魔力暴走事件4
さあて、分かったようなことは言ったけど、犯人も動機もまだ分からない。
せめて少しだけでもヒントがあればいいのに。
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「アレイヤ嬢、ご機嫌いかがでしょうか……っと、レオニール殿下もいらしてましたか」
「やあ、ノーマン。お邪魔なようなら席を外そうか」
音もなく現れたのかと驚いたのも束の間、ただ病室の扉が開きっぱなしになっていただけらしい。
いくらゼリニカが同室しているとは言っても未婚の男女がいるのだから締め切るわけにはいかないということのようだった。
「いえ、アレイヤ嬢はクロード・ランドシュニー卿のことを気にしておられたので、様子を伝えに来ただけです」
「クロード先生のですか⁉ 先生は大丈夫ですか!」
まだまだ包帯は外せないので声のする方向に上体を向ける。病室に入ってきたばかりのノーマンの声は、当たり前というかなんというかレオニールとゼリニカもいる。だからかノーマンの声がベッドの反対側に移動した。
「卿も目をやられたようですが、貴女ほど酷くはなく、今は通常の視力を取り戻しておられます」
「よかった……」
多分、眼鏡をかけてたからかな。とアレイヤは必死に手を伸ばすクロードを思い出す。
何より、光源を直視していなかったのも要因としてあるだろう。
アレイヤは眼鏡などもなく、光源のすぐ近くにいたために重症化してしまった。
「取り調べの内容はお話できませんが、気になる行動があったのでアレイヤ嬢に確認させていただきたいのですが……」
「今の私で分かることならば、なんなりと」
見えない状態での確認だから、おのずと口頭でのやりとりなのだろう。
「まだ解放するに足る証拠が出ていないんですが、卿はしきりに履き物を気にしていたらしいです」
「履き物を? 中に小石でも挟まっていたのでしょうか?」
「いや、そういうわけではないみたいでね。思うに、これは誰かに向けたメッセージなんじゃないかと思います。推測でしかありませんが」
「メッセージ……?」
ノーマンがアレイヤに話をしに来たとしても、同じ病室にはまだレオニールとゼリニカもいる。疑問の声を漏らしたのはゼリニカだった。
学園側に捕らわれたクロードが意味深なメッセージを出す。
誰に向けて?
犯人だと疑われている中でメッセージを届けたい相手なんて、自惚れでなければ一人だけだろう。
――冗談を言えるのもそうして返してくれるのも、アレイヤ様だけです。
「履き物。履き物って……暗喩かしら? 足元に何かあるという意味?」
ゼリニカが声に出して考えている。
実は靴底に得物を隠していて、使う機会を伺っているとか? 手足を縛られているわけではなさそうだし、解けたとしても逃げられない状況なのだろうから得物ではないし、それではメッセージではなくなってしまう。
「履き物に細工をしていたら、すぐに気付かれてしまっているんじゃないかな?」
レオニールはゼリニカの拙い推理にも微笑まし気な声を出す。
ベッド上に座るアレイヤは自分の足を確かめた。靴は履いていない。
ならばとベッドの下に身を乗り出して手を伸ばして探すが、見えてないせいでバランスを崩してベッドから落ちそうになる。
「アレイヤ嬢!」
ずるっと頭から落ちそうになったアレイヤを、ノーマンが支えてくれた。
抱きとめてくれる。
「ひえぇ……」
頬に当たる布の感触と、その奥から聞こえる心音と伝わる体温。
「大丈夫ですか? 言ってくだされば私が代わりにしますから」
「あ、ありがとうございます」
見えていないからこそ断定できないが、いわゆる抱きとめてくれた状態になっていて、これはこれで一枚のスチルになるのではないかというシチュエーション。
ゲームでは存在しないスチルなので、だからこそ見えない状態にさせられているのかと勘繰ってしまう。
「で、ではノーマン様。私が事故当時履いていたものの靴裏を見てくださいますか?」
ノーマンは現在の国王の宰相を務める人物を父に持っている。そんな人に自分の靴を取って見てくれとは随分図々しいお願いである。
「……なるほど。事故当時、お二人は同じ場所にいた。卿がメッセージを送る相手ならばアレイヤ嬢と考えるのが妥当ですね。しかし靴裏に何が……」
ノーマンから聞いて思い出す。
あの時クロードの手を取れなかったのは、魔力暴走の威力を食らったからではない。その一瞬前の話であり、言われなければ思い出せなかったであろう事実。
アレイヤは、何かに足元を取られて手を取れなかった。
「これは……魔法石の欠片? でも色が透明だ……ただの石でもないでしょうが」
「ノーマン、僕にも見せてくれ」
クロードの言う通り、靴裏には何かがくっついていたようだ。
もしも犯人のいる事件だとすれば、生徒会役員たちが見つけられなかった物的証拠になる。
唯一見られないアレイヤは、三人の目に頼るしかない。レオニールが見たならゼリニカも見るはずと予想して、見解を待つ。
「宝石ではありませんわね。透明、ガラス……?」
「窓ガラスの破損はなかったから、もっと別の……待ってくれ。教室の中から事故後に無くなったものはないと責任者のクロウ先生から聞いている。これは一体なんだ?」
アレイヤには何も見えない。なんだ? と言われても、推測をする仲間にさえ入ることはできない。
「あ、多分これプリズムの欠片かな。光が乱反射してる」
「殿下、ご存じですの?」
