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差出人不明の贈り物事件 前

今回は前後編です。

 この世界は乙女ゲームで見て知った世界であり、自分がヒロインとした視点ですべて知っている。

 前世持ちとして生まれ、上手くなぞって生きてはいないけれど、それでもなんとか過ごしている――はずだった。



+++


「魔力は安定しています。暴走の恐れはありません。安心してください」


 面長に真っ白な長い髪を顎の下でまとめている老紳士は、アレイヤの肩を二度軽く叩いて終了を告げた。

 ジェラルド・カレッジイング副学長の言葉にホッと息を吐いたのは、彼女の付き添いとして副学長室へと訪れたクロード・ランドシュニーだった。

 人体に流れる魔力を感じ取る特技を持つ副学長も、目の前の生徒にはただ首を傾げるだけ。


「ごめんなさい、ジェラルド先生。大丈夫だとは何度も言っているんですけど、クロード先生が……」


 ちらりとクロードを見上げる生徒――アレイヤ・ノルマンドは、自身の些細な言葉に過剰反応したクロードに驚いていた。

 二人きりの属性別授業で、つい最近の悩みを口にしてしまった。希望としては悩みを解決するような魔法があればいいな、なければ作り出せればいいな、と思っただけだったのだが、内容を聞いたクロードがアレイヤの手を引いて副学長室へと駆け込んだ。

 ジェラルドは眉を下げるアレイヤに苦笑を浮かべながら小さく頷く。


「食べるのが怖い、と言われれば仕方ないでしょう。ノルマンドさんはこれまで何度か見過ごせない被害を受けているのですから」


 魔力暴走の際に関わったからか、ジェラルドもクロードの過保護っぷりを擁護するしかなくなる。

 しかも、先日もレオニールも同じ場にいながら味覚を奪われかけたと聞けば過保護とも言えなくなる。

 口に入れる物すべてを疑ってしまうようになったアレイヤに同情もしてしまう。

 魔法に適正を持つ人間は、感情一つで簡単に魔力を暴走させてしまう。それを知っているからこそ、ジェラルドもアレイヤの現在の魔力状況を見るのにも協力した。

 肩身を狭くして小さくなるアレイヤを心配の眼差しで見るクロードにも、ジェラルドは苦笑を禁じえない。

 今は国外にいる光属性を持つ元婚約者以外に心を許せるような相手が見つかってよかったと、年長者としての安堵がある。王族以外の光属性の人間の婚約者で、魔力量が多いだけで注目は必要以上であったと思う。


