毒入りスイーツ~太陽と月~
今回はプロローグからお送りします。
本当は男性であるはずの人間と婚約させられたのは国の命令だとクロードは言った。
光魔法の使い手は国に安寧をもたらす存在になり得るからと。
当初は王族との婚姻をとされたようだが、光魔法を使うのに魔力が著しく少なかったことが問題となり、大量の魔力を持つクロードが婚約者に選ばれた。
クロードはその多量の魔力故に国外には中々出られなかった。
なので、二人の婚約は誰の意志も伴わない、完全な義務の下で交わされたただの契約にすぎなかった。
なぜそれをたった一人の生徒のアレイヤに話すのか。
なぜパンケーキのようなものを食べながら話すのか。
それが分からなかった。
学校側に対する不信感だろうか。
だからといって授業中の学園を抜け出して訪れた開放的な店で話す話でもないだろうに。
「光魔法とは、それだけデリケートなものなんですよ」
アレイヤの心の声に答えるかのような台詞に、背筋が伸びた。
シェアをする用に大き目の皿に盛られたフルーツの山もいつの間にかクロードの口の中へと消えている。
――こういうスイーツって、女性の方が食べる印象があるんだけどな。
普段少食を謳っているのに、どこに消えているんだその量のスイーツ。みたいな取材映像を思い出す。答えは胃の中にはブラックホールがあるからである。
実際は胃が勝手に隙間を空けるのだったか。
「例えば水魔法と言えど得意な魔法が個人によって異なるように、光魔法にも得意とされる魔法があります」
――あんな? 光にもたっくさん種類があんねん。
クロードの言葉に突如として元モデルの関西弁を操る女性タレントが脳内に現れて通販番組を始めようとした。
顔には出さずに脳内から女性タレントを追っ払うと、クロードは持っていたフォークを下ろして二本の指を立てていた。
「……アレは、とても静かな光魔法を使いました」
アレ、とは元婚約者の男性の友人を意味しているのだと思うが、扱いはそれで合っているのか不安になる。
「対してアレイヤ嬢は、強い包容力と暖かさのある光魔法が使えます」
まるで月と太陽。二人の光魔法を、そう例えた。
アレイヤの魔力を吸収した魔法石を使ってクロードが繰り広げた魔法は確か「プロミネンス・フロア」。太陽が関係している。
「先生」
アレイヤは、まだ数口しか食べていないが残りすべてのパンケーキをクロードに差し出した。
「具体的に、もっと教えてください」
自分にどんな魔法が使えるのか。
月の光と例えられた人物の魔法がどのようなものだったのか、興味が沸いた。
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授業の終わる時間に合わせて学園に戻ると、階段の下でレオニールとゼリニカとノーマンが立っているのが見えた。
レオニールとゼリニカの組み合わせは最近多かった。王族と行動を共にするなら公爵家の身分ならば釣り合いは取れている。ただ、たまに「第一王子との婚約が破棄されたら次は第二王子か」などの小さな陰口が聞こえ始めている。
そこにノーマンが加わるとまた意味合いが違って見えた。
二年生のゼリニカとノーマンに対し、一年生のレオニールが一緒にいるのが少し浮いている気がする。
王太子筆頭候補と宰相子息に対してゼリニカが浮いている、という見方もできるか。
どちらにせよ、今は三人の高位貴族たちと関わりはない状態だ。これまではアレイヤを被害者としてあの三人の関係者が加害者だったから必然的に関係性が生まれてしまっていたが、事件も起きていないのに関わるのは三人の醜聞に響く。アレイヤ自身が嫌がらせの被害を回避するには、身分相応に離れた位置に立ち続けるのが望ましい。
そう思ってゼリニカたちのいる階段を避けで別の移動ルートにしようと決めた瞬間、ゼリニカと目が合った。
