毒入りスイーツ2
終始俯いたままのアレイヤをひたすらレオニールがなだめるという謎の時間を過ごしながらも、目的の場所に到着した。
乗る時と同じ人に手を取ってもらいながら降りれば、目の前には落ち着いた雰囲気のお店があった。
店の外に出された看板から某星のバックスみたいな店を想起させたが、上品な店であることに違いはない。
クロードと行った店は解放感のある庶民的な場所だったが、今回の店は格式が高そうに見える。
グレーで統一された外観は一人なら入らないと距離を取るほどの豪奢感を与えていた。
「レオニール第二王子殿下、御友人方、お待ちしておりました」
深く頭を下げる中年の白髪の男性に迎えられ、ゼリニカ、ノーマン、アレイヤの三人はレオニールの後ろでやや頭を下げた。
「今日は世話になるよ、トーマス」
王族の対応にただの従業員が出るとは思えない。ならばトーマスという人物はオーナーか店長の位にいる人物なのだろうとアレイヤは顔を上げながら考える。
目的の店がどこなのかまったく分からないまま連れてこられたから、情報がまったくない。
どういった料理が出されるのか、どれくらいの値段のするものなのか、すべてが想像以上であるという想像しかできなかった。
ノルマンド子爵夫妻に聞いても良かったが、レオニールの誘いに値段を気にするのも失礼だと思えて聞くのが躊躇われた。
念のため、万が一のことを考えてお小遣いは大量に持ってきているので問題はないはず。
「ゼリニカお嬢様もお久しぶりでございます。ノーマン様、兄君が先日いらしておりました。そして、ノルマンド家のアレイヤお嬢様」
一人一人に挨拶を交わすトーマスはとうとうアレイヤの目の前にやって来た。
「お初にお目にかかります。店長のトーマス・ロンドと申します。この度は当店へようこそお越しくださいました。ごゆるりとお楽しみいただければと存じます」
「ご丁寧にありがとうございます」
トーマスによるとこの店は「パディグノ」という名前のバーだそうだ。
ただ、バーとしての機能は夜だけで、昼間はランチやスイーツを提供する飲食店らしい。
客層は貴族に限定されているので敷居が高いと感じても間違いではなかった。
貴族であれば男爵でも子爵でも入れる。高位貴族も王族もお忍びで利用するほどの店と聞かされては無意識から期待が込み上げてしまった。
トーマス自ら扉を開けて案内してくれる。
扉が開いてすぐに店の外に出ようとしていた人が立っていた。謝罪の言葉と共に道を譲ってくれる。袖を捲っているので客というよりも何かしらの作業中の人かもしれない。
一歩入れば大人な雰囲気溢れる落ち着いた店内に思わず目があちこちへと向いてはゼリニカに静かに窘められる。
カウンター席に窓側のテーブル席。さらには川に面した立地を活かしてテーブル席から少し床を落としたボックス席まである。ボックス席は窓の向こう側にあるので専用の入り口がさらにあるのだろうと予測すると、店の奥へと案内される途中で「ここから階段を三段降りていただくと眺めの良いボックス席があります、と説明がされた。テーブル席やカウンター席を越えた仕切り用の衝立のすぐ後ろにあった。
衝立の後ろ、ボックス席へ行くための階段の前には大きな観葉植物が置かれていて、それを挟むように談笑する男女二人組がレオニールを見て頭を下げた。さすが第二王子。顔が知られている。
さらに奥に進めば、王族や高位貴族の密談用に用意された個室があり、アレイヤたちはその部屋に案内された。
「間もなく一皿目をお運びいたしますので、しばしお待ちください」
そう言って個室を後にしたトーマスを見送り、まず最初にレオニールが肩の力を抜いた。
そうすることで全員が気を抜けるようにしたのだとすぐに分かった。ゼリニカもノーマンもわずかに口元が緩んだのが見えてアレイヤも倣った。
「アレイヤ嬢。馬車の中では紹介できなかったから、今紹介しよう」
