勇者編⑤日常
毎日訓練は続く。シオンとご飯を食べる。訓練をする。シオンとご飯を食べる。そんな繰り返しを続けていた。
「少しはお肉ついたかな」
僕はそう話しかけていた。
「はい、以前より健康そうになりました」
少し機嫌がよさそうに見えた。基本的にあまり感情を出さないタイプなのだが心配していたらしい。これでようやく標準体重とは言わないが結構痩せているくらいで通じる体型になったな。もう少し太らないと・・・槍は重いのだ。
シオンは・・・不愛想だが無感情というわけではないようだ。口にも顔にも出さないだけで多分色々考えているのだろう。ふとした時にこちらを見つめていることが多い。
ちっちゃな子の保護者か?とたまに思う時もあった。まあ、僕は小さいのだが、もう少し背丈が欲しい。140センチは・・・小さい。あと、10センチはせめて欲しい。ご飯食べないとな・・・そう思った。
「今日は少し多めにしてます」
「ほんとだね」
昨日までと比べると・・・二割ほど多い気がする。
「最初はお疲れのようでしたから。内臓に負担をかけないように少し減らしていたのです」
「なるほど。まあ、食欲はなかったね」
多分、日々の不摂生と殴られたりしていたし胃腸も弱っていただろう。そう考えると死が常にそばにあるような世界で以前よりも僕は健康なのか。少しおかしいな。
「お笑いになりましたか?」
「そう?」
僕は笑っていたらしい。
「いいことです。辛い時に辛い顔をして俯いているよりは笑えた方が良いですから。」
カラ元気も元気のうちだと。そう言っていた。
「そうだね」
僕もそう思った。不思議なものだな。
・・・・・・・・・・
「たまには休むのも大事ですよ」
シオンはあまり口出しをしてこなかったが、僕が無理をしていると感じたら止めに来る。確かに腕は疲れている。槍が重たい。
「わかったよ」
「はい、一緒にお茶でも飲みましょう」
僕らは静かにお茶を一緒に飲んだ。特に話さないが穏やかな悪くない時間だった。
「怖くないですか?無理をすることはないのですよ」
端的に聞いてきた。
「怖いよ」
「やめるのも選択肢の一つです。王様もお許しになると思います。あの方は・・・お認めになると思います」
「何かしてた方が楽なんだよ」
「そうですか」
「そう」
そんな会話をしていた。お互いおしゃべりなタイプではないがゆっくりとそんな会話のキャッチボールをしていた。僕とタイプがちょっと似てるのかもしれないな。
「そういえば・・・シオン、武器は持ってるの?」
「はい、そこそこですが。時間稼ぎ程度は出来ます」
城内では近衛以外の武器の携帯は許されていなかった。シオンはキョロキョロした後おもむろにメイド服のスカートを少しめくり内股に隠している短剣を見せた。
「なるほど、そこに隠してるんだね」
「はい、丸腰だと思わせて反撃すれば時間を稼げますから」
周囲に他に人がいたら不味い。そんな魅せ方だった。
「脚細いね」
「私も・・・食が細いのです」
なるほど。どうりで細身でスタイルがいいはずだ。胸は・・・どうなのだろう。着替えをしてくれる時に触れる胸は柔らかく感じた。
「お互いもっと食べたほうがいいね」
「そうですね」
こうしてまた一日が過ぎていった。
・・・・・・・・・・
「王様がお話があるそうです」
「そうなんだ?」
「はい、様子を見たいそうです」
大した用件ではないそうだ。ただ、王様は勇者のことを気にかけているようだ。呼び出した責任者だし気になるのだろう。
「わかったよ。いつ会えばいいの?」
「今晩はどうですか?」
「早いね」
「食事でもしながら話すのも良いだろう・・・そういうお話をされてました。私も同席するようにとそう申されました」
「わかったよ。マナーとか・・・大丈夫かな」
「大丈夫ですよ。そんなこと気にする余裕はありませんから」
マナーが楽なのはいいけど・・・それだけ切羽詰まった世界だと思うと・・・なんだかな。
・・・・・・・・・・
「うむ、少しは・・・この世界には慣れたか?」
