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魔力暴走事件5

五話に収めようとしたら長くなってしまいました…

 犯人を見つける探偵の技と言えば論理を組み立てて、その人以外にはあり得ないと証明することだけれど、そんなことをしなくても犯人は分かる。

 例えば、事件直後に証拠をその身に残した状態の人間を見つければいい。

 例えば、事件当時と同じ状況を再現すれば勝手に自供してくれる人がいれば。

 だから私は、探偵じゃない。


+++


「まだ視力が回復していないので、膝立ちで失礼いたします。重心が不安定なので。では、始めますね」


 アレイヤは胸の前で手を組み、体の中を流れる魔力を意識する。

 魔法の発動を感覚で掴み、組んだ手をゆっくりと開き、そのまま腕を横に広げ――


「待って!」


 今まさに光魔法が教室の中に広がろうとしたその瞬間に、中断を余儀なくされた。

 声を出したのが誰なのかアレイヤには分からない。

 見えないし、見えたとしても知らない人物だった。

 教室の中にいるのはレオニールとゼリニカを除けば、


教諭

リリー・ドレナージ学年主任

ジェラルド・カレッジイング副学長

クロウ・コルトワ備品管理責任者


生徒会

会長 サンドラ・トラント侯爵令嬢

書記 イェルク・アンスール伯爵令息

会計 ニカ・ランドレイル(商家の娘)

庶務 ルドルフ・ウェッジ伯爵令息


の七名。


「はい。あなたが今回の犯人です」


 声のする方向に顔を向けようとしたが、不安があったので前を向いたまま言う。

 魔法の発動も中止し、横に広げかけた腕を下ろした。

 しんと静まり返る教室内。きっと驚いて誰も声を出せないのだろう。

 誰かの息を呑む音さえ、はっきりと聞こえた。


「……どうして止めたのか、教えてもらってもいいかい?」


 口火を切ったのは、冷静さを早くに取り戻したのは、レオニールだった。

 誰が犯人なのか、アレイヤ以外は目で見て確認できているが見えないままのアレイヤにだけまだ分かっていない。

 犯人はあなただと言った本人なのに。


「犯人だと言われたから、という理由は順序が逆だから通用しないよ――サンドラ・トラント生徒会長」


 なるほど、と心の中でアレイヤは呟く。

 名前を聞いても顔は思い出せない。

 入学式で新入生の前に立ったのは、当時の生徒会長だったアルフォン王子だ。

 その隣とかに並んで立っていたようにも思えたが、注目していなかったので覚えていなくても責める人はいない。


「レオニール殿下……それは、その」


 魔法の行使を止めたのと同じ声。


「だって、危険だと思ったのですもの。魔力暴走を起こした生徒ですよ?」

「そうだね。でも、本当にそうかな? 今回は魔力を注入する魔法石はなく、ジェラルド副学長も同席されている。彼は魔力の不可解な増幅にすぐ感知できる優れた感性をお持ちだということは、君も知っているだろう?」


 サンドラが止めなくても、本当に危険だったなら魔力が体の中を巡らせた時に止められていたはずとレオニールは言う。


「殿下のおっしゃる通り、ノルマンド嬢の魔力循環に不可解な部分はありませんでした。魔力暴走を起こしたとは思えないほど、丁寧な魔法を使われようとしていました」


 副学長の声は知っている。

 毎朝校内を歩いて生徒たちと挨拶を交わしているし、アレイヤも何度も挨拶した。


「そんなはずありませんわ! 実際に事故は起きたではありませんか! 第一発見者はレオニール殿下、あなたです! そしてその後に調査も行ったではありませんか! なのに、なのになぜ私ではなくその者の発言を受け入れるのですか!」


 声を荒げるサンドラは、令嬢らしく振る舞うのを忘れている。我を忘れかけているサンドラは、そのままの勢いで口にした。


「その者は、子爵家の養女になっただけの平民です!」


 光魔法を使えると分かったから貴族入りしただけで、生まれながらの貴族ではないと、サンドラは言った。

 それは、生徒会長自らアレイヤが学校内で孤独に過ごしていることを認める発言だった。

 これまでは生徒間だけの暗黙の了解だけで済ませていた、学園内で一人を蔑んでいることを晒してしまう醜態でもあった。


 三人いる教師たちの動揺が空気に乗って伝わってくる。


 表向きは光魔法を持つ珍しい人間との距離を測りかねていると思われていたからだ。


「それが動機、ですのね。貴族至上主義の精神を持つトラント様はアレイヤ様の存在を受け入れられなかったと……」

「下民に手を差し伸べられているゼリニカ・フォールドリッジ公爵令嬢、あなた様の点数稼ぎにも笑ってしまいますわ! いくらアルフォン王子との婚約が解消されたからと言っても、相手を選ぶべきでしたわね」