それは婚約者の話にアレイヤが落ち込んだからできなかったんですよね、と言ってしまいそうになるのを堪えながら、個室の入り口側の壁際に立つ二人の青年に体を向けた。
「毒見役のギルと、護衛に付いてくれている騎士のルーフェンだ」
二人の内背の低い方の青年・ギルが手を出してくれて握手を交わす。
馬車に乗っている時は分からなかったが、ギルの身長はアレイヤと同じくらいだった。アレイヤは乙女ゲームのヒロインということもあって登場人物たちよりも身長が低い。
次に馬車に乗り降りする際に手を貸してくれた青年・ルーフェンとも握手を交わす。
騎士ならば躊躇いを忘れるくらい自然に手を出してくれたのも納得できる。
「先ほどはありがとうございました」
手を借りたことに礼を言えば目を丸くしたルーフェンだったが、すぐに首を横に振る。
「当然のことをしたまでですので」
おお、騎士っぽい。
にっこりと微笑まれて思わず顔が熱くなったアレイヤは「へへ」とだらしない笑みで誤魔化した。
乙女ゲームの世界だからか、それとも王族が抱える人員だからなのか、顔面力が高い。
「本当なら別の人間が付いてくれる予定だったんだけどね。アレイヤ嬢と一緒だと言ったら騎士団長が念には念をと人選が急遽変わることになっちゃって」
結構待たせちゃったよね、と謝るレオニールにアレイヤは首を傾げた。
どうして自分がいると人選を変える必要があるのかと、視線をゼリニカに向ける。つい助けを求めてしまうのは悪い癖になりつつあると自覚しているが、どうにも頼ってしまう。
「アレイヤ様、ご自身がよく狙われることを自覚していらっしゃいます?」
「アレイヤ嬢が行くところに事件が起きると思われているんですよ」
ゼリニカが呆れた口調で言うと、ノーマンが補足した。
――蝶ネクタイ眼鏡少年みたいな扱いされてる⁉
劇中の時間の流れから一年間の被害者の数で戦々恐々と思われている作品の登場人物と同じにされるとは心外だ、と思いながらも、どう返せば違和感なく伝えられるか分からない。
だけど何か反論しなければ、と口を開いたその瞬間。
外から騒ぎ声が聞こえた。
四人で目配せして、個室の外へ出る。すぐに駆け寄ることをしないのは余計に大事にさせてしまう身分であると自覚があるからだった。
ルーフェンが護衛としてアレイヤたちの前に立つ。
「マスター、貴様っ……何を、い、入れ、たぁ!」
舌が痺れる、息が苦しいともがく男の姿がルーフェンの体の向こう側に見えた。
トーマスはうろたえたままどうにも動けない様子で、店内にいる従業員も客たちも突然の騒ぎに戸惑っている。若い女性客は驚いて悲鳴まであげた。
「ギル!」
「承知しました」
レオニールの一声で飛び出して行ったギルは、すぐさま騒ぎの中心にいる男に声をかけると口を開けさせて中を確認したり、手首で脈を取ったりとただの毒見役とは思えない動きを見せた。
「マスター、彼は何かを食べた後にこうなったのですか?」
「え、ええと……その」
「教えてください。内容によっては迅速な手当てが必要です」
ギルの言葉にトーマスはカウンターの奥へと目をやった。やりとりを見ていた全員がトーマスの視線の先を追う。残念ながらアレイヤたちは壁があって見えないが。
マスターであるトーマスに視線を向けられた店員らしき人物の声が聞こえる。
「こ、こちらのお客様が、王子殿下のお部屋へとお運びする予定の皿を強引に引き寄せ、口にされた途端、このようなことに……!」
今にも泣きそうな女性の声だった。
ギルがカウンター席の皿を覗き込む。
その間にレオニールがトーマスに声をかける。
「さっき言っていた一皿目か?」
「はい、殿下。こちらは……アレイヤお嬢様へお出ししようとしていた新作でございます」
また私か! とは言えずに――言える余裕もないままに、全員の視線をアレイヤは受け止めた。