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勇者編②母


 僕は今日も槍を振るっていた。訓練で振るっていた。小競り合いという名の戦争で振るっていた。



 僕は毎週毎週小競り合いに参加していた。最初は一匹のゴブリンを殺したくらいで吐いていた僕だが気付けば淡々と殺せるようになっていた。


 なんだろね。慣れってすごいものだ。元の世界では誰かを殴ったことすらない僕が毎週毎週少し小さな子供サイズの生き物を殺し続けている。




 例外は父に噛み付いたことくらいだ。酷い怪我じゃないといいのだけど。


 僕は元の世界では行方不明になっているのだろうか?それとも本当はトラックにひかれていて元の世界では既に死んでいるのだろうか。


 わからない。


 父はいなくなった僕のことをどう思うのだろう。僕がいなくなり大丈夫だろうか。ああ、僕は親不孝者だ。辛くて辛くて壊れてしまった父すら救えなかった親不孝者だ。どうして僕は産まれてきたのだろう。産まれてしまったんだろう。



 あの時・・・拒否せずに受け入れれば良かったのだ。ろくに価値などない僕が拒否する理由など特になかったのだ。



 駄目だ。思い出したら駄目だ。今日はもう休もう。疲れた。すごく疲れていた。




・・・・・・・・・・




 夢を見た。まだ母が生きていた頃の夢だ。見ている時はとても暖かい気持ちになれる嬉しい夢だ。だが、夢は所詮夢だ。覚めると反動で凄く辛くなる。ああ、僕のせいで母が病気にならなければ、僕さえいなければ・・・父があんなふうになることはなかったのだ。


 駄目だ。元の世界でもたまにあったが気分が酷く落ち込んでいる。でも大丈夫。戻れる。耐えていれば戻れる。辛いけど戻れる。殺しながら槍を振るいながら待とう。部屋で一人で泣く分には問題ない。人前に出るときだけ普通にしていればいい。


 それだけの話だ。今までと同じでそれだけの話だった。




・・・・・・・・・・




 「お茶を淹れました」


 「ありがとう」


 味がわからない。色はちゃんとついている。でも、味がわからない。ああ、なんだろね。またか。


 僕はいつもの通り過ごしていた。シオンも普段通りだ。でも不思議なことに以前はそれなりに居心地良く感じていたシオンと過ごす時間がなぜか苦痛に感じた。



 「失礼します」


 「うん?」


 気付けば真横にシオンがしゃがみ込むように立っていた。そして僕の顔を見ていた。なんだろう。



 「休みましょう」


 「まだ予定があるんだけど」



 「今日はお休みです」


 「ちょっと」


 僕はシオンに腕を掴まれて引き摺られていた。ベッドまで連れて行かれその後、寝転がるように半ば強引に力づくで移動させられた。そして、何故か隣にシオンが一緒に入っていた。



 「なんで?」


 「今日はもうお休みです」


 気付けばシオンは僕の頭を胸に抱え込むように抱きしめていた。そしてゆっくりと優しく頭を撫でられていた。


 小さな歌声が聞こえた。子供をあやすような子守唄だ。なんだろうどこかで聞いたことのあるような歌だった。昔まだ母が生きていた頃に歌って貰ったことがあるような・・・まあ、どうでもいいか。



 気付けば僕は静かに眠りについていた。




・・・・・・・・・・




 「おはようございます」


 目が覚めて目の前の心地よい柔らかいものに頭を押し付けていたら、声をかけられた。ああ、そうか昨日はそのまま一緒に寝たんだな。


 「おはよう」


 なんだか照れくさかった。なんだろな。まるっきりちっちゃな子供扱いだった気がする。まだ若く見えるけど子育て経験でもあるのだろうか。



 「ご飯の準備をします。もう少しお休みください」


 「・・・待って」



 「はい」


 「もう少しだけ」


 シオンは何も言わなかった。僕は母に甘えるように抱きついていた。優しく頭を撫でられ続けていた。




 「ありがとう・・・お母さん」


 言い間違えた。


 「いえ」


 お母さんと言ってしまった瞬間なんだか居心地悪そうにしていた。そりゃそうだ。そんな年齢ではない。お姉ちゃんならまだわかるが。



 「では、朝食の準備をしますね。ゆっくり待っててください」


 「う、うん」


 気分の良い目覚めをしたのは久しぶりだった。



・・・・・・・・・・




 この件以来、少しだけ僕とシオンの関係性が変化した。少しだけシオンが僕に過保護になった。まるで保護者みたいだった。悪い気はしなかった。


 お母さんと言われた時の反応を見たらお母さん呼びをされるのは不本意なのだろう。だから、こっそり胸の内だけでそう呼ぶことにした。


 ここは元の世界とは違う。天国の母は怒るかもしれないがここは元の世界とは違う。少しくらい誰かに甘えても許されると思いたかった。


 いつかはあっさりと死んで地獄に堕ちてしまうのかもしれないが、それまでの間少しくらい嬉しいことが欲しかったのだ。


 僕は少しずつシオンに甘えるようになっていった。


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