1話 交渉
俺とカーネルは亡者の群れを狩り尽くした後、街の外で軽く食事をしていた。
「ドウゾ」
「ありがとう、カーネル」
リュックサックを置いた場所に戻って来た俺たちは缶詰のフルコースモーニングを楽しんでいた。
焼き鳥、ツナ缶、サバ缶、乾パン、缶コーヒー、ミネラルウォーター、桃缶。とりあえずカロリーの補給と消耗した肉体を回復させるタンパク質や水分を取れればいいや的なメニューだった。
無理もない。俺も大暴れしたがカーネルも大暴れしていた。街の周囲の亡者の死体の6割は槍によるものだが、残りの4割はカーネルの拳によるものだった。
俺は後先考えずに暴走して6割、カーネルは淡々と亡者を拳で粉砕し続け4割。この差は大きかった。
俺もだいぶ強くなったが、地力と戦闘経験で明らかにカーネルに負けていた。まだまだ先は遠い。八つ当たりの大暴れをしてちょっとスッキリした俺は淡々とそんなことを考えていた。
それにしても・・・缶詰微妙だな。不味くはない。不味くはないんだが、出来れば出来たての料理が食いたい。多分こんなことを考える時点でまだ甘いんだろうな。
カーネルは黙々と食べている。そこに不満は感じない。おそらく慣れているのだろう。何度もこんなことを続けて慣れているのだろう。本当に先はまだ遠い。
俺は黙々と朝飯を食べ続けた。
・・・・・・・・・・
「さて、次はどうする?」
「ヨウス ミル」
「様子?」
「マチノ ヒト ソシテ シロ ウゴキ」
なるほど。今まで街をぐるりと囲んでいた亡者を一掃したのだ。街の住人で逃げようとする人はそれなりに出るだろう。よそ者の俺たちは落ち着いてからまた戻った方が良い。腕っぷしで負ける気はもう無いが、罠にかけられるのはもう御免だった。
そして城の動きか。どう出るかな?これだけ近くで大暴れしたんだ。当然城にいる存在にもバレている。静観するのか、それともカーネルの予想通りに城から援軍を出すのか。どちらになるかによって俺たちの方針も変わる。
敵の動きがあるまではしばらくは様子見だな。
「カーネル、コーヒーもう一本いいか?」
「ドウゾ」
ありがたい。なんせ街の人間から受け取る食料が安全な保証はないからな。食料が無くなったら一度帰還することにはなっている。頻繁に行ったり来たりする気はないが、そこまでケチケチしなければいけないわけでもなかった。
グビリ、缶コーヒー独特の甘さやチープな味がわりと好きだった。さっきまで吸血鬼として大暴れをしていた。少しでも人間っぽいことをして少し落ち着きたかったのだ。
コーヒーの味をゆっくり楽しんでいたら、街から人が一人俺たちの元にやってきた。嫌なことに吸血鬼の視力は良い。朝だから体調は悪いし、夜ほどは見えないがそれでも余裕で誰かはわかる。
俺を罠に嵌めた女がいた。
俺の意識の無い間に両手を斧で容赦なく斬り落とした女がいた。ヨナがこちらに歩いてきていた。
・・・・・・・・・・
「・・・何か用か?」
「様子を見に来たんだ」
「そうか」
「元気そうだね」
「まあな、気分はおかげさまで最悪だがあれだけ暴れたら少しはマシだ。要件はそれだけか?」
「ちょっと話をしようと思ってね」
「・・・早く逃げたほうがいいぞ。城の動きがどう出るかわからない。逃げるなら今のうちだ」
「・・・随分と親切なこと言うね。裏でもあるの?」
「どう取るかは好きにしろ。俺は別に親切なんかじゃない。優しくもないし、いいやつでもない」
「・・・これでも酷いことをしたとは思ってるんだ。だからね、同じことをやり返されても文句は言えないと思ってる」
「・・・それで?」
「だから、様子を見に来た。戦っている姿を見たよ。凄く強かった。その上再生能力まである。私達では到底抵抗できない」
「・・・」
「私が無理やりアリシアにやらせたんだ。それはわかってほしい。私がアリシアを脅して冷静な判断力を奪ってやらせたんだ。本当はあんなこと出来る子じゃないんだよ」
「・・・」
「なんでもするよ。だから、私だけにしてほしい。私は命乞いに来たんだよ」
・・・・・・・・・・
はあ、そんなことだろうとは思ってた。誰かを攻撃したら反撃を受けて当たり前だ。この女はアリシアと違う。冷静に判断して俺を罠に嵌めることを決めて、冷静にアリシアの今後を考えて、アリシア本人に斧で足をぶった斬るようにしむけた。
なぜか?自分が死んだ後のことを冷静に考えていたからだ。
優しさは美徳だ。平和な世界限定だがな。
この女は優しいアリシアでは自分が死んだ後にまともに生きていけないと踏んでアリシアをある意味成長させようとしたんだろう。麗しい姉妹愛だな糞ったれ。そして今は俺たちに攻撃されないために冷静に交渉しにきたってわけだ。
「お前、病気なのか?」
俺はそんなことを聞いていた。
「いや、健康だよ」
違うのかよ。
「じゃあなんで自分が先に死ぬことを前提に考えている?」
「順番だよ」
「順番?」
「アリシアと話し合って決めている。どちらかしか生き残れないなら先に死ぬのは私だ。アリシアとテッドならアリシアが先に死ぬ。アリシアと話して決めたことだ」
はあ、聞いてて気がめいる。この女が心底悪人や単に狂った女なら敵としてとっとと殺していたかもしれない。あるいは報復として身体を好き放題嬲っていたかもしれない。
家族のために手を汚すことを決めた上に家族のために死のうとしてるやつを殺したり嬲れるかよ・・・家族を大事にしているやつは嫌いじゃないんだ。
はああ、気がめいる。なんて言おう?めんどくせえ・・・心底気がめいる。めんどくさいこと無しで気楽にエロいことだけして過ごしたい。だがそうはいかないよな。俺はカーネルの方をチラリと見た。
好きにしろ。そんなジェスチャーをしていた。俺が決めるのか・・・はあ、殺す気はない。この女の事情や気持ちを知ってしまった今、嬲る気も起きない。
「・・・別にお前らを殺す予定はない。嬲る気もない。逃げたければとっとと逃げろ。ああ、お詫びしたい気持ちがあるなら酒場と宿を借りるぞ。お前らが逃げたあとに勝手に使わせてもらう。詫び代わりに好きに使わせてもらうからな」
リュックサックの中に簡易の寝袋も入ってはいる。入ってはいるが、吸血鬼の俺に日光を遮るもののない平原で寝るのはきつかった。回復を考えたら街には戻らないといけないのだ。
「わかったよ、それで済むなら私としてはありがたい。酒場も宿もあるものは何でも全て好きに使ってくれ。どうかそれで許してほしい」
「ああ」
気がめいる会話だった。ヨナは街の方向に歩き去っていった。
相変わらず短いスカートだった。後ろ姿に一瞬ムラっとした。
やっぱ報復という建前でもう一回くらいやっておけば良かっただろうか・・・少しだけ後悔した。




