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差出人不明の贈り物事件~義家族~

 王立スフォルト魔法学園の生徒は、家の距離によっては寮に入ることもできる。

 王都にある学園に対し同じ王都に家があるならそちらから。城下に家があるのなら寮を選べる。

 ノルマンド子爵家は城下に屋敷があった。アレイヤは普段寮で過ごし、休みの日に子爵家へ訪れるという暮らしをしていた。

 最初は貴族の暮らしに慣れないからという意味合いが強かったが、今では一部分だけ短い髪や入院など、アレイヤにとっては学園を辞めさせられる理由になる出来事を隠すのに丁度よかった。

 せっかくゲーム内登場人物たちの姿や声を直接浴びることができているというのに、この楽園から去るなどありえない。


 例え、その身を脅かされていたとしても。


「アレイヤさん、とても美味しいチョコレートだったわ。ありがとう」


 ふふ、と上品に笑うノルマンド子爵夫人の微笑みに合わせてアレイヤも笑顔を浮かべる。

 休日に屋敷に戻ってきたアレイヤは、慣れないドレスに身を包んでティータイムを過ごしていた。

 目の前でチョコレートを食べてもらう自然な理由を考えるのに学園から城下の屋敷は十分な距離があったが、どうあれ二人に喜んでもらえてよかった。

 まだ余韻に浸っている夫人の隣で子爵がまさに口に入れたチョコレートを溶かしながら声をかける。


「これはとても得るのが難しいものだよ。アレイヤさん、本当によかったのかい? 二つとも貴女が食べてもよかったというのに」

「いいのです。私は学園でクラスのみんなと食べましたから」


 そう。

 自然な流れでアレイヤが食べられなかったものを食べてもらう理由になる言い訳には「自分は先に食べたから」が一番だと考えた。

 実際は製作過程の分からないものを食べるのに強い抵抗があるのだが、それを言えるはずがない。

 今もアレイヤ自身がメイドの指導を受けて紅茶を淹れて飲んでいる。

 秘技・貴族の暮らしを知るには自分で体験してみるのが早いと思います。を発動して実行した。

 これでアレイヤも無理なく自分の口に入れられるようになった。


「娘が学園でのお話をお土産と共にしてくれて、お茶も淹れてくれて……夢のような時間だわ」


 娘となってから一年近く経っている。子爵夫妻の本当の子どもである子息が亡くなったのはまだ養子になる前だから一年半は前になる。

 一年以上過ぎているが、だからとて傷が癒えるわけではない。

 アレイヤを迎えてくれた理由も「男の子じゃなかったから」。あくまでも二人目の子として扱ってくれている。

 血は繋がっていなくても、夫婦以外の家族と会話することで傷が大きくなるのを防いでいる。


「夕食はどうしましょうか? アレイヤさんは何か食べたいものはある?」

「そうですね……。あ、ならばキッチンを見てもいいでしょうか? 料理長と挨拶はこちらに来た日にさせていただきましたが、食材の選び方や作っている様子なども見てみたいです」


 秘技その二。見学と称して自分の目でチェックして食べられるようにする。ついでに学食で自分が作るもののヒントも得たい。

 作業工程が分からないことで不安が生まれるなら、作業風景を見て安心すればいい。

 両手を合わせてお願いすれば、二人からはすぐに了承が得られた。

 色んなことに興味を持つのはいいことだ、と褒め言葉まで付けてもらった。

 家に帰ってきたはずなのに、学園にいる時よりも緊張感が強い。


 キッチンで料理長相手に誤魔化すのも無理がある。

 キッチンにいた料理長に正直に「食べるのが怖いから近くで見せてほしい」と言うと、笑顔でどうぞと返された。


 貴族はキッチンには来ないし、食べたものに毒が入っていればすぐに解雇になる世界で、見学して毒がないことを証明して安心したいと言われて拒むわけがない。子爵夫妻には黙っているように口裏を合わせてもらった。

 簡単に作れる料理を教えてくれると約束もして。



+++



 毎食前にキッチンに行くのは、正直楽しかった。

 前世の記憶と共通する食材があると知って、料理を一緒に考えるのが楽しすぎて平日に学園へ戻ることを悲しまれたほどだ。

 キッチンに行ってただ見たり手伝ったりするだけで終わらせるつもりはアレイヤにはなかった。

 料理長と一緒に作ったものを手に訪れたのは、城下にある貴族の住む家が並ぶ区画の端の端。


 貴族用に設けられた――共同墓地。


 魔法学園入学前までは毎日。入学後は休みの日には必ずアレイヤは花を持って行った。

 ノルマンド子爵家の白い墓標には、義兄の名が彫られている。


「今日も、お邪魔します」


 お義兄様、とは言えない。

 会ったこともない相手にそう呼ばれるのは複雑だろうからと、名前で呼ぶようにしていた。


「料理長と、クッキーを作りました。甘い物がお好きだったと、お聞きして……」


 子爵家の庭で摘んだ花とクッキーを供える。

 墓参りは前世の記憶で覚えはあるが、勝手は当然違う。

 付いて来てくれた侍女二人がてきぱきと供えた花を整えてくれる。

 こうして時間があれば義兄の墓参りに行くようにしているのは、アレイヤが引き取られた理由に彼が亡くなっているからというのが引っ掛かっているから。

 死因は事故と聞いている。それに疑問を持ったというのではない。

 ただ、彼が亡くならなければ引き取られることはなかったと思うと、手を合わせずにはいられなかった。

 姿絵は何度も見たし、屋敷を出る前にも見てきた。

 両親に似て優しそうな人だった。

 享年・十七。

 アレイヤは今世では一人っ子な上、村には年の近い人はいなかった。

 亡くなっているが、初めて年の近い人が義兄だった。


「会ってみたかったです」


 来る度に同じ台詞を口にする。侍女たちは最初の頃こそ肩を強張らせていたが、今では悲しそうな目をしつつも微笑んで聞いている。


「……もう一度、あの方たちにも会わせてあげられたらいいのに」


 優しそうな義両親に返せる何かを考えると、必ず浮かぶ選択肢。

 叶わないと分かっているのに、どうにか叶えさせられないかと考えずにはいられない。


「そうだ。学校で珍しいものを貰ったんです。二つしか残らなかったのでお二人に差し上げたのですけれど、貴方にもお持ちできればよかったですね。入手困難らしいので、私では手に入れられないかもしれないです。私が作ったクッキーでごめんなさい。でも、美味しくできたので、貰ってください」


 返事のない会話を繰り返す。

 一方的に。

 兄に甘えるとはこういうことでいいのだろうかと、想いながら。


読んでくれてありがとうございます。

続き書いてもいいよ、という意味でいいねを押していただけると「書いていいんだ!」と思えるのでありがたいです。



(3/11)

すいません。現在寒暖差アレルギーで苦しんでおりまして、更新がちょっと遅れます…。

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