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ヒロインについて考える人たち

事件発生のない回です。

 アレイヤ・ノルマンド子爵令嬢のことを有り体に言ってしまえば、不思議な少女だった。


 ピンクパールの髪は光を受けると煌めき、本人の希少な光魔法を使うとわずかに髪自体が発光する。

 見目も平民出身と聞かされなければ高位貴族の生まれなのではと思えてしまうほど整っていて、なのにそれを武器にするつもりは一切ないらしい。

 貴族女性ならばより良い縁談を得るために外見をフル活用することが何よりも多い。いや、チャンスさえあれば身分関係なく。

 生まれを気にする人間もいるにはいるが、佇まいだけであればどんな男でも生涯の伴侶にと考えるだろう。


 ……なぜか狙われやすい点を、除きさえすれば。


 アレイヤは学内で、いわゆる嫌がらせを受けていた。最初の頃はアルフォンが自分を頼って心を奪おうと策略したものだったが、中には嫉妬からアルフォンを慕う女性生徒からのものも含まれていた。アルフォンの失態がアレイヤから暴かれた後は鳴りを潜めてはいたが、最近また復活した。

 レオニールが、アレイヤを気に入ってしまったがために。

 それが恋慕ではなくてただの興味と好奇心だけだと知っているのは、本人たちだけ。



+++



 王立スフォルト魔法学園。


 三学年で構成され、貴族と平民で校舎が分かれている。

 今はあと一週間で始まる試験期間で生徒たちは慌ただしい。

 その中で余裕な態度を見せているノーマン・ドルトロッソは、同じクラスの公爵令嬢の前で溜息を吐いた。

 ノーマンはある一件を境に一人で行動することが増えた。

 誰か近くに来てくれる人はいない。こちらから話しかければ普段通り返してはくれるが、それだけだ。

 ある一件以降、見たものを感じたものを共有できるのは一人だけ。

 それが目の前の公爵令嬢だった。


「……あなた、そういう性格だったかしら?」


 もっと理知的でわざとであっても弱味を見せるような人ではなかった記憶があるのですけれど、と一人本を読んでいた公爵令嬢――ゼリニカ・フォールドリッジはこれ見よがしな態度と溜息に耐えかねて、持っていた本を下ろした。

 ゼリニカも試験前とあって、復習に余念がない。


「自分でも驚いてますよ。レオニール殿下もアレイヤ嬢も、どうしてこう自由なのか……。心労が減りそうにない」

「そうではなく……、いえ、それもありますけれど」


 呆れてしまいそうになるが人目を強く意識して堪える。アルフォンと婚約関係にあった頃からさほど人に寄り付かれなかったゼリニカではあったが、かと言ってアルフォンと行動を共にしていた時期のあったノーマンに声をかけてもらおうと近寄られる理由にはならない。

 アルフォンとの関係がなくなった今、ノーマンと話す関係にならないはずだった。

 二人にとって共通になる人物はアルフォンだけではなくなった。第二王子のレオニールでは無理だった。どころか、ゼリニカにはレオニールと会話をする理由がない。

 それでもゼリニカとノーマンには接点があった。


 アレイヤ・ノルマンド。


 一学年下の後輩になる彼女は、希少な光魔法を使えるという理由でアルフォンが新しい婚約者に仕立て上げようとした。その結果はアルフォンの自称側仕えであるロイドがアレイヤの髪を鋏で切って、ゼリニカの犯行に見せかけようとした。さらには被害者であるアレイヤに真相を突き止められただけでなく、アレイヤにしていたアルフォン自身の悪行までもが露呈されてしまった。

 たった一人を得ようとした結果、周囲の状況を大きく変えてしまった。

 ゼリニカもノーマンも、その中に含まれていた。

 不満には思わない。

 側にいる必要もないのにレオニールとアレイヤがその場にいることを許してくれているだけではなく、アレイヤはゼリニカを頼っている。距離を取られても仕方ないのに慕ってくれているのが嬉しくてつい構ってしまう。


 ただ、ノーマンはどうなのだろう。と思考に耽っているクラスメイトを見る。


 アレイヤが狙われることに胸を痛めている様子のノーマンは、彼女をどう思っているのだろうか。

 レオニールとゼリニカは被害者なのに真っ向から立ち向かう態度に興味がある。手を差し伸べる心づもりもある。ノーマンも手助けをしようという気持ちはあるのは分かるが、それだけなのかと勘繰らずにはいられない。


「アレイヤ様へ求婚するなら、早い方がいいですわよ?」


 希少な魔法属性ですし、国王陛下に定められてしまう前にどうぞ。と置いた本を再び手に取った。


「え、どうして求婚の話に……?」


 困惑するノーマンは、これ以上会話を続ける気のないゼリニカに説明を求めるのを早々に諦めた。

 自分と彼女はそういうあれでは、と口の中だけで呟くように言う。

 それに、光属性の魔法適正のある人間は王族と婚姻している例が多い。アレイヤのすぐ前の光属性の女性は、保有する魔力量が少ないという理由で王族ではなく魔力量の多い学園教師のクロード・ランドシュニーと婚約していた。

