魔力暴走事件~元婚約者とパンケーキのようなもの~
解決から二日後、アレイヤの目は完全に包帯の暗い世界から解放された。
転生していると気付いた瞬間と同じ体験をしていると言ってもいい。世界がキラキラと眩く輝いていて、画面の奥にしかなかった世界に手が触れる感動。
「見える、見えるわ……!」
諸手を上げて喜んでくれる退院の手伝いに来てくれたノルマンド子爵家の人たちはアレイヤの快気祝いを盛大にしようとしたが、元々大怪我というわけでもなかったので辞退した。
その代わりではないだろうが、する側受ける側の二人が完全回復した最初の授業で教卓に手を置いた教師――クロードは満面の笑顔で言った。
「授業めんどくさいですね。何か食べに行っちゃいましょうか?」
事故という名の傷害事件が起きた日と同じ台詞であるとすぐに気付いた。
「だったら甘い物がいいです。もちろん先生の奢りで」
アレイヤも同じ台詞を返す。
授業開始直後のお決まりの流れになるならそれでもいいけれど、今回はただ同じやり取りをしたかった。
「では、今日は課外授業ということにして、行きましょうか」
「え、本当に行くんですか?」
「ええ。やろうと思っていた魔法石を使っての授業ができなくなったので、やることがないんですよ」
「それって、生徒会長の攻撃を防いでくれたっていうあの時のですか?」
まだ包帯で視界が覆われていた頃なので見えなくて残念に思っていた。ゼリニカ曰く、クロードが光魔法を使ったらしい。
アレイヤがまだ使えない魔法を使っていたようだが、光属性本人が見れなかったのは悔しい。いつか教えてくれるだろうか。
「そうですよ。先生の大事な友人が教えてくれた魔法の一つです」
「…………」
先生の大事な友人。
それは元婚約者のことだ。離れ離れになってもまだ「友人」と呼べる関係で落ち着いていることに安心していいのかまだ判断できない。
同時に「教えてくれた魔法の一つ」という言葉に引っ掛かりを覚えてしまった。
言及すべきか否か。
課外授業――もとい外にスイーツを食べに行くことに乗り気になっているクロードに言及して藪蛇をつつく結果になるのも辛い。
まぁ、追々、覚えていたら、その時にということにして、教室を出る。
「本当にいいんですか? 怒られたりしませんか?」
しつこく確認を取るのは、他の教室が絶賛授業中だからである。
お互いに婚約者がいない上に異性と二人きりでどこかに出かけるという貴族特有の危険も含んでいる。
「そこまで気にするなら他の方も呼びましょうか? フォールドリッジ公爵家のご令嬢とか、ドルトロッソ宰相のご子息とか」
「えっ、あっ、ゼリニカ様とノーマン様をお呼びできるようなお店なんて知らな」
「じゃあ、二人で。これも友人から教えてもらった場所なんですけどね?」
めっちゃ友人から教えてもらってるな、この先生。
なるべく誰にも見つからないように静かに、二人は学校を抜け出した。
+++
訂正。
誰にも見つからないように、二人で、というのは無理だった。
斬髪事件然り、魔力暴走事件然り、アレイヤの命が危ぶまれる危機が二回もあったということで国王陛下直々にアレイヤに護衛が付くことになった。
なるべく気にしないで過ごせるようにとの配慮で離れた位置から隠れて守ってくれているようだが、学園を出る際にクロードが手を振ったことで意味がなくなっている。
何人いるのかまで把握できなかったが、授業中に学園から出ることを咎められはしなかった。
「ほ、本当にいいんでしょうか……?」
「いいんですよ。あらかじめ伝えてありますから」
「えっ」
「さすがに婚約者のいないお嬢さんを黙って連れ出すと色々うるさいんでね」
いたらいたで誘えはしませんが、とクロードが笑う。
「危害を加える仕掛けをされた場所で、大切な話をするのにも抵抗ありましたし」
あの声で言うと苛立ちが含まれていないように聞こえるのに、明らかな苛立ちを感じる。
事件の顛末としてはサンドラは生徒会長から降格の副会長に戻り、レオニールが会長に就任。学校側はアルフォンに続いて生徒会から役員がいなくなるのを危惧するのと同時に、次期王太子予定のレオニールを副会長に据えるのに抵抗があったのとで、今回の決定に至った。さらにサンドラは二週間の謹慎を言い渡されている。
被害者となったアレイヤとクロードには治療費を学校側が負担するだけに留まり、事件のあった教室は封鎖されることなくそのまま使わされることになっている。
クロードが苛立ちを覚えるのも無理はない。
事件後最初の授業なのに同じ教室で、ということに対する配慮が欠片もなかった。
だから課外授業と称して学園の外に出たくなる気持ちはアレイヤには理解できた。
「ああ、ちゃんと授業らしい話ですからね? あの件もあったので、光魔法を使うアレイヤ様に大切な話をすることが授業内容です」
「……はい」
決して浮ついていたわけじゃない。
クロードと二人きりの授業で、あまりにも好きすぎる声を独り占めする時間が至福だったとしても、元婚約者を追い出したのはアレイヤが現れてしまったからだ。
大切な話とはつまり、その元婚約者の話以外にはない。
と意気込んだ先に待っていたのは、フルーツをこれでもかと使用したいわゆるパンケーキの一皿。
この世界にパンケーキやホットケーキの概念はないがそれに近いものならある。
膨らませる技術が前世ほど発達していないので、フルーツを混ぜ込むことで膨らみを出して堅さを軽減しているのだ。
とは言え、量が多い。
「二人で分け合うんですよ。これはそういうものなんですよ」
「は、はぁ……」
なるほど、大皿の料理をシェアするものらしい――ではなく。
「なぜ、これを注文したんですか?」
「なぜって……先生の奢りなんですから、先生がどれを選んでもいいでしょう?」
「そうなんですけどね! そうなんですけど、生徒とシェアする先生っていないような……」
しかも平民ならいざ知らず、貴族社会の人間が、だ。
慣れてそうだしなー。元婚約者とでも来たことがあるのだろうか。
「そうかもしれませんね。でもこれ、女性がいないと注文できないものなんですよね」
「……は?」
女性がいないと注文できない?
この店には来たことがなかった? 光魔法の使い手は外出を制限されるような決まりでもあったのかと頭の中では色々な可能性が浮かんでは端に寄ってさらに浮かんでを繰り返している。
「あなたの前の光魔法……先生の元婚約者となっている人ですが、この店はその人と来たことがあります。先生は甘い物が好きでね、付き合ってもらっていました。でも、これは注文できませんでした。なぜでしょう?」
にっこりと笑ってアレイヤに問いかけるクロード。
元婚約者と来たことがあって、
だけど注文できないメニューがあって、
それは女性がいないといけないもので。
クロードはずっと元婚約者のことを「友人」と言っていた。「彼女」ではなく。
「……えーっと、」
答えは、婚約を解消されて相手が外国へ行っても悲しさを抱えているようには見えない理由と同じなのだろう。
なおかつ、今でも手紙のやりとりなどをしてアレイヤのために光魔法について教えてくれる理由にも繋がる。
「先生、男性と婚約してたんですか……?」
「男と知っていたのは、彼の家族と先生くらいで、国は知りませんね」
では食べますか、とクロードは大きな口を開けて目の前のパンケーキを頬張った。
これにて魔力暴走事件編は完全終了です。
次回から完全新作の事件になりますので、更新頻度がこれまでより遅くなります。
更新予定も未定になってしまいますので、よければブックマークしていただいて気付いていただけたらなあと思います。
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