目が合うくらいはどうしようもないと、深く頭を下げて一歩下がる。なるべく目立たないように去らないと、と下げた頭を上げると――レオニールとノーマンもアレイヤを見ていた。
レオニールは「ごめんね」となぜか口を動かしているし、ノーマンは無表情どころか少し不満を露わにしているようだ。
ついにはゼリニカに手招きされる。呼ばれれば拒むことはできない。
アレイヤは溜息を吐きたくなるのをぐっと堪えて、国の中でもはるかに高位の貴族たちの待つ階段下へと向かった。
「やあ、アレイヤ嬢」
「レオニール殿下」
名前を呼ばれてその場で簡易に礼を取る。
「ゼリニカ様もノーマン様もごきげんよう」
次いで二人にも頭を下げる。
「ええ、ごきげんよう。アレイヤ様」
何やら、棘のある言い方でゼリニカが返してくれる。
まさか、校外に出ていたことが知られたのだろうか。戻って来る時も周囲に注意していたはずだが、それでも漏れはある。
だが、授業をサボっていたわけではない。
むしろ担当教諭であるクロードに誘われて外で授業をしていただけなのだから、やましいところは何もない。
パンケーキは食べたけれど。
「アレイヤ様、どうやら楽しい時間を過ごされたようですわね?」
ギリギリ淑女の笑みを浮かべているが、ゼリニカの顔には怒りマークが見える。なぜだろう。怒られる原因が分からない。
「楽しい……かどうか分かりませんが、あの教室での授業に嫌悪感があったのは否定できません」
「ごめんね、アレイヤ嬢。君がクロード先生と外に出るのが見えてしまって、ついそれを二人に話してしまったんだ」
「レオニール殿下が謝られることではないかと……。それに、クロード先生もあの教室で授業を続けることには拒否感を示されていましたし」
事件前の雑談で適当に言ってしまったやりとりが実行に移されたとは言えず、だが嘘ではないことを口にする。
楽しかったのも本当だけれど、言わなければいいだけだ。
教室の中で二人という状況で最推しの声を独り占めするのもいいけれど、外で潜められた声を独り占めするのも最高に耳に良かった。
今も顔の火照りが残る程度には。
「……どのような内容の授業をお受けになったのか、ぜひとも聞かせていただきたいわね」
悪役予定だった公爵令嬢の黒い笑みにアレイヤはまたわくわくと目を輝かせた。
声が良い! 息遣いまで最高すぎる!
ここはもうゲームの世界でもなければ目の前の人物もキャラクターではないので担当声優なども存在していないのに、良く知る声に思わず感情が先行してしまう。
アレイヤがなぜ目を輝かせたのか分からないゼリニカたちは目を丸くした。
「え、えーと、それでね、アレイヤ嬢」
アレイヤとゼリニカを交互に見やりながらレオニールは頬を掻いて言う。
「良ければ、僕たちとも行かないかい? と誘いたくて待っていたんだ」
間違いなく尊い存在である王子が、苦笑しながらゼリニカとノーマンに目配せしながら下位貴族――最近平民だのなんだのと言われたばかりのアレイヤを誘った。
明白に何かしらの火種になりそうなイベントのお誘いを誰か代わりに断ってくれないだろうか、と引き下がりそうな足に力を入れてその場に留まり続ける。
「どうしてもゼリニカ嬢が君との親交を深めたいみたいなんだ」
「え、ゼリニカ様が……?」
「れ、レオニール殿下! わ、わ、私はそのようなことは一言も……っ」
「ノーマンは別日に個人的にお誘いした方がよかったかな?」
「殿下、一体何を……!」
レオニールの言葉に見える部分の肌が赤く染まるゼリニカとノーマンに、アレイヤはただそんなに授業を抜け出してスイーツを食べに行きたかったのだろうかと首を傾げた。
いや、ただスイーツを食べに行きたいのか。
学園の知り合いと。
高位の貴族は人付き合いも簡単ではないな、と心の底の方で同情しながら了承した。
レオニールという王族が行くのだから、当然ついさっきまでクロードと行っていたのんびりした店のような場所に行くわけではない。単純な話がアレイヤの頭から抜け落ちていた。