 公爵家の人間ならば、もっと高位の貴族と交流しなくては。とサンドラはゼリニカまでも罵倒する。


 平民、下民。


 言われたい放題のアレイヤはこほんと咳払いして、再び光魔法を使おうと天井に手の平を向けた。


「きゃあっ!」


 本当に魔法を使うつもりはなく、ただ手を上げただけだ。それでもサンドラは大袈裟に怯えだした。

 これ以上言わせておけばレオニールを困らせるだけだと分からないほど錯乱したサンドラを黙らせるには、このパフォーマンスしかなかった。

 アレイヤに肩入れしているのはゼリニカだけではない。

 それを忘れてしまっている。


「……生徒会長。あなたが本当に恐れているのは、私の魔法が暴発することではなくて、靴の裏に挟まっているプリズムが魔法を吸収して乱反射を起こすことですよね? ならばご安心ください。新しい靴を用意していただきましたので。前の靴は今、調べていただいている頃でしょう」

「な、なんですって?」

「簡単な話でした」


 ゼリニカに肩を叩かれたアレイヤは、ゼリニカの助けを借りて立ち上がる。

 スカートの裾を軽くはたいて、どこを向けばいいのか分からないまま、少しだけ天井を見上げる。

 天井も見えてはいないけど、上にあることだけは確かだ。


「私は何より、魔法で失敗することを恐れていました。魔力量が人よりも多いことは入学するよりも前、子爵家へ引き取られる際に調べてもらっていましたしね。それではどうして魔力暴走なんて事態になったのか。それはそういう風に見える道具が仕掛けられていたからです。調査の際に見つからなかったのは犯人の手によって回収されたからに他なりません。本当なら難なく回収して事故として終わるはずでしたが、意識を失う直前に私が踏みつけて壊してしまったのです」


 何かを踏んだと気付けたのは、クロードがアレイヤを助けようと伸ばした手を掴もうとしたからなのだが、さすがに言わずに進める。


「意識を取り戻した後、それを思い出した私はレオニール殿下とゼリニカ様、そして宰相子息であるノーマン様に靴をそのままお渡ししています。なので、私だけの妄言とは言えません」


 すでに調べてもらっている、という言葉に真実味を持たせるための台詞だったが、レオニールが得意げに「小さな破片からプリズムだと気付いたのは僕だけどね」と言った。


「あと……そうですね。生徒会長が決定的な犯人だと言えるのは、この位置でしょうか」


 分かりやすく爪先でトントンと床を叩く。

 靴が新しいからかどうか知らないけれど、小気味いい音が鳴った。


「この位置の指定は私がしたんですけど、見ての通り目には包帯を巻かれたままで見えていません。なので、レオニール殿下にお聞きして調査の時に会長が立っていらした場所に案内してもらいました」


 入り口からの距離や黒板からの位置、机の位置を口頭で説明して合っているかどうかを訪ねれば、誰もが「合っている」と呟いた。

 すらすらと言えたのは、いつもアレイヤが座る場所だからで、いつもの定位置を知るのはアレイヤの他には担当教師のクロードだけ。

 事故の前に二人の定位置を知っている人間がいれば話は別だが、クロードは誰かに話す理由がないし、アレイヤも教室での位置を話せる相手はいなかった。

 だから、サンドラが自ら声を上げるよりも前に犯人は分かっていた。


「この場所から指示を出していたあなたは、隣にレオニール殿下を立たせてアリバイを作ろうとしたのでしょうが、プリズムを回収するにはレオニール殿下に居られては困る。だからあなたは全然関係のない場所へレオニール殿下を動かした。そしてプリズムを回収しようとして――破損していることを知った。私が踏んで壊したとすぐに察したのでしょう」


