サイドストーリー 学校
「ハア・・・」
気付けば溜息が出ていた。まだ3日しか経っていない。いつ帰るのだろうか。ちゃんと無事に帰って来るのだろうか。心配だ。吸血鬼は強い。とても強いし怖い。そして私が殺し尽くすべきおぞましい憎らしい敵だった。
私は吸血鬼を殺すために生きている。生まれたときはそうではなかった。呪いの武器を受け継いだ時に決まった訳でもなかった。
決まったのは、決まってしまったのは・・・私の村が吸血鬼に襲われた際に全滅した時だ。家族は全て失った。何もない何も残らなかった。私ごと全滅すれば良かったのに何故か私だけ生き延びてしまった。
ああ、何故生き残ってしまったんだろう。別に生きている意味などなかったのだ。私は吸血鬼を狩る機械でいい。機械のほうが合理的に多くの吸血鬼を殺せる。それがいい。それが一番いいはずだ。
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リサが今日も私を見ている。あの視線は苦手だ。どうして私をそんなに心配そうな目で見るんだ。近寄るな。近寄るな。お前も死にたいのか?私の家族のように死にたいのか?私は親切で言っている。私が遠ざけるのは親切だ。だから近寄るな。お願いだから近寄るな。リサが死んだら私は壊れる。もうとっくの昔に壊れてしまったが、今度こそ壊れる。だから近寄るな。
それに約束なんだ。リサとの交流を断つのは約束なんだ。お兄さんとの約束なんだ。あなたはもういらない。お兄さんがいればいい。お兄さんは都合がいい。私のいうことを何でも聞いてくれる。私を守ってほしい。この壊れた私を守ってほしい。好きなんだ。
リサは贅沢だ。嫌いだ。お兄さんを私に寄越せ。羨ましい。羨ましい。羨ましい。私の何がそんなに羨ましいんだ?胸がどうとか言っていたがこんなもの何の価値もない。ただの重りだ。
吸血鬼を殺すのに必要ならばいつでも切り落とす。それでなんの問題もない。
ハア、駄目だ。私は機械だ。なぜこんなことを考える。この思考は不要だ。考える必要のないことだ。
どうして私はこんなことを考えている。調子が悪い。機械に調子などあってはならないのに調子が悪い。
全てお兄さんが悪い。魔法少女に初めて殺意を抱いた。なぜ私より魔法少女を優先した!?お兄さんは私のものだろう。妹の私を最優先にしろ。リサよりも私を優先しろ。もう私の家に住めばいいんだ。家族なんだからそれが当たり前だ。
あのときは胸がスッキリした。お兄さんの家に初めて行った時のことだ。玄関で何故かリサと会ってしまった。私は焦った。ものすごく焦った。リサとは関係を断つ約束だった。その代価として私はお兄さんと一緒にいる。私が契約違反をしたらお兄さんがどこかに行ってしまう。不味い不味い不味い不味い不味い。
私はリサに腕を掴まれた。そしてそのままお兄さんのいる部屋に連れ込まれた。不味い不味い不味い不味い不味い。終わってしまう終わってしまう終わってしまう。もう少しでいいんだ。どうして私から奪うんだ。何もない私から奪うんだ。ああ、お兄さんと視線があった。あってしまった。もうおしまいだ。
どうしよう。これで終わりか。明日からまた一人か。いや、機械だから1基だ。考えるな考えるな考えるな。何も考えるな。一人でも何の問題もない。
元に戻るだけだ。何の問題もない。お兄さんに言われた通り一人で最後まで野垂れ死ぬだけだ。違う、機械だから故障して動かなくなりどこかで置き去りになるだけだ。それだけの話だ。
短かった。短かった。ひどい、リサはひどい。私に散々お兄さんを自慢して見せびらかして、最後は私から奪うのか。殺してやりたい。駄目だ。それは駄目だ。リサを殺したくはない。帰ろう。帰ろう。一人で泣こう。違う、機械にオイルでもさそう。
