毒入りスイーツ1
こんにちは、マスター。
おや、今日はいつもの配達人じゃないのかい?
ええ、実は急病で病院に行ってまして。……すみません、この花はどちらに置かせてもらいましょうか?
そうだね、今手に持っているものは私が受け取ろう。鉢植えの手入れと、入り口の花の交換を頼めるかい?
分かりました。ではこちらを。……種が落ちやすいのでご注意を。
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ノルマンド子爵家で支度を整えたアレイヤは、待ち合わせ場所である王都広場の噴水前にノルマンド家のメイドと共に佇んでいた。
黄色のワンピースに身を包み、まだかまだかと通り過ぎる人たちの視線に耐えながらひたすらに待つ。
髪を切られた時は帰るのが遅くなったり、目を傷めつけられた時は入院したりと、なかなか順調に帰宅できないが、先週の帰宅後から子爵家内ではお祭状態だった。
王子殿下と公爵令嬢と宰相子息と出かけます。
そう伝えた瞬間の義両親の目の丸さといったらなかった。
一週間後の休日であること、時間と待ち合わせの場所、服装は追って詳細が来る等ゼリニカから伝えられた内容を正確に伝えると、二人は手を取り合って楽しそうに「お祝いだ!」と騒ぎ出した。教師と授業を抜け出してお茶をしに行ったから嫉妬された、とは言えない。本当に嫉妬なのかどうかも分からないし、授業を抜け出したことを咎められたり、クロードと何を話したのかを問いただされる可能性もある。
レオニールとゼリニカは、クロードがアレイヤの光の魔力を詰めた魔石を使って、属性が異なるにも関わらず光魔法を使って見せたのだ。それを聞いたノーマンも興味を示していた。
その場にいたが包帯を巻いていたアレイヤを質問攻めにしたって何も分からないというのに。
「アレイヤ様、お疲れでしたらベンチの方へ移動いたしますか?」
アレイヤ専属というわけではない子爵家のメイドは短く息を吐いたアレイヤに提案した。
メイドが気遣うのも無理はない。
約束の時間に念のため二十分前に到着したが、すでに一時間近く待たされているのだ。早めに来た二十分を除外して、一時間。
一時間二十分も立ちっぱなしで待っている。メイドの気遣いも今ので四度目だった。
「いえ、指示された場所に私がいなければ不敬ですから、いらっしゃるまで待ってみます」
四度目になる同じ返しにメイドは頭を下げてまた一歩下がる。メイドの方が疲れるんじゃないかと不安になったが、「私は時折足を動かしておりますので」とアレイヤに進言するための動きで平気だと言われて、一歩も動いていないアレイヤは苦笑するしかなかった。
確かに噴水を一周歩く程度の動きを入れた方が時間を潰せたかもしれない。少し離れたベンチに座っているより不敬ではなかったかもしれない。
足が棒になっているんじゃないかと右足を上げてみる。
ちょっと不安になる鈍さに顔を顰めてしまった。
その時、周囲の人たちの騒めきが聞こえた。
顔を騒めきの起きた方へ向ければ、真っ白な馬車がゆるやかにアレイヤのいる場所へと向かっているのが見えた。
王家の紋章が付いた馬車。
やっと来た、と安堵するよりも、口が引き攣った。
――なんてモンで来た⁉
あまりにも仰々しい登場に眩暈さえしそうだった。
無駄だと思いつつも目の前に来るな、という祈りも虚しく、一時間も待たせたアレイヤの目の前に馬車は停まった。
扉が開き、中から人が降りてくる。
「ノルマンド様、大変お待たせいたしました。中へどうぞ」
銀色の髪の青年がアレイヤに手を差し出す。その手を恥ずかしく思いながら馬車の中へ入る前に振り返った。
「お嬢様、帰りをお待ちしております」
「行ってきます」
深々と頭を下げるメイドに軽く手を振って、ようやくアレイヤは馬車の中へと目を向けた。
「レオニール殿下、ゼリニカ様、ノーマン様、ごきげんよう」
中には名前を知らない人がいて、その人にも頭を下げる。手を差し出してくれた青年にも。
「アレイヤ嬢、待たせてごめんね。毒見役の選定がどうしても終わらなくて」
「ど、毒見……ですか」
「殿下ほどの御方ですもの。軽いお出かけなんてできませんわ」
