毒入りスイーツ4
犯人は犯行が滞りなく遂行されたか確認しなければ気が済まないタイプも存在する。
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「やっぱり、これは事件でしたか」
納得すると同時に新たな疑問に首を傾けるアレイヤに、ノーマンが歯を食い縛って何かに耐える顔を見せる。
ゼリニカはまだカウンター席近くで周囲に目を配らせるレオニールの背中を見つめる。すぐ側に毒見役のギルと騎士のルーフェンがいるとは言っても、彼を守るために動ける人員はいない。
アレイヤが狙われた状況ではあるが、いつレオニールの命が狙われるか分からない。
それが、今のゼリニカにとって最優先されるべき不安だった。
そんなゼリニカの心境を読んだかのように、アレイヤが再びレオニールの側へと歩いて行く。
「レオニール殿下、犯人は分かりました。あとは毒物の特定だけです」
「さすがだね、アレイヤ嬢。いや、今回は僕も結構分かったと思うよ」
得意気に鼻を鳴らしたレオニールの子どもっぽい顔に一瞬だけ目を丸くしたアレイヤだが、すぐに気が付く。
周囲の客たちに声掛けをして回っていたルーフェン、ひたすら倒れた男の介抱と皿の中について確認しているギル。その近くにいたレオニールはずっと、カウンターに置かれた花を見ていたのだ。
「あの花、まだ国に登録されていない新しい花だよね? トーマス」
そうか、とこの時になって納得する。
高位貴族令嬢なら国にある花のほとんどを知っているものだと考えてゼリニカに花の確認をしたが、よりはっきりと答えられる人物が今回はいたではないか。
何せ、レオニールは前回の魔力暴走事件の際に「犯行に使われたプリズムを研究員が触っているのを見たことがある」と言ったのだ。
ただの研究員が国の王子にプリズムを見せびらかしに行ったとは思えない。研究員のいるところにレオニールが足を運んだと考えた方が自然だ。趣味にしろ公務にしろ、レオニールが国の技術を視察することは不思議ではないし、この場では誰よりも国に流通しているものの知識が豊富だ。
つい学年が同じだからと下に見てしまっていたが、年齢なんてレオニールには関係なかった。
「あ、ええ、はい。今朝にいつもの花屋がこれを置きに来てくれまして。新種の花だと言っておりました。それから……種に気を付けるようにとも」
恐怖に怯えた表情のトーマスの言葉に、レオニールはアレイヤを見てにっこりと笑みを見せた。
欲しかった情報はこれだろ? と言わんばかりだ。
間違いなく、その通りである。
「見たところ、数種類の花を掛け合わせたものだろう。城で詳しく調べないと明言はできないが、掛け合わせた元の花に毒性のあるものが混ざっているはずだ。花びらは問題なさそうだが、この葉と三角形の皮に守られた種には毒性がありそうだ。彼はきっと、種の毒を受けた」
一つ一つは小さな種だから、通常なら一粒摂取しただけでは味覚を奪われるほどの効果はあり得ない。ともすれば見た目以上の効果が出たことになる。味覚を奪われるレベルなら、このまま栽培、流通販売を認められないだろう。
あまりにも危険すぎる。
飲食店の、それも提供する皿が行き来するようなカウンターには置いてはおけない。
「だから、置かせたんだろうね。この場所に」
あくまでも偶然を装って、毒の種が個室へ入る皿へ落ちるように。
「でも、そんな博打のようなもので犯行が成立すると思っていたんだろうか?」
腕を組んで不満顔のレオニールが呟く。
事故なのか事件なのか、判断に迷ったのはそこにある。
この方法だと、アレイヤに確実に毒を与えられる保証がない。どの皿がアレイヤに向けられたものなのか分からないし、タイミングよく落ちるとも思えない。何より、さすがに予想外なのだろうが横取りされて全然関係ない人間が毒を食らってしまった。
あまりにも杜撰すぎる。
だけれど、確率を上げる方法が存在している。
「殿下、だから犯人はまだこの中に残っていると言えるのです」
誰も動かないように伝えたのは咄嗟の判断だった。けれど、その判断が間違っていなかったことがすでに証明されている。視線だけをルーフェンに向ければ、レオニールもルーフェンを見た。
「あなたがこの花を持って来た花屋さんで――犯人です」
そう言ってアレイヤは、ルーフェンが腕を捉えている人物に鋭い視線を向けた。
騎士に腕を取られている人物は、一拍の間を置いてから小さく笑った。
「……何を仰っているのか、分かりかねますわ」
店に入って奥の個室へ案内される途中で目にした、衝立の奥、観葉植物の前にいた男女の内の女性。男性の方はキョロキョロと騎士と女性、それからアレイヤへと視線を移動させ続けていた。
「カウンターに置かれた花が種を飛ばし、個室にいる私たちへ運ばれる皿に落ちるのは博打も博打です。だから、違う皿に落ちた場合には引き留められる位置にいて見張る必要があったのです」
それが、衝立の裏、観葉植物の前だった。
男性の方はずっと観葉植物の前にいる女性に声をかけていただけのナンパ男である。その証拠に、彼女が犯人だと言った瞬間に距離を取ろうと飛び跳ねた。
そういうのは夜のバーの時間にやってくれ、と思いながらも話を続ける。
「もしも別の皿に毒が落ちてしまった場合は、すぐに声をかけるつもりだったのでしょう。花を持って来た際にトーマスさんに「種が落ちやすい」と説明していれば声もかけやすくなります」
言いながらトーマスに目を向ければ一度だけ頷いた。
「……だけど、アレイヤ嬢。それなら、個室に運ばれるものとそうでないものの選別ができたとしても、それがアレイヤ嬢へ運ばれるものとは限らないんじゃないかな?」
「その通りです、殿下。ですが、そもそもの狙いが私であると決めていなかったとしたら、どうでしょうか」
「アレイヤ嬢が狙われたわけじゃない……?」
レオニールの疑問に、今度はトーマスに視線を移した。
アレイヤが狙われた流れにしたのは、彼だった。
――はい、殿下。こちらは……アレイヤお嬢様へお出ししようとしていた新作でございます。
思えば多少のマナーを心得ていれば疑問に思う台詞だった。
王族のいる個室へ運ばれる一皿目なのに、四人の中で一番身分の低い子爵家令嬢のものが用意されているなんてと違和感があった。
身分で言えばレオニールに一皿目が運ばれるべきだし、同性という意味を増やせば公爵家の令嬢であるゼリニカがいた。なのに、アレイヤに一皿目が運ばれようとしていた。
アレイヤに毒入りの皿が運ばれる予定だったと最初に口にしたのはマスターであるトーマスだ。
貴族しか入ることの許されない店の給仕で、一番下の身分の人間に一皿目を運ぶ理由なんて――被害の押し付け以外にあるか?
