7.勇気
◆
センター試験終了。
僕はまぁまぁの点数だった。
だが、到底アマネの目指す大学には届かない点数だ。
アマネはどうだったんだろう。
あれから、連絡を取っていない。
学校で会うこともなければ、僕ができることはもう無い。
油絵具は一度乾くと、もう元には戻らない。
そういう事なのだろうか。
「さて、出かけるか」
もう、僕が鉛筆を握ることはない。
これからどうしたものか。
「おっ、青山からメールだ」
『十五時に駅前集合ね』
「うぃーす、と」
これから僕は、青山さんと会う。
アマネの友達らしい。
彼女から情報を聞き出せば、アマネがどうなっているのかが分かるはずだ。
「んじゃ、行きますか」
僕は私服のまま、青山の待つ駅前に向かうのだった。
◆
「アマネ、九割取れたって」
「マジか! んじゃ、志望校受かりそうなのか!?」
「どうだろね。まだ油断はできないらしいけど、大丈夫なんじゃない?」
「良かった! 安心したよ」
「ところで、黒井ってアマネと付き合ってんの?」
「いや、まだだけど」
「まだって、言い方よ」
青山のおっぱいはでかい。
Dカップは絶対にある。
太腿出して、非常にグッドだ。
「どこをジロジロ見てんの」
「す、すまん。青山さんって結構大胆な格好するんだなって」
「はぁ。アンタにアマネが惚れた意味が分からない」
青山はストローを柔らかそうな唇で咥え、コーヒーを吸う。
「知らないとは思うけど、アマネはアンタに惚れてた。結構前から」
「そ、そうなんだ」
「そうなんだ、じゃないわ。アンタのせいでアマネはあんな感じになったんでしょうが」
「えへへ、ごめん……」
反省はしている。
アマネを泣かせてしまった。
「ごめん? まさか、聞いてないの?」
「え? 何が?」
「アンタがアマネを変えたんでしょう。その理由よ」
「いや、何も?」
「アンタの! ファンだって!」
「……!!」
僕は背筋に雷が落ちたような感覚に陥った。
「アマネね。一年生の頃に言ってた。『この学校には凄い絵を描く男の子がいる!』ってね。アマネはずっと黒井の事を追ってたのよ」
「そ、それって聞いて良いのか?」
「今更だからね、全部聞かせてあげる。んで、彼女は生徒会長に立候補した。立派な事だけど、目的は美術部に近付くキッカケが欲しかっただけらしい。健気よねホント」
「そ、そうなのか」
「ま、結局のところ、ギリギリまで話しかけるタイミングを逃してたけどね。そんで、満を持して話しかけたってワケ」
そんな……僕が思うずっと前から僕の事を知ってただなんて。
あの美術部の部室に来たのは全部演技だったんだ。
「一年生の時のアマネは、引っ込み思案で周りの人とは付き合えない地味な子って感じだった。けどね、アンタの絵を見て、勇気を貰えたんだと」
「勇気?」
「そ。世界は真っ暗な宇宙みたいだけど、点の一つ一つにちゃんとした意味があるんだって。『天翔ける』って絵の、絵の具の使い方。キャンバスに直接、絵の具を擦り付けたんでしょ? 凄い人だってアマネが言ってた」
「凄いかなぁ。思いつきでやったんだけど」
「それが凄いって言ってるのアマネは。私も普通じゃないことがしたい、とかなんとか言って、殻を破ったのよ。アンタのファン……と言うよりも、始祖よここまできたら」
そんなに思ってくれてたのか。
三年になるまで知らなかったなぁ。
「まぁ、その恋愛感情も尊敬も、アンタのアレで全部破綻! ぶっ壊したってワケ! あぁ可哀想に」
「ちょ、別に僕はぶっ壊したかったワケじゃない! アマネには、自分のための時間が必要だ! 僕の勉強を教える時間なんて」
「そこが違うのよドアホ! 自惚れるんじゃないよ!」
青山は机をぶっ叩き、立ち上がった。
僕を嫌悪する目だ。
「アンタはね、アマネのなんも解っちゃいない。あの子はね、全部を捨ててでもアンタと一緒に居たいと思ってる! なぁ黒井、今からどうするつもりなんだい!」
「どうするって、進路のことかよ」
「そうだ! アマネはね、今すっごい悩んでるんだよ! 泣きながらでも、歯を食いしばってでもアンタと一緒が良いって思ってる! 私はアマネの親友だ! どうしても、私はアマネを守らなきゃいけないんだよ!」
青山はポロポロと涙を流した。
僕は、また女の子を泣かせてしまった。
「お、僕は……その」
言葉が詰まる。
まだ、僕の中には何も決意が出来ていない。
僕はアマネを傷付けた。
そして、その友達もだ。
本当に、僕がアマネの側にいても良いんだろうか――。
「うるさい! 私の勝手でしょ! 進路は私が決める! お父さんは口出ししないで!」
カフェに響く怒号。
振り向くと、そこにはアマネが居たのだ!
「あ、アマネ!?」
僕は立ち上がるが、彼女に合わせる顔がない。
「やばっ隠れなきゃ!」
青山が隠れようとした束の間、僕とアマネは目が合った。
「アマネ……」
隠れようとした青山の姿は、あちら側からは丸見えだ。
「……なんで?」
アマネは呟くと、カフェを横切って自動ドアから出て行ってしまった。
「あぁ、ややこしい事になった!」
青山は僕の背中をぶっ叩くと、僕は威力で数センチ押される。
「何するんだ!」
「アマネ、絶対にイケナイ勘違いしてるよ! 私とアンタが付き合ってるとか!」
「あぁ!」
「あぁじゃないよ、早くアマネを追いかけな! 手遅れになる前に!」
と、青山は僕を押すと、
「ちゃんとやりなよ! アンタもアマネの事を気に思うなら、いっちょかまして来い!」
青山はサムズアップを見せた。
――アマネの友達とあらば、やはり良いやつばっかりだな。
「お、おう! 行ってくる!」
僕はカップを置き去りにして、走って彼女を追いかける!
「アマネ、ごめんなぁ!」
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