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差出人不明の贈り物事件 後

「ふふ、とても美味しいチョコレートだったよ、アレイヤ嬢」

「……いえ。というか、私には身に覚えのないものです」

「ん? それではまた――事件かな?」


 昼休みが終わるよりも前に全クラスに配布されたという事実確認のためにレオニールのいる教室へと足を運べば、アレイヤを待っていたかのように教室前の廊下にレオニールはいた。

 毒見は側にいてくれるようになったクラスメイトの男子学生がしてくれて、すでに胃に納まったと聞けばアレイヤの全身が震えた。


「事件……と呼ぼうにも、毒も薬も入っておらず、且つ一年生全クラスに配布されたとなれば違うような気もします。私――もしくはノルマンド家の名を騙った何者かの仕業かと思います」


 なぜこのようなことを、と動機すら思い浮かばないまま第二王子に話す。


「そうだね。君の名を使って事件とは言わずも嫌がらせがしたいなら、いくつかには体調に異変を来たすような何かが込められていてもおかしくはない」


 今のところ、そういった報告はどこからも上がっていないよ。と、アレイヤの疑問を晴らすように生徒会長としての視点からの言葉と共にレオニールは笑う。

 自称側近の体調も、レオニールのクラスメイトの体調も崩したという報告はない。

 ならば善意だけで配られたのだろう。

 しかし、なぜ一年生全クラスだけにという疑問が生まれる。


「アレイヤ嬢、これは事件かい?」


 どこか楽しそうなレオニールの問いかけに思わず眉根を寄せてすぐに戻した。こんなことで不敬罪に問われたくない。


「動機にもよるのでしょうが、私個人としては事件と扱ってもおかしくない一件です」


 なんたって自分の名前が使われているのだ。アレイヤの中では事件の括りに入っても仕方ない。


「事件か。見方によれば事件だけれど、随分と優しい犯人だよね。善意しか感じられない」

「善意だけ、ならいいんですけどね」


 杞憂ならそれでいい。何も起こらないのが一番いいのだから。

 レオニールにもアレイヤの不安は理解できた。

 嫌がらせでは済まない被害をその身に受けたり受けそうになったりが続いているのだから。

 警戒しない方がおかしい心境だろう。


「レオニール殿下なら何かご存じかと思い来ただけです。お時間を頂戴しまして、失礼いたしました」

「力になれなくてごめんね。……それから、アレイヤ嬢」

「なんでしょう?」

「王城ならともかく、学内で僕らは同じ学年なのだからもう少し砕けてくれていいんだよ?」


 にっこりと、どこまでも王子の顔が崩れないレオニールにアレイヤと話しているからと少し距離を取っていたレオニールのクラスメイトの目を見開いた。

 廊下で話していることもあってか、少なくない生徒たちがレオニールの言葉に耳を澄ませていた。

 今の言葉の意味はなんだと。


「友達として接してほしいな。もしくは、助手?」

「返答に困ることを仰らないでください。楽しんでらっしゃることだけははっきりと分かりますよ」

「楽しいからこそ、王族と臣民じゃなくてフランクに話せるようになりたいんだよ。ダメかな?」


 諦める気配はなく、一切恋愛の感情が滲んでいないことにアレイヤは頬をかく。

 心の底からアレイヤと友人関係を望んでいる。

 というか、「異性」として見る気がない。

 見られても困るのだけれど。


「殿下を相手に友と呼ぶのに、今は少し憂いがあるように思います」


 周りの目に含みが多すぎる、と言い方を変えて伝える。

 レオニールは兄アルフォンの一件の後、婚約者と別れている。アレイヤもまだ婚約関係を結ぶ相手はいないが、光魔法の適性を持つ珍しい人間だ。

 こうして話しているだけで邪推してくる人が大勢いる。


「残念。じゃあ君の協力者だと自称することにしよう」


 肩を竦めて見せた王子の顔は、どこにも残念と思っている要素はなかった。

 自称とは言え、何度も協力してくれたレオニールは最強の協力者と言っていい。王族としての権威や王族だからこその知識で助けられていることを思えば、助手は自分の方だとも思う。


 いや、だから探偵になったつもりはないんだけれど。


 昼休みも終わりそうだからと自分の教室に戻ってきたアレイヤは、まだチョコレートの味に酔いしれているクラスメイトたちの、それでも無事な姿にほっと胸を撫で下ろす。もしも阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていたらどうしようかと思っていた。

 午後開始の鐘が鳴り、魔法基礎概論の授業が始まる。

 担当の教師がやってきて、前回の続きからと声が響く。

 アレイヤはチョコレートが入っていた空き箱の表面を思い出す。

 深い茶色の箱に金色の字で店名が書かれていて、さらにその上にアレイヤの名前が書かれたメモがあったということらしい。箱は衛兵が持ってきてくれたのならその時点で危険性は下がっていたと今なら考えられる。

