ヒロインと舞台の確認を
プロローグ二つ目です。
ノルマンド子爵家に養子に出されて魔法学園への入学が決定して、間違いなくここは乙女ゲーム「光あれ! ポップアップキュート」の世界であるという確信を得た。
貴族や王都と関係のない村にいるのにどうして子爵家への養子入りができるのかと不思議に思ったが、村長がまさかの伝手持ちだった。
光魔法の使い手とあって王都は騒然。
王城にも呼ばれかけたが、田舎から出てきたばかりでマナーも知らないと言えば延期となった。
代わりに始まるのは貴族としてのマナー講座。
ある程度母親から見様見真似の淑女のマナーを教えてもらったことや、前世の知識を活用すれば悪くない程度には身に付く。とは言え一切の油断を許されない下位貴族の立場を思えばまだまだといったところだろうか。
ノルマンド子爵家の義両親は実家の両親並みに優しい人だった。
なんでも半年前に一人息子を亡くされて悲嘆に暮れていたところに村長から連絡があったらしい。男の子でなくて申し訳ないと何度も頭を下げる村長の隣でただ委縮するばかりだったけれど、ノルマンド子爵は「男の子だったら断っていた」と優しく言い切ったので、滞りなく養女になった。
亡くなった子どもの代わりにはしない、と言われているようで気が楽になったという意味もある。同時に、亡くなっているとしても前世を通じて兄妹の関係に憧れを持っていたアレイヤは毎日のように知らない義兄の墓参りをするようになった。
優しい養女に義両親はさらに気を許して優しさを通り越して甘くなったような感じもあるが、そこはアレイヤ自身の厳しさで制御させてもらう。
「生活が変わるのは二回目だけどさぁ……」
与えられた私室のベッドで仰向けになったアレイヤは目を閉じる。
思い出すのは前世の記憶から呼び起こされるゲームのキャラクター。
攻略対象は七人いて、隠しルートが一人。
妨害もあるけどハッピーエンドを迎えれば最高の人生と言えるかもしれない。とは言え、乙女ゲームなので恋愛することが必須条件。
「…………」
恋愛?
誰が?
どうして?
必要性を感じないな?
ベッドから起き上がり、しまったと頭を抱える。
乙女ゲームは好きだけれど、リアルで恋愛するのはそれほど好きじゃない。
そんな私がヒロインに転生していると? 馬鹿を言うものじゃない。
ハッピーエンドに向けたイベントや選択肢は憶えていても、それを実際に経験するとなるととてつもない抵抗がある。
人間関係なんてめんどくさいだけじゃないか!
前世で散々人間関係に疲れてきたんだ。今世まで疲れる必要なくない?
恋愛が原因の友人関係の劣悪な環境のすぐ近くにいたりもした。だからこその恐怖。
アレイヤもアレイヤでややこしい相手と恋愛関係に陥ってしまい、解消するまでに困難が続いた。あまりにも面倒がすぎて弁護士を目指そうかと本気で考えたほどに。
結局弁護士は無理だったが逃げる術ならいくつか得られた。
「アレイヤさんは、どのような方と婚約なさるのでしょうね?」
「そりゃもう、光魔法の適性があるのだから王族でしょう」
私服用のドレスの採寸をしているアレイヤは、隣の部屋から聞こえる子爵夫妻のどこか楽しそうな声に肩を落としかけた。
貴族と言えば政略結婚が当たり前の世界で、恐らくアレイヤもそれに準ずることになるはずだ。
この世界「光あれ! ポップアップキュート」で光魔法は神聖で希少なもの。
世界に五人もいないとされるが、たった一人ではない。
さらに光魔法を持つ人間の中でもさらに珍しいとされる存在がゲームの主人公である自分自身らしいのだが、どの辺りがどう珍しくて主人公なのかは明かされていない。
なぜなら、活躍する光魔法の使い手はアレイヤしか登場しないから。
ゲームの続編があれば意味が分かるのかもしれないが、続編の情報どころか、ネットの情報の更新さえなかった。
(だって……ゲーム名がダサいもんなぁ)