 このまま病室襲撃の話も持ち出そうとかと考えたが、悩んでいる間に教室内の空気が一変した。


「アルフォン様はっ! 分かってくださったわ! だけど変わられた! 平民のくせに光魔法なんて使うから、取り込もうとされた! 平民を! 王族に混ぜようとされた!」


 サンドラの叫び声と共に、手の甲に痛みが走った。両手で触ってみればぬるりとした感触。

 痛みの直前に風が吹いた気がしたから、恐らく魔法を使われている。

 光魔法は魔法反射を得意とする人が多く、アレイヤもクロードのおかげで習得している。だが、ここで発動すればレオニールやゼリニカが被害に遭いかねない。

 他の魔法を使おうにも対象が見えていなければ危険すぎて使えない。

 サンドラは、アレイヤに危害を加えるのに抵抗がない。

 なのに、アレイヤは攻撃を防ぐ手立てがない。

 一晩守ってくれた謎の箱もない。


「ぜ、ゼリニカ様……っ!」


 助けを求めて呼ぶのは、悪役令嬢の名前。

 乙女ゲームの主人公ならばここで攻略対象の誰かの名前を呼ぶべきなのだろうが、誰のルートにも入るつもりがないので呼べる名前がなかった。


「平民風情が、貴族の社会に入って来るんじゃないわ! 身の程を知りなさいっ!」


 激しい殺気と、全身を刺す強い風の魔力。

 アレイヤの名前を叫んで抱きしめてくれたゼリニカの必死さが伝わる。

 サンドラを叫んで捉えようとする動きが音として聞こえてくるが、人が動くよりも魔法の発動の方が早い。

 ゼリニカが危ないと分かっている。けれど、今から防御しても間に合わないと本能が告げる。


 殺される――息が止まる緊張感。


『プロミネンス・フロア』


 サンドラの魔法攻撃はアレイヤにもゼリニカにも当たらなかった。


「どっ、どうして⁉」


 無事だったことに対する安堵、からの誰がやったのかという疑問。

 アレイヤだけが「誰が」という疑問を持つが、他は「誰」ではなく「どうして」と、サンドラの声と同じ疑問を持っていた。

 その動揺は、今なお私を抱きしめているゼリニカからも強く伝わってくる。


「な、なぜあなたが――光魔法を⁉」


 驚きの声は教師の誰か。

 サンドラの攻撃は、誰かの放った光魔法で防がれたということか。

 前にいたという光属性の女性が戻ってきて助けてくれたのかと思えばどうやら違うらしい。

 答えはすぐに分かった。


「君の誤算は、この石の回収を考えなかったことにある」


 ゴトン、と重みのある物が落ちる音。それよりも前の、この声。

 アレイヤの前世で、人生を捧げてしまいそうなほど夢中になった声。


「……待たせたね、アレイヤ嬢」


 信じてくれてありがとう、助けに来たよ。と、とても良い声の人――クロード・ランドシュニーはアレイヤの頭にぽんと手を置いた。


+++


「これは、あの事故の直前にアレイヤ嬢が使った魔法石です。魔力を注入して色を変える性質を持つこの石は、魔力を溜めているから変色を可能にしている。彼女はきちんと結果を残してくれた。こぼれた魔力を拾ったプリズムによって魔力暴走のような事故を起こしましたがね」


 十分、評価できる内容でした。と人前で褒めてくれるクロード。


「光属性の魔力が宿った石なら、別属性の人間でも光魔法が使えるということですか?」

「ということでもないんです。魔法が違えば使い方も違う。僕は友人から使い方を聞いていたので使えた、というわけですね」


 サンドラが学園の衛兵たちに連行された後、教室に残された会長以外の生徒会役員と三人の教師、それからアレイヤとゼリニカはクロードから先ほどの魔法の説明を受けた。

 レオニールが関心を寄せる意外な光魔法の使い方に、三人の教師たちも「へえ」「そんなことが可能なのか」と興味深そうに話を聴いている。


 光魔法の個別授業、番外編のような様相。


 アレイヤはまだゼリニカに支えられて座っているのだが、なぜかクロードはアレイヤとほとんど触れる位置にいる。ゼリニカと反対側のすぐ隣。

 どうしてこんなに近い位置で転生しても一番好きな声を聞かされているのか、アレイヤには解けない謎だった。




魔力暴走事件 END

魔力暴走編、解決です。

次回はエピローグです。


良ければ評価のほどをお願いします…!

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