レオニールの謝罪を繰り返すと、ゼリニカが金色の髪を手で背中側へ流しながら言われてそうだよな、と頷く。
馬車の中はレオニールとノーマンが横並びに座っていて、レオニールの向かいにゼリニカが座っている。アレイヤは促されるままゼリニカの隣、ノーマンの向かい側に腰を下ろした。入り口の扉側には恐らく毒見役の人と手を取ったもう一人が座った。
同行者の選定に一時間オーバーの遅刻に納得しかけたが、予定は一週間前から決まっていたのだから、その間になぜ決まらなかったのかという疑問が生まれる。
まさか毒見役が嫌すぎて当日朝に体調不良を訴えたのではないだろうな、などと邪推する。
アレイヤが来ると分かったから、が理由だと眼鏡に蝶ネクタイのサッカーが得意な少年が脳裏に浮かんだ。
残念ながらこれまで被害を受けているのはアレイヤなので同じ括りに入れられるのは心外である。
「アレイヤ嬢、今日の装いはいつもの制服と印象が違ってとてもお似合いですね」
突然とも言えるタイミングで、目の前のノーマンに褒められた。
胸に手を当て、頬が少し赤らんでいる。
「ありがとうございます。ゼリニカ様が贈ってくださいまして……」
ちらりと横に座るゼリニカに目をやって、今度はアレイヤが頬を赤くする。
ついゲームの担当声優を浮かべてしまったが、ゼリニカという個人から贈られたということももちろん嬉しく思っている。
「当然ですわ。これから行く場所に着ていくものに悩まれるくらいなら、贈ってしまった方が早いですもの」
ツンとした態度で窓の外に顔を背けるゼリニカにレオニールは微笑み、ノーマンは目を丸くした。
ノルマンド子爵家は貧乏ではない。王族と同じ場で食事をするに相応しい服装を買う余裕はある。だが、それでもゼリニカは贈ってくれたのだ。
学生の時分で色々被害を身に受けたことを憐れんでくれている。
義両親も公爵家からの施しを最初は断ったものの、ゼリニカの気持ちを汲んでありがたくと受け入れ、アレイヤに身に着けさせた。
どちらかと言うと黄色のワンピースに合わせる装飾品を選ぶ楽しさを与えたとも言えるけれど。
そんなゼリニカは水色のワンピースを着ている。
自分が着るものと合わなかったり、被ってしまうのを心配してくれた背景もあるのかもしれない。
悪役予定だった令嬢がツンデレなのは、他の色々な作品と被っていますよ、とは言えないが。
「……アルフォン兄上との婚約がなくなってしまって、暇なのもあるのかな?」
声を潜めてレオニールが口にする。
挑発的とも言える言葉に、馬車の中が凍り付く。
「今日はその謝罪も込めているんだ。王室から正式に謝罪はあったと思うけど、弟として個別にね。ノーマンにも」
だから、楽しんでくれると嬉しい。とレオニールは苦笑した。
空気が弛緩した中、そんな意味もあってのこのメンバーなのか、と腑に落ちる。
「レオニール殿下がお気になさることではありませんわ」
「そうですよ。アルフォン様のことがあって、レオニール様も婚約を白紙に戻されているではないですか」
レオニールの言葉に首を横に振るゼリニカとノーマン。二人の内容はアレイヤにとって聞き捨てならない内容だった。
――レオニール様が? 婚約を白紙に? アルフォン様が王太子の権利を剥奪されたから? それって、それって……
さっと顔を青くしたアレイヤに気付いたレオニールは「あ」と口を丸く開けた。
「私のせい、ですか……?」
「違う、違うよアレイヤ嬢! 絶対に君は悪くないから! ねっ!」
一人落ち込むアレイヤに、レオニールは必死になって訴え続けた。
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へえ、新種の花かい?
そうなんですよ。綺麗な色なので、ぜひマスターの店にと。
それは嬉しいね。早速飾らせてもらおう。カウンターならこの後のお客様にも見てもらえるだろう。
どなたか有名な方でも来られるので?
ははは、守秘義務があるんでね。
でも、これから来られるご様子。到着は間もなく?
さてねぇ、遅れるとは聞いているけど。
なるべく投稿後に書き換えるのは避けようとすると、全体をある程度書いてから最初から見直すという時間のかかることをしています。
読んでくれてありがとうございます!