 解消後はアレイヤの教師になっている。

 関係を勘繰るならノーマンではなくクロードではないのか。



+++



 レオニールは、ふと窓の外に目を向けた。

 廊下を次の移動教室のために歩いていると、離れたところから空気を割く音が聞こえたのだ。

 そして見えた。


 花瓶が落下していくところを。


 さらに見えた。


 花瓶の落下地点に見知った人物が歩いているのを。


 危ない、と声をかけても遅いと分かっていても窓に身を乗り出す。側に付いていたクラスメイトの男が驚いてレオニールの腕を引こうとしたが、寸でのところですり抜けられた。

 声をかけなければ。しかし声をかけられたことで足を止めて花瓶が当たってしまう危険がある。しかし声をかけなくてもこのままでは直撃は免れない。

 だけど誰よりも位の高い自分が一人の子爵令嬢に声をかけるのは憚られる。アルフォンがアレイヤを孤立させて取り込もうとしていたのと同じように思われるかもしれない。

 自分の行動一つがすべてを狂わせられると分かっているからこそ、感情を優先させて動くことができなかった。

 風の魔法適正があれば花瓶を風で飛ばしてしまうこともできたが、レオニールの適性は水だ。水を操る魔法は使えても、花瓶の中に水が入っていなければ意味がない。

 どうすればと考えている内に花瓶は真下の人物にまっしぐら。


 危ない、と目を逸らしてしまいそうになるのを必死に堪える。だが、花瓶が直撃する前に助けの手が入った。


 ほっと張り詰めた息を吐き、窓から身を離す。レオニールの腕を引こうとしていたクラスメイトがレオニールの視線の先を追いかければ、突然の行動の意味を理解した。

 アレイヤ・ノルマンド子爵令嬢が、落ちてきた花瓶に直撃しようとしていた場面。

 助けたのは、魔力暴走事件の後からアレイヤの護衛に付いている騎士の一人だった。

 専属にすることはできないが、衛兵と騎士を極少人数集めてアレイヤの身を守っていることは、レオニールの近くにいれば誰もが知る話である。

 呆然と目の前に落ちてきた花瓶を前に青い顔をしたアレイヤの姿にレオニールが微笑むと、「行こうか」とクラスメイトに声をかけた。


「兄上を慕っていた過激派でもいるのかな?」


 花瓶を落とした人物は、レオニールの目にもクラスメイトの目にも見えていた。そもそも隠れようとしていなかった。


「……もしくは、殿下を慕う者たちかもしれません」


 可能性としてはそっちの方があるんじゃないかと、クラスメイトは声を小さくした。



+++


 クロード・ランドシュニーはアレイヤの「うわあっ!」という声を聞いて慌てて駆け付けた。


「アレイヤ様!」


 彼女の悲鳴は心臓に悪い。

 否が応でもフラッシュバックしてしまう。

 光魔法がプリズムによって暴走を始めた、あの瞬間を。

 必死に手を伸ばしているのに届かない。一瞬だけ見えた助けを求める彼女の顔は今でも夢に出る。


「せ、先生……」


 悲鳴の一瞬後に聞こえた何かの割れる音に肝を冷やしながら姿を見つけて、思わず足が止まる。

 アレイヤは、騎士服を着た男に背後から抱き止められていた。

 足元に割れた瓶がなければ、騎士と学生の逢瀬にも見えてしまいそうな光景にクロードは止めた歩みを再開させる。


「何があったんです?」


 あくまでも教師として、アレイヤと騎士と割れた瓶の詳細を尋ねる。


「あ、えっと……?」


 何がなんだかの顔をするアレイヤは自分も聞きたいと騎士を見上げる。

 ここで初めて助けてくれたらしい騎士の顔を見たのか、驚いたようにさらに「うわあ!」と叫んだ。


「ルーフェン様じゃないですか! どうしてここに⁉ あと私に一体何が起きたのでしょうか!」


 騎士と顔見知りだったらしいと分かると、クロードの眉間に皺が寄る。なぜ一介の生徒が騎士と顔見知りなのか。


「先日はどうも、お嬢様。お怪我はありませんか? 突然花瓶が落ちてきて驚きましたよ」

「生徒を助けていただき感謝します、騎士殿。彼女をこちらへ。詳しい話は場所を移動してお聞きしたいのですが?」

「分かりました。他の騎士たちに報告次第、お伺いしましょう」


 お互いにっこりと笑みを浮かべて会話をしているのに、間に挟まれた状態のアレイヤだけは真っ青な顔色を浮かべていた。


サブタイトルが思い浮かばなかったので安直に付けています。

いいのが浮かんだら変更すると思います。

浮かばなかったら…そのままです。

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