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婚約破棄騒動事件2

 嫌な予感ほどよく当たるものである。

 旧図書室での遭遇から毎日、カリオはアレイヤの行く先々に現れた。


「やあノルマンド嬢、奇遇だね」

「今日も天気が良くて気持ちがいいね」

「生憎の雨だけれど、君はとても輝いて見えるよ」

「麗しの僕の太陽。今という時間を君と過ごせて幸せだ」


 思わず指を差して笑いたい気持ちをぐっと堪えてカリオの言葉を受け流す。

 試験までもう間もないというのに勉強しなくていいのかと心配しそうになって、止めた。

 知らない上級生の心配をするほど優しくなったつもりはない。


 カリオ・トランシ―はアレイヤと同じクラスのララ・ロベルタの婚約者と言っていた。ほとんど話したことがない相手への最初の会話が苦言や苦情など、本当は嫌なのだが毎日ストーカーの如く待ち伏せされるのにも限界はある。


 アレイヤは試験まであと三日となった朝、教室の中でララの姿を見つけて声をかけようと移動する。いきなり声をかけると驚かれるだろうと思い、まずはララと一緒にいるトワレス・アークハルトに目を向けた。


「あら、ノルマンド様。おはようございます」

「おはようございます、アークハルト様」


 制服のスカートの裾を少し摘まんで淑女らしい礼をする。以前声をかけてくれた時の明るさは控えられ、棘が潜んでいる雰囲気にすでにカリオの話をララから聞いたのだろうと察した。


「実は、ロベルタ様に折り入ってご相談があるのですが、少しお時間よろしいですか?」

「私に……?」


 突然名前を呼ばれたからか、ララの肩がほんの少し跳ねた。


「それは、私も一緒にお聞きしていいお話?」

「もちろんです。ぜひアークハルト様にもお聞きいただき、御助言などいただければと思います」


 にっこりと笑って、「最近、言い方が悪くて申し訳ありませんが迷惑行為を受けておりまして」と切り出す。

 アレイヤの口から放たれる迷惑行為という言葉。

 校内でゼリニカの自称取り巻きたちから嫌がらせを受けていたことは広く知られている。アルフォン自らもその中に入っていたのだから余波はまだまだ色濃く残っている。ゼリニカがアレイヤを助けたことで一応の収束は見せたものの、別の勢力からの嫌がらせは継続していた。

 花瓶が降ってきた件はまだまだ記憶に新しい。


「付き纏い行為です。今のところ学園内だけで済んではいますけれど、行く場所行く場所にいつも現れては試験勉強の妨げを受けております。その方からロベルタ様のご婚約者様だと自己紹介をいただきました」


 ご存じですよね? と首を傾げてみせれば、トワレスの目がララに向く。


「え、ええ。間違いなく私の婚約者、カリオ・トランシー伯爵子息です。私もカリオ様からノルマンド様のお話をよく耳にしております……」

「今もその話をしてましたのよ?」


 最初より幾分か言葉から棘が消えたトワレスはアレイヤに椅子を進める。

 ありがたく座らせてもらい、申し訳なさそうに俯くララに威圧的にならないように意識してトワレスと目を合わせる。話を聞いているのなら、トワレスと話をした方が早そうだ。


「一体どのようなお話か、お聞きしても構いませんか?」

「もちろんですわ。こちらとしても事実確認に丁度いいですもの」


 話が早くて助かると、どちらともなく笑みを浮かべ合った。

 結論から言えば、二人の話には齟齬が多かった。

 トワレスがララから聞いたというカリオの話では、アレイヤと仲良く話をして、内容に盛り上がる部分もあって笑い合っている。とても仲良くなれたというもの。しかし、アレイヤはひたすらどこからともなく現れるカリオが一方的に話しかけてくるし明らかに勉強中なのにお構いなしであることを返すと、トワレスの顔に怒りが滲んでいた。

