サイドストーリー ドミさんの意外な副業
「やはり萌えは素晴らしいね。そう思わないか?」
人の家に勝手に上がり込んだ上に勝手にお湯を沸かし濃いめのコーヒーをゆっくりと楽しみながら男はそう言っていた。いつもの白スーツを着ていた。
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ある日のことだ。俺は休日を楽しんでいた。家でゴロゴロしていたんだ。
最近は少し働き過ぎた。幸いお金も溜まったし何か買うのも良し、遊ぶのも良し。気分転換は大事だ。欲求不満が続くと死んでしまう。
ピンポーン
やれやれ来客か。誰だろう。仕方ない開けるか。
「おはよ、お兄ちゃん」
リサだった。
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部屋に上がったリサは周囲をキョロキョロしていた。何かをチェックするかのように俺の寝室まで色々見ていた。そして納得がいったのだろう。リビングに戻り紅茶を入れた。二人分だ。
「はい」
「お、おう」
うまいな。意外と女子力高いんだよな。普通に料理作れるし。いつでも嫁に行けそうだ。まあ、誰にもやりたくないけど。
よっぽどの相手じゃないと多分俺は殺意を抱いてしまうだろう。
そう・・・カーネル並みのいい男なら俺はリサを託せる。基準はそれだ。見た目の話じゃない。中身の話だ。あるいは浩平でもいいかもしれない。あの男は馬鹿だが・・・苦境に陥っても裏切らない決して見捨てない情の厚い馬鹿だった。
言うなら自分の信念のある馬鹿なのだあいつは。ある意味頑固なんだろうな。自分のお父さんのことを頭が硬い、頑固だとか言っていたが多分年をとれば浩平もああなるのだろう。
「綺麗にしてて何より」
「意外と掃除は楽しいんだ」
なんだろう。俺の生活をチェックしにきたのかこいつ。母親か、母親なのかお前。女子力高いのはいいがまだその域には達するな。多分それ男にモテないぞ。
まあ、男連れてきたら闇討ちするけどな。行方不明になってもらおう。俺の審査基準に満たない男には話し合って納得して頂けないなら行方不明になってもらおう。
そんなことを考えながら穏やかな時間を過ごしていた。その時だ。
ピンポーン
また、来客か。多いな。一回家に上げてから味をしめたのか色々と理由をつけて家に来るようになった詩音だろうか?来ると長いんだよなあいつ。
一回来ると最低6時間は帰らない。つまりだ、あいつが来たら俺のプライベートタイムは終わりだ。つまり自慰もできない。ひたすら凶悪なワガママボディをお持ちの詩音さんに会う前には理性を保つために自らを律する必要があった。
そうしないと色々と危険だったのだ。ふう、貞操帯でも買うか。あいつ・・・日に日にエスカレートしてるからな。
おっと、来客を迎えないと。
ガチャリ
「はいはい」
「やあやあやあ、元気そうだね。実にいい。元気なのは素晴らしいことだ。あ、これ手土産ね。良かったらどうぞ。上がるよ」
ドミさんだった。忙しいとか言うくせにわりと最近顔を見るドミさんだった。
気付けばつかつかとリビングに上がっていた。そしてリサと視線を交わしていた。
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「素晴らしい、素晴らしいな」
なんだろう、なんか急にテンション上がって喜んでいた。よくある光景だった。アップダウン激しいんだよな。ドミさん。世話焼きでいい人なんだけど、普段から付き合うのはしんどい。そういう人だ。
「・・・この人なに?」
リサがコソコソと俺に聞いた。ちょっと引いていた。
「あ、ああ、職場の上司だよ」
「・・・この人が?」
うん、言動はあれだけどわりとやるときはちゃんとやる人なんだぞ。見た目は白スーツの毎日がパーティーみたいな人でテンションも高いから話してて疲れるけどそれ以外は特に害はない。わりといい人なんだよ。
「美しいな。麗しい兄妹愛だ。素晴らしい。やはり萌えは世界を救う。萌えはいい。そう思わないかね君?」