「過剰に反応したことは認めます。ですが、彼女は魔力量の多い光魔法の適性者。何かあったらと思うと……」


 目を閉じて長く息を吐き出すクロードに、ジェラルドも眉間に皺を寄せた。

 しっかりと守ってやらねば、の空気が広がる中でアレイヤは空腹を覚えても不安で減ったという感覚が乏しくなっている腹部に手を置いて唸りかける。

 神域の森を半壊以上の被害にさせた記憶はまだまだ鮮明だ。守られる立場にあるとは思えない。ヒロインという立場にあったとしても、破壊の文字は頭から離れない。


「食材の持ち込みと学食のキッチンの使用許可を出すので、必要になれば申請に来てください。その場で作ったものなら食べられるかもしれません」


 学内に入れる外部の人間は一名でいいですか、と親切にも寛大な提案を出す副学長に、アレイヤは顔を上げた。


「それなら、今すぐにお願いします。使うのは私なので人は呼びません」


 なるほど自分で作ればよかったのか。

 目からうろこが出るとはまさにこのこと、とアレイヤはジェラルドに深く頭を下げた。

 使うのは私、の部分に動きを止めた二人の男性教師の顔など、まったく見てはいなかった。



+++


 昼休みの中ほどで教室に戻ったアレイヤは、異様な雰囲気に思わず教室に入るのを躊躇った。

 重く暗いわけではない。どちらかと言えば福袋やバーゲンセールの催事場のような活気。

 きゃいきゃいと主に女子生徒たちの明るい声と、声を潜めてはいるが興奮を隠せない男子生徒たち。

 教室全体から溢れるプラスのオーラに何があったのかと凝視する。

 このクラスでは同じ教室内だからなのか、比較的アレイヤに対する視線は少ない。

 わざと避けるようにしているのだろう、「庶民上がり」だとか「平民生まれのくせに」だとか言う人はほぼいない。

 ほぼ、なのでいるにはいるけれど。

 そんなわけでなるべく誰の視線にも入らないように気配を消して自分の席に向かおうとしたが、今日に限って叶わなかった。


「ノルマンド子爵令嬢様!」

「ふぐっ!」


 毒を持つ魚の名前が口から零れるほどの驚きに体が固まる。

 錆びた金属を無理矢理動かすように首を動かせば、キラキラと輝く瞳がいくつもアレイヤに向けられていた。


「素敵な贈り物、ありがとうございます!」


 入学以降向けられた覚えのない態度のクラスメイトたちに、アレイヤは目を丸くした。

 蔑まれることはあっても、感謝される覚えはない。

 贈り物を出した覚えも、まったくなかった。


「え、ええと……見せていただいても?」


 悪戯かどうかの判断をするためにも実物を見なければ、と、まだ見ていないままでの体で引き攣った笑顔を見せた。

 とても素晴らしいものですわ、と最初に声をかけてくれたクラスメイトの令嬢と、これを機にと次々に礼を言ってくれる人たちが道を譲ってくれて前へと進む。

 騒ぎの中心にあったものは、甘い香りを漂わせる箱だった。

 さらに言えば、箱の中のチョコレート。


 ――食べ物二連続⁉


 今このタイミングで食べ物系の事件事故は勘弁してくれ、と思いつつ、けれど周囲の顔色はひたすらに明るいことを思い出す。

 毒ではなさそうだと最初の情報を頭の中に置く。


「これ、今王都でも入手困難と言われるパティスリーのものですわよね! わたくしも家から取り寄せようとしていますのに、全然手に入らなくて!」


 嬉しいですわー、と頬を染める令嬢と、クラスメイトたち。

 すでに全員の口に入っているようで、毒見はちゃんとしたのかと不安になったが、恐らく耐え切れなかった誰かが毒見役になったのだと推察する。

 漏れなく幸福の表情のクラスメイトにもしかして危ない薬が入っているんじゃ、と不安になる。これで依存性があったらアウトだ。しかし、誰もが続けて口に入れたがる様子はなかった。


「これ以上食べてしまったら、他のお菓子が食べられなくなってしまいそうで恐ろしいですわ」


 近くにいる令嬢ではない令嬢の声に、男女関係なく頷いている。

 あまりにも美味しすぎて怖い、と。

 毒もなく、依存性もない。

 だが、それでもアレイヤには覚えがなかった。

 というか、そもそもなぜアレイヤがこれを持ち込んだと思われたのかと最初に声をかけてくれた令嬢に話しかける。


「これは、いつ、ここに?」


 あくまでも「持ち込んだのはアレイヤ・ノルマンドである」とはっきり言わず、けれど否定もしない言葉を選ぶ。


「ほんの十分前だったかしら?」


 ねえ、と周囲に同意を得る令嬢。

 名前は――トワレス・アークハルト伯爵令嬢だったか。

 つい先ほどだよ、と男子生徒がお礼と共に教えてくれる。


「衛兵の人が来て、ノルマンド嬢を探してた。だけどいなくて、衛兵が困った顔しながらも君が僕らにこれをって」


 わざわざ移動して、中身の少なくなった箱の蓋を手に取る。

 蓋には「アレイヤ・ノルマンド様と皆様方へ」とメモが書かれていた。

 丁寧な字だった。

 筆跡に覚えは、ない。


 差出人の明記はない。

 毒も依存性もなく、入手困難なパティスリーのチョコレート菓子。

 そして、


「これで一年生のすべてのクラスにだなんて、ノルマンド子爵家はとても器の大きな御家なのですね!」


 んなわけあるかい。

 ノルマンド様のことを誤解しておりました、と口々にアレイヤを称賛する声が広がる。止めてくれ。そんな注目は必要ない。これまで通りで……いや、普通でいい。

 ノルマンド家の資産がいかほどか知らないが、勝手に思い込みされて後々面倒なことが起きたら嫌だ。

 早々に差出人の正体を暴かなければ。

 アレイヤは箱の中に残されたたった二個のチョコレートを手に取り、心の中で決意した。


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