 アレイヤに対する怒りではない。

 カリオに向けられた怒りだ。


「なっんなんですの、あの方!」


 突然大声を上げられ、アレイヤもララも目を丸くする。教室中に轟くトワレスの声には廊下の外からも視線が集まった。


「ご婚約者様であるララ様だけでなく、希少な光魔法を使えるノルマンド様にも迷惑をかけているなんて!」


 許せませんわ! と今にも教室を飛び出してカリオを殴りかかりそうな勢いに慌てて落ち着かせる。

 調子に乗るんじゃありませんわよ! と憤慨することまでは抑えられなかったが、椅子から立ち上がる素振りはなくなったことにララと二人で安堵する。


「……ノルマンド様、申し訳ございません。カリオ様へノルマンド様のお話をしたのは私なのです。きっと、そこで興味を持たれてしまったのでしょう」

「ロベルタ様が謝ることではありません。ですが、私の話……を、されているのですか?」

「も、申し訳ありません! 先日のチョコレートがあまりにも嬉しくて、つい……」

「いえ、喜んでいただけて何よりではあるんですけど」


 やはり今度、チョコレートを贈ってくれたトーマスに礼を言いに行かないとな、といつになるか分からない予定を頭の隅に置いて頭を下げるララの手に自分の手を添える。


「それに、ロベルタ様とアークハルト様に悪く思われていなくて安心いたしました」


 心から安堵の表情を浮かべると、ララもトワレスもハッとした顔でアレイヤの肩に手を置いた。


「ノルマンド様が何も悪くないことは先日の件から存じておりますわ! 色々ありましたけれど、素敵な方だと分かってこちらも嬉しく思っておりましてよ!」


 完全に言葉から棘がなくなったトワレス。ララももう暗い顔はしていなかった。


「ただ……」


 明るい雰囲気になった途端、ララが口ごもる。

 続きを待っていれば、再び頭を下げられた。


「カリオ様は私が注意しても聞く耳を持ってくださりません。なので、私から解決して差し上げることが難しいのです」


 聞けば、ララとカリオは同じ伯爵の位を持つ貴族で、婚約者になったのもかなり前のことらしい。

 位は同じでも年齢はカリオの方が一つ上。さらに元々の性格も相まってララは名ばかりの婚約者になっていた。

 婚約者として二人で過ごす時間も作ってはいるが、最近は話題にも乏しかったという。そんな中でララが持って来た話題にカリオが食いついてきた。

 希少な光魔法の使い手が同じクラスであること。先日高級なチョコレートを差し入れしてくれたことなどを、それはもう嬉しそうに語った。

 実際に会いに行ってみればそこにはピンクパールの髪を持つ少女が、ギリギリ手の届かない本棚と格闘している愛らしい姿があった。

 カリオの御眼鏡に適ってしまった。

 まったくもって迷惑な話である。

 アレイヤは不穏な空気に顔を顰める。

 この流れは乙女ゲームから派生した創作小説でありがちなパターンなのではないかと。


 ――ララ・ロベルタ嬢が、悪役令嬢扱いされそうになってない?


 婚約破棄イベント。

 カリオがアレイヤを新しい婚約者として迎え入れるべく必要な段取りをすっ飛ばす強硬手段。

 ゲームではアルフォンがゼリニカに行ったイベント。

 アルフォンがいなくなったことで、そのイベントの役回りが変わったのだろうか。


「ノルマンド様?」

「アレイヤとお呼びください。嫌な予感がするので、どうにかトランシ―様から逃げようと思います。ところで、トランシ―様はなぜか私の行く先々に現れるのですが、どうやって私の居場所をお知りになっているかご存じありませんか?」


 ストーカーから逃げるなら、ストーカーが来る前の移動が肝心になる。これまでアレイヤが行ったことがない場所でも現れるとなると、リアルタイムでの情報提供者が想像できる。

 いくら婚約者でも気の弱いララがその情報提供者とは思えない。案の定、二人は同時に首を横に振った。

 まさかGPS的なものを取り付けられてるわけじゃないよな、と二人に簡単に調べてもらったが何も見つからなかった。

 では、どうやってカリオ・トランシ―はアレイヤの行動を把握し、ストーカーまがいの行動を可能としているのか?


「カリオ様から逃げる、というのも一つの手ではありますが、アレイヤ様が避難するという意味でどなたかお力になってくださる方はおりませんか?」


 早速名前で呼んでくれたトワレスが聞く。


「力、ですか?」

「例えば、レオニール第二王子殿下とか!」


 殿下なら絶対安全ですわ! と急に目が輝くトワレスと控えめながらも同じようにララの目も光った。

 さすがのストーカー、もといカリオもレオニールには近付けない。どんなに空気の読めない人間でも王族に安易に近付いたりできない。できないが――


「さすがに私個人のことで殿下にご迷惑はかけられません」


 ただでさえアレイヤがレオニールに会っただけで新しい事件に巻き込まれたのかと期待に満ちた目を向けてくるのに、と言えない事情を飲み込む。

 レオニールは自分を友人と呼んでくれ、と言ってくれてはいるが、アレイヤは怖いもの知らずではなかった。


「ですが、アレイヤ様はレオニール殿下と懇意にされていらっしゃるのですよね?」

「しておりません。場を共にする機会は何度かありましたが、あれもゼリニカ・フォールドリッジ様と一緒だったからこそ叶った機会でしたし」

「まあ、そうでしたの?」


 いらぬ噂が立つ前に消してやるとばかりにゼリニカの名前を出したアレイヤに、トワレスは何も思わないままララと感心し合っている。

 学生の年頃の女の子は恋愛の話が好きすぎることは痛いほど理解している。

 実際、アレイヤとレオニールの間には邪推する感情が一切流れていない。


「アレイヤ様は確か、魔法種別の授業でのお帰りがいつも遅かったように思います。もしかして、担当のクロード・ランドシュニー先生と……?」


 これまで謝罪の言葉しか出していなかったララがわずかに頬を赤く染めながら尋ねてきた。

 ララは思いの外、身分差や年齢差など差のある恋愛が好みなのだろうか。

 アレイヤは突然出てきたクロードの名前にララ以上に顔を赤くした。

 予想以上の反応だったのか、二人は前のめりの体勢で詳しい話を聞きたがった。


「ち、違います! 授業内容が特殊すぎるので時間を使ってしまうだけです! お二人の想像するような何かはありませんから! 本当ですから!」


 必死に弁解しているが、実際に何かやましいことをしているのではない。アレイヤが作りたいと思った魔法が実現可能かどうかの吟味や、クロードの元婚約者からの手紙から得られた情報の共有で授業時間のほとんどが消えている。

 それにプラスして、クロードがわざとアレイヤの耳元で話したりしてアレイヤの反応を楽しんでいる時間があるだけで。

 授業中ですよ、と怒っても授業の内容をお話してますよ? と返される。

 不毛で無駄な時間によって、教室に戻る時間が遅くなっているのが事実だった。


「あらあら、アレイヤ様ってとてもお可愛らしい方ですのね! 私のことはどうかトワレスとお呼びください。もっとお話しさせていただきたいわ」

「私のこともララ、と。アレイヤ様はその先生に好意を抱いているのですか?」


 好きなのですか? と直球な質問にアレイヤは全身を赤くさせ、頭の上から蒸気が出るほど茹だった。

 クロード・ランドシュニーが好き――ではなく、中の人の声がたまらなく、転生した今でも好きすぎるだけです。

 とは、言えなかった。


明日の更新はありません。

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