同意はする。同意はするがリサの前ではしたくない会話だった。やるならばリサではなくて浩平を交えて3人で話せばきっと盛り上がったことだろう。
案の定リサはドミさんを、何言ってんだこの一人パーティー白スーツ爺?みたいな目で見ていた。
ドミさんの演説は続いていた。
「萌えはね、いいよ。心が癒やされる。それはね人の心を救うものだ。馬鹿にしちゃいけない。萌えはね決して他人に隠してはいけないような恥ずかしい趣味じゃない。むしろ見せつけて誇るべきだ」
いつものごとくひたすら喋り続けていた。なんだろう、普段職場でまともな会話がないのだろうか。ひょっとしたらストレス溜まっているのかもしれないな。でも、いい歳した爺が萌えについて語る姿を見るのはきつい。思う。こうはなりたくない。
「萌えはね、いいものなんだよ。だからね、吾輩は会社を作った。かれこれ二百年前になるかな。株式会社グローバルスタンダードというんだがね。吾輩はその会社を作ることで多くの人の心を救ってきたよ。そう自負している」
ドミさんの口からは、まさかの妹モノ専門の美少女ゲーム開発会社の名前が出てきた。おい、俺はこの爺の会社が作った美少女ゲームをプレイして興奮していたのか。なんだか急速に黒歴史に思えてきた。辛い。またトラウマが増えそうだ。
「わかるだろう?君からは美少女ゲーム好きの匂いがする。とても芳ばしい香りだ。義妹〜カナコ〜はやったかね?あれはここ十年で一番の出来だった。吾輩は完成してプレイした時には泣いたよ。いい仕事をした。実にいい仕事をした」
その後はひたすら義妹〜カナコ〜のことを話していた。俺は最初は聞き流していたんだ。
だが、だが・・・気付けば俺はドミさんの演説に惹き込まれるかのように同意してしまっていた。
「わかります。やはり義妹ものは素晴らしい。俺、あれは何回も周回しましたよ。義妹はいい。最高です。辛かった俺の心を救ってくれたのは義妹でした」
迂闊な発言だった。とても迂闊な発言だった。忘れていた。忘れていたんだ。真横にリサがいた。おそらく関わりたくなかったのだろう・・・気配を潜めて何も話さなかったリサがいた。
リサはこちらをゴミどころか早く死ねと言いたいばかりの目で見ていた。見ることすら烏滸がましい。そう言いたげだった。俺は視線をそっと伏せた。
「本当はね、今の仕事退職したいんだよ。本当は美少女ゲーム一本で生活したいんだ。もう随分と長く働いているが中々後任がいなくてね。難しい所だよ。出来れば趣味に生きたいものだ」
なんだろな、初対面の印象は最悪だったがまさかこんな意外な趣味を持ってるなんて・・・人は本当に知らない一面を持っている。すぐに好き嫌いを判断するなんて浅はかだったな過去の俺。
「とはいえだ、ロマのこともあるからね。彼女のことは心配なんだよ。なんせ今はやる気ゼロの上に引きこもっているからね。いやはやどうしたものか。色々悩んではいるんだよ。どうすればやる気出してくれるかなーってさ。試しつつも悩んでいるんだ。なんせ吾輩はロマのことがこれでも大好きだからね」
そういった時のドミさんの顔は・・・なんだろな。恋のような燃えるような熱い感情ではないけども、ずっと暖かく見守り続ける。
言うならば愛と言うべきものだろう・・・優しい顔をしていた。惚気かよ爺さん。
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好き勝手話したいことを話したドミさんは帰ろうとしていた。
「邪魔したね、楽しかったよ」
本当に邪魔だった。おかげでリサの視線がつらい。あれわりと心にダメージ来るんだよ。
「言い忘れた。吾輩はね、君のことも詩音のこともね。大切に思っているつもりだよ・・・幸せになりなさい」
そう告げた後、静かに帰っていった。年の離れた友人か孫の心配でもするような・・・そんな優しい顔だった。
俺は思わず深々と頭を下げていた。心配してくれる人がいることは心から有り難かった。人は一人では生きられないのだ。誰かとの関係性の中で生きている、人とはそういうものだ。
俺はドミさんがいなくなってもしばらく長い間頭を下げ続けていた。




