3話 復活(下半身)
その日の夜のことだ。城の動きがまだなにもないため、カーネルと俺は静かに部屋で寛いでいた。
攻めるときは攻める、待つときは待つ。焦らずゆっくり待つのが大事だ。カーネルはそう言っていた。
いつ来るかわからない敵にいつまでも警戒し続けることはできない。オン・オフの切り替えは長期戦には必須だった。そうは言われてもついつい緊張していたが、これも慣れなのだろう。カーネルは宿屋でまるで我が家かのごとく寛いでいた。
最初にカーネルが顔面に化粧水を丁寧に塗りだしたときは驚愕した。なんせ服装が魔法少女のコスプレだ。まさかとうとうそっちの趣味に?と一瞬疑った。正直すまんかった。
最近加齢で肌荒れが気になるらしい。カーネルはリュックサックから鏡を出して肌の状態を確認してから化粧水をつけていた。これ一本で全てオッケーという素晴らしい品だそうだ。
「オススメ イイシナ」
端的にそう言われた。そういった顔は油分を含んだ化粧水を塗っていたのでテカテカだった。その後はパックを塗る作業に移行していた。衣装とセットで物凄い絵面だった。もう慣れていたから大して驚かなかったが、初対面なら見かけた瞬間回れ右をするだろう。
そういえば、以前あらぬ疑いをかけてしまったことをこっそり謝りたい気持ちになった。パックをするために外した眼帯の下には酷く痛そうな火傷の傷跡があった。
仙台出身だからというだけで伊達政宗のコスプレをしているなどというあらぬ疑いをかけてしまった俺は浅はかだった。
・・・・・・・・・・
邪魔をするのは悪い。少し散歩でもするかと思っていたら部屋がノックされた。
またあいつらか・・・仕方ない。無視しても何度も来るだろう。俺は返事をした。
「何か用か?」
「この前も食べて貰った自慢の夜食を持ってきたんだ。良かったらどうだい?」
ヨナだった。夜食?そんなもの食べてないけどな。そう思っていたら部屋のドアが開いた。
夜食はアリシアだった。前回よりも少し派手な下着を着けていた。羽織っているものが薄着なので下着が透けて見えていた。何故か手錠をつけて目隠しまでしていた。実にエロい。前が見えないらしくヨナに手を繋がれて誘導されながら部屋に入ってきた。
なるほど、これは確かに食べたなと一瞬納得しかけた。いや違う違う。確かに美味しかったが違う。
「夜食?」
「うん、そうだよ。寝る前のお供、なんなら一晩のお供にどうだい?」
すっごい軽い感じでアリシアを食べさせようとしてきた。前回ベッドで見た時と同じノリだった。
「どういうことだ?」
「約束を果たしに来ただけだよ」
「そんな約束してないだろ」
「したよ。私達はこの宿の住人だ。つまり宿を自由にしていいということには私達を好きにしていいという意味も含まれる。私はそのつもりであの時全て好きにしていいと言ったよ」
「・・・・・・」
「嫌いじゃないだろ?」
そういったヨナはペロリと唇を挑発するかのようにゆっくりと舐めていた。目隠しをつけられているアリシアのお腹を見せつけるようにいやらしく撫で回していた。
エロかった。実にエロかった。もうゴールしたかった。もう一度ゴールしたかった。
俺は悩んでいた。確かにあれは気持ちよかった。最高だった。腰が抜けるかと思った。だが、その後は最悪だった。死ぬかと思った。EDになってもおかしくないレベルの酷い目にあった。
幸いならなかったが。
何故EDにならなかったとわかるかって?言わせるな。今既に勃ってるんだよ。目の前で完全に据え膳状態の胸こそないもののエロい美女がいる。
勃って当たり前だった。
さて、俺が童貞ならもう襲っていた。だが、俺は既に童貞を卒業していたため精神的余裕があった。さらに前回あまりにも酷い目に遭わされた俺は警戒していた。
「嫌いじゃないがそういう気分じゃない。今日は帰れ」
そういった瞬間だ。目隠しをされているアリシアがビクッとした。目こそ見えないものの何か動揺しているのは見て取れた。
「あ・・・その・・・」
罠の可能性がある以上乗るべきではない。俺は明らかに美味しそうな夜食に警戒していた。
「酷いな。アリシアがショックを受けてるよ。本当に裏はないんだよ。これはね、契約通りのことを履行していると同時に私達が安心したいからやってるんだよ」
「安心?」
「そうだよ。この街ではね、裏切りなんて日常茶飯事だ。私も何度も裏切られてきたし、死にたくないから裏切り返すことで生き延びてきた」
「それが?」
「だからね、無条件の善意なんて信用できないんだ。理由のわからない善意よりも私達の身体に欲望を感じて好き放題に貪る代わりに安全を保証してくれる。そういう理由のわかる契約の方が安心なんだよ。怖いんだ。多分そうじゃないだろうと思いつつも、急に君たちの気が変わって裏切られるのが怖いんだよ。単なる口約束なんて信用できないんだよ」
「・・・・・・」
なるほど、わからない話ではない。俺は悩んでいた。その時だ。
「メヲ ミテ ユックリ カンガエテ」
気付けば側まで着ていたカーネルが俺にそう告げた。そして部屋を出ていった。
「ワタシ モドラナイ ユックリ カンガエテ キモチ ダイジ」
カーネルはそう言って去っていった。
・・・・・・・・・・
目を見て考えろか。
ヨナの目からは何も読み取れない。以前と同じに見える。これは参考にならない。
「アリシアの目隠しを外してくれ」
「わかったよ」
アリシアの目隠しが外された。
その下にあったのは・・・不安や自分が俺にしたことへの罪悪感が綯い交ぜになったのだろう。酷く暗い目をしていた。
どこかで見たことのあるような目だった。
いつか見た詩音の目に似ていた。
俺がリサとの付き合いを辞めてほしいと責め立てた時に見た詩音の目だった。背もたれ兼抱き枕になることを断った時の詩音の目だった。
見ていて胸が痛くなる目だった。
困った。多分俺は断れない。詩音にこの目で見られたときに俺は要求を一切断れなかった。その目の奥にあるものを想像してしまったのだ。
この子はどんな人生を歩んで来たのだろう?どうしてそんなに辛そうな表情をしているのだろう?色々と考えてしまうのだ。
その時点でもう俺の負けだった。
人は全く知らない赤の他人にはどこまでも冷たくなれる。
だが相手のことを知ってしまえばしまうほどそうはできなくなるのだ。
・・・・・・・・・・
「わかった、ベッドに行けよ」
「わかってくれてありがとう」
俺はアリシアだけに許可を出したつもりだった。何故かヨナも一緒にベッドに寝転がっていた。
「・・・アリシアだけでいい」
「おや、つれない。前回はあんなに求めてくれたのに」
「そのうちな。理由はわかるだろ?」
「わかったよ。アリシアに優しくしてやってほしい。これでも可愛い妹なんだ」
「・・・わかったよ」
俺はヨナが部屋から出るのを確認した後、アリシアの寝ている横にゆっくりと移動した。
アリシアは前回と同じくガチガチに緊張していた。少しだけ笑いがこみ上げた俺は小さく笑った。




