毒入りスイーツ3
第一に優先すべきことは、現場の保存である。
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「レオニール・ラ・リトアクームの名において命じる。この場にいる全員、私の許可なく移動することを禁ずる!」
パディグノの店内に響き渡る第二王子の声に、息を止める人は多かった。
誰かが苦しみながら倒れれば、恐怖のあまり店から逃げ出そうとする心理が働く。
アレイヤは個室を出てすぐにレオニールに誰も店から出さないように言ってほしいことを伝えた。理由を聞かれる間もなく王子としての名で命令を出してくれた。
行動力の早さはさすが将来国の重責を負う役目を持つ人間だと思う。
「マスター、それで何があったのかを教えてくれ」
レオニールがカウンター前にいるギルとマスター、それからいまだに苦しみ続けている男の下へ歩み寄る。アレイヤを引き寄せながら。
あまりにも自然な動きだったので、自分の足が動いていることに最初は気付けなかった。
マスターに視線だけで促された女性店員は、声を震わせながらも何が起きたのかを話してくれた。
レオニールの従者から一時間ほどの遅れの連絡が来て、それに合わせて料理の準備を始めたパディグノ店内のカウンター席に伯爵家の嫡子(四十代)が座った。
カウンター席は準備されている料理を覗き見るこができるので、見たことのない一皿を見た伯爵家の男はその皿を自分が貰うと言い出した。
当然、店側はいくら伯爵家の人間とは言え、王族の友人に出す皿を提供するわけにはいかない。だが男は「俺は伯爵家の跡継ぎだぞ」と喚いて譲らない。王子が来ているとは安易に言えなかった店員は、無理やりに皿に手を伸ばす男の所業を止めるに止められなかったと言う。
料理を二口、三口と食べた男は、うめき声を上げて現在に至る――。
「料理には決して危ないものは入れておりません! この命に誓って、断言いたします!」
今にも泣きそうになる女性店員の肩を、他の店員たちが支えている。
使った材料はまだカウンター裏にすべて置いてあります、と肩を支えている男性店員がレオニールに話した。
「……アレイヤ嬢、どうかな?」
レオニールは、ギルと共に素早く男の様子を見ているアレイヤに声をかける。
「胃のものを吐き出させてはみましたが、量がさほど多くなかったのか、ほとんど出てきません。ギル様のお手際をもってしても無理というのなら、もう吸収されてしまった後なのでしょう」
毒見役のギルがなぜ見事な医者のごとき手際を見せたのかは置いておくとして、まだ喚こうとしている男にカウンターから水の入ったグラスを取りに行き、男に飲ませる。カウンターに入ったことを咎められるかと思ったが、それよりもアレイヤの行動に店員たちはただ視線で追い続けていた。
「ごほっ!」
毒ならばとにかく吐き出すか水分を大量に飲んで薄めた方がいいと言うギルの言葉に従うように、男は一気に水を飲み干す。最初にむせた以外は問題なく飲み込む様子を見て、アレイヤは手に握っていたスパイスを男に口に入れるように示した。
店員たちが謎に思って見ていたのは、スパイスを黙って持ち出したからだった。
なぜそんなものを持ち出したのか分からなかった。しかし、男の口に入れた瞬間誰もが驚いた。
「これは……薬か?」
それまで苦しみもがいていた男の様子が落ち着きを取り戻す様子に、さらに店員たちは驚いた。
アレイヤがギルを見ると、視線の意味に気付いたのか一つ頷かれた。
「レオニール殿下。命の危険のないもののようでしたが、経過観察のために治療院へ入院させた方がよろしいかと」
「分かった」
ギルの言葉に頷いたレオニールは、店の外に待機していた馬車の御者に目を向ける。御者が店内に入りレオニールから治療院の手配を命じられると、すぐに店を出て行った。
アレイヤはそっと立ち上がってレオニールの後ろ、ゼリニカたちの元へと戻る。入れ替わるようにして騎士のルーフェンがレオニールの前に立ってさらに詳しい状況を知るために店内に残る客たちに話を聞きに回り始めた。