疑問を呈しておいて自分で理解したレオニールはゼリニカの問いに答える。
「前に研究員が触っているのを見たことがあってね。その時に少しだけ教えてもらったんだ。多分これは光を乱反射させるものだよ。……僕が聞いたのは月の光を受けて乱反射することで周囲を少し明るくさせる研究の話だったんだけど、それがもし、アレイヤ嬢の強い光魔法だったら……」
「まさか、これが魔力暴走の原因ですか⁉」
「学園に報告に行って参ります!」
「待て、ノーマン。もし昨夜の襲撃犯がそれを目的としていたとすれば、学園に報告に行くのは良くない」
「証拠隠滅のためにアレイヤ嬢を……アレイヤ嬢のいるこの場所を襲撃したと?」
「その可能性は大いにあるんじゃないかな。アレイヤ嬢はどう思う?」
三人の会話に入れずにいたアレイヤは、レオニールに会話を振られて「そうですねぇ」と頭をフル回転させた。
プリズムというものがどういうものかはっきりと分からないけれど、ないはずのものがあの時の教室に転がっていたのは偶然じゃない。
靴裏に付いていたということはプリズムを踏んづけてクロードの手を取れなかった。恐らくは不自然な動きをしたことでクロードはアレイヤの足元に何かがあると気付いた。そしてそれを教えてくれた。
さらに、昨夜の襲撃。
襲撃の目的がアレイヤの命ではなく、レオニールが言ったようにプリズムの回収だったなら。
犯人は、事故後に教室に立ち入った人たちの中にいる。
そして、プリズムを使ったのなら狙いはアレイヤで確定だ。
光魔法はアレイヤしか使えない。
「殿下、犯人は私たちがプリズムに気付いていないと思ってくれているかもしれません。ならば気付かれる前に炙り出そうかと思います」
まだ包帯は取れないし、病院から出ることを医者が許してくれるかどうかは交渉次第だ。
そしてアレイヤ自身が出向くなら、身の守りは必要不可欠。
アレイヤが頼れるのは一人だけ。
助けて悪役令嬢! である。
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レオニールの言葉があれば、一時退院扱いもお手の物。
「ゼリニカ様、本当に申し訳ありません……」
「もう何度も聞きましたわ。レオニール殿下からの依頼ですので気にしないで頂戴、と何度も返しますわよ?」
魔法学園の放課後、アレイヤはゼリニカの手に引かれて校内を歩いていた。
完全回復はしていないけれど。包帯を取って目を開けるとチカチカと眩んでしまう。痛みもわずかに残っているが、それもあと少しで治まる。
一日だけ緊急休校となっていたとゼリニカが教えてくれた。まだアレイヤは入院しなければならないけれど、どうしても行かなければならなかった。
アレイヤが出向かなければ犯人を完全におびき出すことができない。
「……私って、可哀そうなのですって」
ゼリニカは決して急がない。
レオニールを待たせていると分かっていても、見えないアレイヤに配慮して速度を落として歩いてくれている。
「婚約者が他の女に現を抜かそうとして、なし崩し的に婚約が白紙に戻った。希少な光属性だからと地位の低い子爵令嬢の相手をさせられている。……ふふ、勝手なことばかりだわ。私はあの方に愛なんて持ち合わせてもいなければ求めてもいなかったのに。そして、あなたにだって。私が興味を持ったからこそ声をかけているというのにね。誰も事実を確認しようとしないのよ。私が公爵家の令嬢だから」
貴族の中でも高貴な公爵家。それもフォールドリッジ公爵家ともなれば、隣国にも名を知られる名家だ。王家と同等の知名度と言っても過言ではない。
「……ゼリニカ様は、私が光属性だから興味を持ってくださったのですか?」
「それだけなら、大した興味を持たなかったでしょうね。だってそうでしょう? あの件以前は私、あなたを遠巻きにしか見ていなかったのですもの。言ってしまえば、レオニール殿下と私は同じ興味をあなたに持っていますのよ。それが失礼であると分かっていながらも……ね」
「探偵としての、私……?」
「というより、自身の危機を自身の手で解決しようとしている姿勢ですわ」
今回の件だって、本当はしなくてもいいことをしようとしているでしょう? とゼリニカは言った。
「ゼリニカ様、」
「そろそろ着きますわよ。足元にお気を付けなさって」
ここは別の世界でゲームとなって知られているのだと言いたかったわけではない。
これから起こる未来を知っていると告げたかったわけでもない。
では何を言いたかったのかはっきりしないまま、ゼリニカの歩くスピードが落ちていく。
今回の一件の解決編が始まる。
「やあ、アレイヤ嬢。言われた通りにあの日と同じ状態にしておいたよ」
「ありがとう存じます、レオニール殿下」
手はゼリニカと繋がれていて、レオニールの声がする。
場所はクロードと二人だけの授業で使っていた教室――事故、いや事件現場。
決して広くはない教室の中には、多くの人間がいる気配がした。
「では、あの日と同じことをしてあれが事故ではなく、クロード・ランドシュニー先生はまったくの無実であることを証明したいと思います」
そう言ってアレイヤはゼリニカの手に導かれて教室のほぼ中央に移動し、膝立ちになった。
靴裏が、天井を向くように。
元のやつが長いので、どうにかして五話にまとめようとするとめちゃくちゃカットしないといけない部分が出てきます。
どこを切ってどこを残すのか……難しい。