 ただ、衛兵は差出人の名前を告げなかった。

 告げる必要がなかったのか、生徒たちの興奮が先で告げるタイミングを逃したのか。

 その場にいないアレイヤには事実は分からないし、授業が始まってしまったから今誰かに聞くわけにもいかない。

 現状で分かる範囲で差出人を絞り込めるといいんだけど、と板書を取りながら空中に光魔法で文字を連ねた。


 一年生全クラスにアレイヤの名前と共に届いたチョコレート菓子。

 毒もなく、依存性のあるような薬の混入も見られない。


 贈られた動機は何なのか。

 差出人は誰なのか。


 贈られる理由に覚えがないからこそ、気になる。

 悪意なのか、善意なのか。

 何も分からない。


 有名パティスリーの、入手困難チョコレート。

 さらに言えば、なぜそういうチョコレートを贈ろうとしたのか。

 チョコレート。

 有名パティスリー。

 入手困難。


「…………」


 パッと視界が明るくなった気がした。


 ――菓子折り。


 箱に入った複数人で分けられるタイプの高級菓子で、アレイヤに宛てられた理由にも繋がってくる。

 菓子折りが渡される理由として挙げられるのはざっと四種類。


 旅行の土産。

 入手困難のものを手に入れたからお裾分け。

 懇意にしたい相手への贈り物。

 そして――謝罪。


 アレイヤに謝罪をしたい相手になら、覚えがある。

 その人物は高級菓子を得る伝手もあるだろう。

 全クラスに配ったのは単純にアレイヤのいるクラスを知らなかったから。

 だとすれば、該当する人物は一人しかいない。


「犯人は、あなたでしたか」


 小さく呟いて、アレイヤは授業に集中した。



+++


「分かってしまえば、なぜ疑問に思ってすらいなかったのか自分の気付かなさに辟易してしまうほどでした。衛兵が持って来たという時点で安全性はほぼ確保されているようなものでしたし、貴族の間で入手困難と言われていようとも、別の伝手を使えば入手は比較的容易になる。顧客としてではなく、卸し先に商品を納品するというなら一学年すべてのクラスに配るだけの数の確保も難しくありません。つまり、ただそれだけのことでした。私がこの学園の一年生である、という情報しか与えられていなかったが故に、あの方はすべての教室に配るしかなくなったのです。悪意はなく、善意でもない。あるのは罪悪感。嫌な思い出になった私に対する、謝罪の意味を込めて菓子折りは贈られてきたのでした」


 嫌な思い出どころか、実際には物を食べられなくなるトラウマになってしまっているが、そんなことも差出人は知らない。

 それから、とアレイヤは午後の授業の間で得られた結論を披露している相手の爪先に視線を固定しながら続ける。


「何より私には、このような高級なものを手に入れられるお方の心当たりが限られています。ゼリニカ様と、そして――貴方様です」


 ゆっくりと頭を上げて相手の目を見つめる。

 これ以上なく楽しそうに目を細めてアレイヤを見ていた。


「レオニール殿下。このお二方ではないと想定して残るのは、パディグノマスターのトーマス様だけです。よって、贈り主はトーマス様になります」

「そうか。トーマスから贈られて来たものならば間違いないね。偶然だったろうけれど僕も美味しい思いをさせてもらったし。君の心の翳りを少しでも晴らしたかったのだろうね」


 くすくすと笑いながら、帰宅のための馬車の前でレオニールはアレイヤの話を聞いていた。

 放課後になって帰ろうとするアレイヤを呼び止め、どうせ推理を終えているのだろうと期待して話を聞き出してみて正解だった。

 アレイヤに対する謝罪であるなら本人に礼を言うのも差出人はちゃんと書けとも言いにくいと気が引けていたが、王子に聞かれれば答えるしかない。ただ、と視線が泳ぐ。


「アレイヤ嬢?」


 首を傾げて見せるレオニールに、アレイヤは「いえ」とさらに視線を泳がせる。


「トーマス様から貰ったものだと分かった今でも、口に入れるのが怖い自分が情けなくてですね……」


 美味しいものを食べてほしいという気持ちは受け取ることができても、それでも怖くなってしまう。誰かに毒見してもらったとしても口には入れられない。


「それ、は、僕以外にも誰か知っているのかい?」


 奥底の見えない微笑を浮かべてばかりいたレオニールの顔が初めて固まった。

 肯定の返事をして馬車の御者に目を向けた。

 話は終わった。そう意味を込めると、御者の手によって馬車の扉が開けられた。

 レオニールが乗った馬車を見送った後、アレイヤは余っていたからと確保していた二個のチョコレートに思いを馳せる。

 自分で食べるには怖くて無理な代物だが、ノルマンド子爵夫妻なら食べてくれるだろうかと義両親への初めての親孝行になったらいいなと考えながら下校した。


投稿頻度の迷子です。

時間は朝七時固定にしようと思いました。

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