8.白く
◆
とか言いながら、もう見失った。
辺りはもうオレンジ色に染まっていて、街も少しずつ慌しくなっていく。
帰宅する車の列で、向こう側の歩道がよく見えない。
「はぁ、はぁ。もう少し、運動ができたらなぁ」
そういえば、アマネは運動神経も抜群だっけ。
追いつくのはもう無理そうだ。
もう……彼女の背中を見るのは無理なのかなぁ。
そもそも、僕が追うには無理な距離があった。
アマネはさっさと歩けるのに対し、僕は実に足取りが遅い。
比喩だ。
アマネからは近付けるが、僕からは近付けない。
そんな感じだ。
いや、近寄りたくなかった。
僕は、黒だ。
どんな色でも、混ぜると黒くしてしまう。
赤でも青でも、混ぜれば黒だ。
僕はそういう存在なんだと思う。
だから、僕は、他人と関わる事を辞めた。
僕は足手纏いだから、他人に迷惑を掛けてばかりだ。
だから、一人でいようと思った。
『黒井、もう少し他人と関わればどうだ?』
関わらなければ、誰かを黒くする事もない。
だから、僕は――。
『私……ミカケの色を増やせると思ってた』
『真っ黒けなミカケの事を変えてあげられると思ってた!』
あぁ、変えてくれたよ。
僕は、アマネが居ないとダメなんだって気付いたんだ。
だから、僕は、アマネに会いたい。
どんなに高い階段の上でも。
どんなに離れていても。
考えてることは一緒だ。
「アマネ」
僕は、アマネを後ろから抱きしめた。
「ちょ、ミカケ!?」
「多分、ここなんじゃないかなって思って」
――展望台だ。
この町で一番のデートスポットの展望台。
ここからは、夕陽がよく見える。
感傷的になると、僕は夕陽を眺める。
「……本当、私ってミカケと似ちゃったよ」
彼女は、寒そうに震えていた。
じゃない、泣いてたのか。
「青山から全部聞いたよ。ファンだって」
「……あの子と付き合ってるワケじゃないの?」
「違うよ。アマネのことが心配で、色々聞き出してたってワケ」
「ふーん。信用できないかも」
「信用できないか。じゃ」
「……何カッコつけてんのよ」
「まぁ、僕もお年頃なので」
柔らかかった。
初めてだった。
「……私、ずっとミカケと一緒に居たい。だからね、県内の大学にするつもりなの。だけど、お父さんがダメだって」
「え、ええ!? いやダメダメ! そんなことしたらその……学力が勿体無いって!」
「でも! 私、ミカケと離れたくないよ!」
「大丈夫だアマネ! 僕はずっと一緒に居る。時々会いに行くから」
僕はアマネを抱きしめながら、頭を撫でてやった。
「……本当?」
「うん。絶対に」
「なら、もう一回、キスして? それなら、信じる」
「うん。こっち向いて?」
オレンジ色だった。
赤と黄色、そして白。
何にも変え難い、価値のある風景だった。
僕は、この日を忘れない。
◆
三月。
家でゴロゴロしていたら、ふと僕のスマホが鳴った。
『大学合格した!』
その文字だけを見て、僕は笑った。
「良かったな、アマネ」
僕は背伸びをした。
という事は、十日後にはアマネは東京に行ってしまう。
まぁ、もうそれはどうでも良いけどな。
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