「アレイヤ様、なぜあのような真似を?」
ゼリニカが声を潜めて問う。
アレイヤがスパイスを口に含ませたところが見えていたらしい。
「ずっと苦しんでいる割には気を失うことも絶命することもありませんでした。なら、命に別条のない何かを摂取したことになります。苦味が強いものを食べて毒を盛られたと思っただけとも考えましたが、あの方――味覚を奪われたようです」
カウンターから水と共に持ち出したスパイスは、特に苦味の強いものだった。それを口に含ませて苦味に顔をしかめれば問題ないはずだったが、男は落ち着きを取り戻した上に「薬か?」と聞いてきた。
口に入れたスパイスは、そのまま口にすればそんな余裕を与えないほど強烈なものだ。
ならば考え得るのは味覚がない状態にさせられていること。
だからギルは「治療院で経過観察を」と言ったのだった。
「あの短い時間で、そこまでのことを……」
「髪に視覚ときて、今度は味覚……ですか」
ゼリニカとノーマンはそれぞれ心配の目をアレイヤに向ける。
「とにかく、またしても私が狙われたかもしれないようなので、早々に原因か犯人かを特定してしまいましょう」
事故か事件か。
偶然か故意か。
本当にアレイヤを狙ったものなのかどうかも含めて、この場ではっきりさせておきたかった。
前回はクロードが、今回は見知らぬ伯爵家の男が、被害を受けた。
今回に関してはアレイヤに被害が及ぶ前に起きてしまったことではあるが、それでも自分の身に起ころうとしていた一件だ。
なら、我が身を守るために動くに値する。
「それで、あの、ゼリニカ様……」
身を守るために動き出してすぐに頼らなければならない場面になってしまって、正直カッコ悪いなぁなどと思いながらも、急を要するためにはなりふり構っていられない。
「何かしら?」
そして、今頼れるのはやはりというか結局というか、ゼリニカ・フォールドリッジ公爵令嬢だ。
「あちらに飾られた花の名を、教えてください」
そっとカウンターに飾られた白い花を指差した。
「多分、あれが今回の原因だと思うんです」
「どういうことです?」
声を潜めるためなのか、ノーマンが顔を寄せてくる。アレイヤはゼリニカが見やすいようにとわずかに頭を下げながら考えたことを話し始める。
「カウンターの裏を見ましたけど、店員さんの言う通りおかしなものはありませんでした。他に可能性のあるものとするなら、あの花しかありません」
「なるほど。花によっては毒性のあるものもありますものね。だけど、あれは……」
「初めて見るもの、ですか?」
わずかに表情が暗くなるゼリニカに、アレイヤは躊躇いなく口にした。
迷いはあるが頷きが返ってくる。公爵令嬢であるゼリニカは植物に造詣が深いし、元婚約者は王族だった。多種多様な花が贈られていてもおかしくない。そんなゼリニカが自身の記憶を疑うような素振りを見せるのは、知らない植物であると考えて大きく間違えてはいないだろう。
念のためノーマンにも確認を取る。「あまり種類は知りませんが、あれは初めて見ます」とはっきりした返答があった。
カウンターに置かれているのは、白い胡蝶蘭に近い花びらの形に細い葉が鋭く伸びている。
そして、小さな三角が連なった葉のような筋。
ああいうタイプのものは、弾けるように跳ねて遠くに落ちることを想定された動きを見せる――種だ。
詳しく調べてもらわなければはっきりしたことは言えないが、今回の一件は種が皿に落ち、それを誤って口に入れたことで起きた。
「ということは、今回は事故?」
ノーマンは目を瞠った。
眼鏡の奥の瞳はわずかながら安堵の色が浮かんでいて、アレイヤはまだ可能性の段階であることを強く言い含める。
まだ事故なのか事件なのかもはっきりしていないのに、油断は禁物だ。
あの見たことのない花の出所と、もう一つ気になっていることが――
「アレイヤ様、見つけました」
騎士のルーフェンからもたされた言葉に、アレイヤは大きく頷いた。
「やっぱり、これは事件でしたか」
自分の表現力の下手さが出てますごめんなさい!