王太子候補筆頭のレオニール第二王子に、毒入りの皿が提供されたとあっては店の評判に傷が付く。
アレイヤが今回も狙われたというのは、トーマスによるミスリードだった。
「もしくは、個室に入るような貴族なら誰でもよかったか、ですかね」
偶然にも毒の効果が「味覚を奪う」だったものだから、余計にアレイヤが狙われたと思い込んでしまった。
髪を切られ、視覚を奪われた後となれば、なおさら。
証拠はない。ただ、国の最先端を知る王族が知らない新種の花を持ち込んだ時点で怪しいのは持ち込んだ本人だ。店に入る時にすれ違った人も花屋だろうが、あの人はただの運搬役だったのだろう。袖を捲っていたのがその証拠だ。客なら袖を捲ることもない。
逃げられることも承知でアレイヤは犯人と思われる女性から目を離さない。
逃げられる余地が残っているのは間違いないが、それでも逃がさないための布石を打っている。
アレイヤはゼリニカとノーマンのところで戻る際、ルーフェンとすれ違った。その一瞬の間に、客の中にカウンターの花の名前を言える人物を探して捕まえてくれと頼んでいた。
「……あーあ。慣れないことってするものじゃないわね」
抗うこともせず、女性は息を長く吐き出す。
「この騎士さんに聞かれた時に、もうダメだって思ったけど」
「では、認めるんですね?」
「認めるしかないでしょう? 王子様に新種だって見破られたんだから」
王子が登録されたものとされていないものを把握しているなんて思わないじゃない、と涙目になりながら呟いている。
アレイヤに分かることはこの場での犯行は彼女の仕業であったことだけ。
黒幕が他にいたとしても分からない。
自分の身に危険が及ぼうとしていたから解決せざるを得なかっただけ。危険がないのなら介入する気はまったくない。
初めて味わう気味悪さを抱えながら、アレイヤはルーフェンによって連行される名前の知らない花屋の女性を見送った。
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「今回はレオニール殿下を狙ったもののようでした」
次の学園登校日にそう報告したのはノーマン。相手はアレイヤ一人。
レオニールとゼリニカにはすでに報告を終えたとのことで、なぜかアレイヤ一人だけがノーマンに呼び出されて報告を受けている。
報告は別に必要なかったのに、半ば強引に昼休みに人気の少ない裏庭に連れて来られてしまった。
「そうですか」
「気にならないのですか?」
「私が狙われたわけではないと分かっただけで十分ですよ。レオニール王子殿下の御身も守られたわけですし、それ以上の情報は必要ありません。私が望むのは平穏な生活ですから」
嘘ではない。
一年前まで庶民として生きていたのに、いきなり貴族として振るまえと言われても無理がある。
さらに言えば悪意の塊の中に飛び込むつもりもない。
ノーマンはアレイヤをじっと何かを探すように見つめてくる。アレイヤも最初の二秒ほどは見返していたが、耐え切れずに目を逸らした。
見つめ続けられるほど強い心臓は持っていない。
二次元として見つめていた推しが、三次元として存在しているのだ。直視されながらの直視に耐えられる仕様ではない。
今日は当然ながら制服姿だが、私服姿のノーマンはそれだけで特別なスチルと思えるほど美麗だった。だからゼリニカの方へ向いて顔に熱が集まる理由を誤魔化していたのだ。
それなのに一対一になっている現状はどういうことなのだろう。
新種の花は製造・販売の中止が決定されたこと、横取りした皿を食して一時的に味覚を奪われた男爵家の男性が元の生活に戻る目途が立ったことなど、すべての顛末を聞かされているのにまったく頭に入って来ない。
「アレイヤ嬢、なぜこちらをまともに見ていただけないのでしょう?」
これが本題とばかりに切り出され、アレイヤは心の中で助けを求めた。
今こそ助けてください!
好みの顔が目の前にあると、どうしていいのか分かりません!
毒入りスイーツ END
これにて毒入りスイーツ編は終わりです。
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