4.呼び捨て
◆
緑。
黒板の色だ。
何故、黒板というのかは前に調べたことがあるが覚えていない。
「馬鹿だね、ミカケ君。黒板は昔、黒かったのよ。だけど、黒色の素材が高いとか、緑の方が目に優しいとかの理由で黒板は緑色なのよ」
「へぇ。そんなんだ。白木さんは物知りだね」
「私、偏差値70あるから」
「えぇ!? 良い大学いけるじゃん!」
「だから、私は勉強せずともいいのよ。ミカケ君とは違ってね」
「何言ってんだこの生徒会長。生徒の鑑であるべきお方が、蓋を開けたらこんな感じだとはな」
「こんな感じって何よ!」
放課後、僕と白木さんはオレンジ色の空を眺めながら絵を描いている。
天気が悪い日は、僕の勉強を見てもらっている。
そんな日常が続き、もうすぐ冬が来る。
皆は塾に通っているが、僕の家では通う程の経済力が無い。
の割に、絵の具はちゃんと買っている。
なんなら、最近では白木さんも半分出してくれる始末だ。
「ねぇ、ミカケ君」
「なに?」
「そろそろ、下の名前で呼んでくれても良いんじゃ無い?」
「え?」
時々、白木さんはギュッと距離を縮めて来るようなことを言ってくる。
恥ずかしいことを言う確率は、毎日白木さんを電停まで連れて行く時に、踏切がちょうど降りているくらい――、例えが悪かった。
「僕、白木さんの下の名前知らないし」
|天音《アマネ》。
白木 天音。
「嘘でしょ!? アマネよ! 何ヶ月も一緒にいて知らないとかありえない!」
「アマネっていうんだ! へぇ」
可愛い名前だと思う。
「ねぇ、アマネって呼んでみてよ」
「揶揄ってるのか?」
「うん! 盛大に!」
ニヤニヤしやがって!
逆に、コッチからも攻めてやりたくなる。
「アマネ」
「っ」
「アマネ。何固まってんだよ」
「おっ、おう。まさか、呼び捨てにされるとは」
ガッツシとボディーブローを決めてやったが、残念ながら自分の心臓にも自爆ブローが入った模様。
顔が熱くて、すぐに宿題に目を落とす。
「ミカケ」
来ると思った!
やはり、白木さんのことだから、僕を呼び捨てにするカウンターを決めて来ると確信していた。
「アマネ!」
「ミカケ!」
「アマネアマネ!」
「ミカケミカケ!」
「アマネアマネアマネアマネアマネ!!」
「ミカケミカケミカケミカケミカケ!!」
――どうして、今日は夕暮れが短いのだろう。
もう少し、夕暮れが長くあってくれれば良いのに。
僕が彼女に筆を持たせ、二人で絵を描くその瞬間。
僕は、その瞬間だけ、自分は一色の絵の具じゃなくても良いって思えるのだ。
アマネ。
その響きが、僕の勉強を妨げる。
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