あのゲームは隠れた名作だと思っている。
起用されている声優があまりにも豪華だったから。豪華なのに宣伝が最小限すぎたせいで知られざる名作と言えた。
あるよなあ、たまにそういうやつ。
自分だけがやっていると思っているゲームが、たまたま同じクラスになった人がやっていたりしたらテンションが上がるやつ。
(はっ、待って? ゲームの世界が現実なら、声優さんとまったく同じ声帯を持つキャラクターが存在していることになるのでは? え、待って待って。そのキャラのことたまに声優さんの名前で呼んでたんだけどなんて呼べばいいわけ? さすがに本人に向かって中の人の名前を呼ぶわけには……)
落ち着け、とアレイヤは深く息を吐き出す。
中の人などいない。
諭すわけではなく、本当の意味で。
最初から前世持ちではあったけど、世界観を理解してから脳内が暴走気味になる。
アレイヤは切り替えないと、と採寸してくれていた仕立屋の手元にあるものを見て息を呑んだ。
王立スフォルト魔法学園の制服。
ゲームの主な舞台。
攻略対象たちとの恋愛、魔物退治などが行われる場所。
スチルの約半数を得られる場所でもある。
制服に袖を通しながら考える。
普通なら、ここでどのルートなら誰もが幸せになれるのか。自分が楽に生きられるのかと考えるだろう。
しかし、リアルな恋愛はなるべく御免被りたいアレイヤは、可能ならどのルートにも入りたくないし王族との結婚もまっぴらである。
かといって全力で逃げるには舞台が狭すぎる。
ならばすることは一つだろう。
前世と特に変わらない学校生活を送ること。
目立つわけでもなく、身の回りの人たちで楽しくワイワイと、いつまでも語れる学生生活を送ること。
そして、ちゃんとした就職先。
最終的には、生まれた場所へ戻れたらいいなと思うけれど、それは高望みか。
神域の森を破壊したのはアレイヤだ。
その罪滅ぼしのためにも、一度は戻りたい。
「はい、採寸はこれで以上です。お嬢様、ぜひ学生生活を楽しんでくださいましね」
ゲームの流れを無視するつもりで頑張ります、とはさすがに言わないが、笑顔でにっこり笑っておくという貴族令嬢らしいムーブでやり過ごした。
生まれ故郷の村にはなかった鏡がある貴族の屋敷。
鏡に映るピンクパールの髪が眩い今世の自身の姿を見て、果たして上手くいくのかなぁと不安も生まれているのだった。
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王立スフォルト魔法学園には二つの校舎があること。
貴族と平民で別れていること。
学び舎は平等に開かれているべきだが、交流する先にはどうしても隔たりができてしまうからなど、入学前に王立学園というものを採寸を終えた後のティータイムにノルマンド子爵夫人は教えてくれた。
アレイヤのピンクパールの髪を櫛で梳かしながら。
「アレイヤさんはもう周りの貴族たちに知られてしまっていますから、きっと辛いこともあるかもしれません」
鏡越しに見る夫人はとても悲しそうな顔をしながら、それでも愛おしさを隠さない手付きで髪に触れている。
「大丈夫です。お二人の名前に傷が付かないように気を付けますので」
「アレイヤさん……」
自分では憂いを払うことはできないけれど、と鏡越しながらに微笑む。夫人は髪から手を離したかと思えばそのままそっとアレイヤを抱きしめた。
小さく震える腕から、さっきの発言が間違っていたことを思い知る。
ノルマンド子爵の養女となって半年。
家族として娘として接してくれている夫妻に反して、アレイヤはまだ他人の感覚が強い。
それもそうだ。
産み育ててくれた両親はまだまだ健在なのだ。
ごめんなさい、と口にするのも難しい距離感。
アレイヤはそっと夫人の腕に手を添えた。
次から本編であり、短編版をお読みくださった方には既視感しかない内容となります。