「詩音、どうかしたか?」
お兄さんの声がした。あれ?いつもの声だな。ちょっとだけ不思議そうだけど・・・私は怖くて怖くて仕方ないけどお兄さんの顔を見た。いつもの優しい目だった。私の大好きな目だった。私を人間にしてくれる目だった。
ひょっとして大丈夫なのか?まだこの関係は続くのか?続けていいのか?ああ、良かった。本当に良かった。もうおしまいかと思った。
なんだろう?お兄さんがリサに何か追求されている。よくわからないけど、問題ないのならいつものようにお兄さんに甘えよう。いつまで続くかわからない。精一杯甘えよう。リサと違って私とお兄さんの関係は制限時間があるんだから。
ヨイショッ・・・はあ、落ち着く。もう死んでもいい。このままここで死にたい。お兄さんに優しく首を締められたい。それでいい。その最期がいい。一人は嫌なんだ。死んだほうがいい私でも一人は嫌なんだ。私のものだ。リサなんかより私を妹にすればいい。私はお兄さんを大事にする。リサよりも大事にする。何なら料理を覚えてお兄さんのために三食作る。
リサと視線があった。なんだか対抗意識が浮かんだ。これは私のものだ。心持ちいつもより強くお兄さんに身体を押し付けた。いい匂いがする。私の匂いとお兄さんの匂いが混ざっている。いい。すごくいい。このまま寝たい。思わず鼻歌を歌っていた。
はあ、お兄さんと一緒に死にたい。私の最期まで一緒にいてほしい。そのためなら何でもする。何でもする。いや駄目だ。それはお兄さんを不幸にしてしまう。駄目だ。一線を引け。所詮は契約関係だ。いつかは切り捨てられてしまう関係だ。考えただけで涙が出そうだ。ああ、駄目だ。諦めろ。お兄さんを不幸にはしたくない。何があってもしたくない。元に戻るだけだ。これは贅沢な時間だ。本来ならなかった筈の時間だ。いつでも終わる覚悟を持て。私はそうして生きてきた。
それにしてもなぜ私の頼みを断る。少し抱きついただけだ。なぜ嫌がる。私が嫌いなのか?この呪われた疫病神が嫌いなのか?行かないでくれ置いて行かないでくれ。もう何もないんだ。なにもないんだ。ああ、良かった。見つめていたら言うことを聞いてくれた。良かった。まだ続けられるんだ。
日に日に独占欲なのだろうか?それが強くなっていく。誰にも渡さない。私のものだ。私のものだ。私の家に住め。もしくはお兄さんの部屋に私が住む。いい案だ。とてもいい案だ。早速提案しよう。帰ったら提案しよう。
吸血鬼が邪魔だ。殺しに行きたい。私一人なら殺しに行きたい。だが駄目だ。救出任務に私は向いていない。私の能力は向いていない。私の異名は爆心地だ。破壊は出来ても誰かを助けるのは向いていない。ああ、早くお兄さんに会いたい。一緒の家に住みたい。どうして私を置いていった。おかしいおかしいおかしい。
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考え事をしていたら放課後になっていた。最近はいつもこうだ。吸血鬼を殺そう。お兄さんが帰ってくるまで特にやることはない。それしかない。皆殺しだ。皆殺しだ。お兄さん以外の吸血鬼は皆殺しだ。お兄さんの敵は皆殺しだ。許さない。お兄さんを傷つけたら許さない。少しでも傷つけたら許さない。ああ、心配だ。怪我をしてないだろうか。早く帰って来てほしい。私の元に帰ってきてほしい。そして甘やかせ。
酷いだろう。散々人を甘やかしておいて。早く週3回の私の大切な人としての時間を返して欲しい。
帰ったら何をしてもらおう。とりあえずいつものように名前を呼ばれたい。優しく名前を呼ばれたかった。
抱きしめられながら優しく詩音と呼ばれたかった。




