えられるかどうか。

 クロードはアレイヤの身に危険が及ぶのを気にしてくれている。しかし同時にクロードの声にとてつもなく弱いことも知られている。


 夜会にはダンスがあるとゼリニカは言っていた。

 ダンスは密着して踊るもの。

 画面越しならご褒美だが、実体験となると拷問である。

 ダンス中にクロードの悪戯心が刺激されでもしたら――


「アレイヤ様? どうかなさいましたか?」

「きゃあっ⁉」


 ――びっくりした! クロード先生にからかわれることを想像してたら好みの顔に覗き込まれてた⁉


 脳内乙女ゲームに支配されかけた頭が現実に引き戻される。現実に戻ったところで、脳内の映像がそのまま広がっているだけなのだけれど。


「大丈夫ですか? まさか、すでに誰かから危害を……?」

「いえっ、これは自業自得なのでっ、気にしないでくださいっ」

「そうとは限らないでしょう?」

「そうと限られているので問題ありません! だから、あの、見ないでください……」


 どうにかしてアレイヤの顔を見ようとするノーマンの距離が近い。

 至近距離で見る推しの顔は破壊力が高い。なるべく距離を取ろうと両手で顔を覆って後ずさる。

 顔が赤くなっているだろうことは分かっている。

 今すぐ逃げ出したい気持ちもあるし、顔を隠している手から伝わる熱でも想像できている。

 前世の記憶を持って生まれ育ち、入学してから数か月が経過しているというのに全然慣れる気配がない自分を呪いたい。

 この世界が存在してくれていることに感謝したい。

 この世界のすべてが愛おしい。

 画面越しに愛でていたキャラクターが生きている。何度も焦がれた声帯をそのままに生きている。

 心血を注がれたであろうクリエイターたちの魂が寸分狂わず見目を表している。

 すべてを愛さずにいられようか!

 思考は一瞬だったかもしれないが、その間静かだったノーマンが気になって指の隙間から覗き見る。

 ノーマンは、固まっていた。

 顔を赤くしたアレイヤを見て、動けなくなっていた。

 目が合ったと思ったら、小さな声が聞こえた。


「何か、おかしなことを言いましたか……?」

「いえ、何もっ! 本当に何も! 考え事をしていたらノーマン様に……覗き込まれて、驚いただけですから……」


 顔を覆った手で目まで塞いで、ノーマンから隠れる。

 ゲームとは全然違う。

 会う度にスチルみたいな光景を見せられて平然としていられるほど強くはない。


「ノーマン様! お先に失礼いたします!」


 もうダメだ、と目に涙の気配を感じて逃げるように自分の教室を目指した。走らずともなるべく急いで。

 歩きながらアレイヤはさらなる辱めを受けていた。


 ――クロード先生にからかわれることを想像してたらって何⁉ されたいって思ってるの⁉ 思ってないって言ったら嘘にはなるけど、それは画面越しだから求めていることであって、実際に耳元で言われでもしたらそこで私の今世は終了ですが⁉


 うわあああああああ、と叫びたいのを堪え、教室に飛び込んだ時には全身から汗が噴き出していた。



+++



 赤くした顔を必死に隠そうとしていたアレイヤに置いて行かれたノーマンは、無意識に口元を手が隠していることにしばらくしてから気付いた。


 これまで女性の容姿を褒めることはあった。

 年下だけでなく、かなり年の離れた既婚者相手にもそれは必要とされた。

 目の前で赤面する年頃の女性も少なくないし、自身の「宰相の三男」という肩書きもあってか熱視線を向けられることも珍しくない。

 慣れている、と言えば嫌味と捉えられかねないけれど、それでも経験はある。

 しかし、と緩む口元を隠しながらノーマンも自身の教室へと向かう。

 髪を切られた後、証人としてレオニールとゼリニカを呼んで犯人を指摘したあの姿、視界を奪われベッドに座っていたあの姿、手際よく毒を口にした男爵家の男の毒を特定したあの姿。

 どれも凛々しく、強く前向きで気高かった。

 切られた髪を整える時、馬車の中でこっちを見たかと思えばすぐに別の方へと視線を流した時、そして――今。

 ただただ、愛らしい。

 嫌われていない自信はある。

 特別な感情を持ってもらえているかどうかは、まだ自信がない。

 そもそもお前はどうなのかと聞かれると、まだはっきりと言えそうにはなかった。


更新頻度が早すぎたことに気付きました…。

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