「はい」
「うむ・・・」
王様は寡黙だ。相変わらず老木のような雰囲気をしている。疲れているのだろう。
「うむ、あまり無理をする必要はない。ないのだ。勇者は・・・希望ではあるが、同時にお伽話の存在なのだよ。呼ばれた勇者が世界を救った前例は存在しないのだ」
だから、あまり無理をするな。そういう話だった。
「何かしてる方が色々考えなくて楽なんです。無理はしません」
「うむ・・・」
王様はその後、何も話さなかった。納得してくれたのだろうか・・・。
シオンはやり取りを心配そうに見ながら部屋の端で静かに佇んでいた。授業参観を見に来た保護者か・・・ふとそんなことを思った。
帰りに城内で子供とあった。僕よりも小さい。小学校低学年くらいだろうか。
「・・・お前か」
生意気な口ぶりで話しかけてきた。あんまり相手はしたくない。
「弱そうじゃないか、なんだよ・・・」
よくわからないが、不機嫌なのはわかった。僕は静かにその場を離れることにした。
「ちくしょう・・・あんなやつに・・・」
そんな言葉が僕の背には聞こえた気がした。
「なんだったんだろね」
いつものごとく隣にいたシオンに聞いていた。
「子供は・・・色々と難しいのです」
シオンは淡々と流すようにそう言った。子育てしてる年齢には見えない。妹でもいるのだろうか。僕はそう思った。
・・・・・・・・・・
さて、シオンのことだ。気づけばずっと側にいた。一緒にいて楽な相手だった。人のことは言えないが大抵暗い顔をしていて無表情、それが基本だった。
見た目を言うと髪は綺麗な艶のある黒髪のロングだ、ほどくと背中の中央部分くらいまである。普段は綺麗にまとめて邪魔にならないように結っていた。初めて髪をほどく姿を見たのは一緒にお風呂に入った時だった。
そして、スタイルは細身でバランスが取れている。身長は・・・160センチくらいだろうか。僕もあれくらい欲しい。胸も綺麗だった。その上大きかった。
日本にいたらいい所のお嬢様かモデルさんとしてさぞ目を惹いただろう。端的に言ってシオンは怜悧な雰囲気を持った美人だった。ちょっと羨ましい。ドレスとか着たら似合うんだろうな・・・そう思う。
最近少しだけ距離が縮まった気がする。仕事で僕と接しているのだろうが悪い気はしなかった。しなかったんだ。
・・・・・・・・・・
シオンに反対はされたが戦場に出た。王様は困ったような反応だった。
「うむ・・・」
とりあえず反対はされなかったので、早めに実際に経験をすることにした。力も欲しかったんだ。
後悔した。思っていたよりずっと怖かった。
遠目で見た時も迫力はあったが・・・怖い。ゴブリンでさえ怖い。雲霞のように攻めて来る。弓でどんどん死んで減っているが・・・一部は抜け出して突っ込んでくる。
味方の兵士が槍で突いている。僕も同じようにしないと・・・僕は腕に力を込めて遮二無二ついた。
幸いちゃんと刺さった・・・手には・・・グジュゥッという嫌な感触だけが残った。
その後のことは正確に覚えていない。無我夢中で何かはしていたんだろう。気づけば嘔吐していた。初めての経験はそんな感じだった。
「初陣で死なないだけで十分だ」
一緒に戦った兵士にはそういわれた。初陣の死亡率は・・・高いらしい。
「よくやった。休んでくれ」
ぶっきらぼうだがそう指示をされた。
シオンはずっと側で護衛として背中を守ってくれていたらしい。後で聞いた話だ。
・・・・・・・・・・
「寝れないな」
嫌な感触が残っていて寝れなかった。僕はベッドの上で時間をつぶしていた。
コンコン
「はい」
「失礼します」
夜に来るのは珍しい。
「何か用?」
「初陣でした」
「そうだね」
「辛かったのを覚えています」
「シオンも?」
「はい、一人で朝まで震えてましたから・・・よく覚えています」
「そうなんだ」
「はい、戦いは・・・何かを殺すということは辛いことなのです」
「そうだね」
「お邪魔はしません」
「うん」
「ゆっくりお休みください。イスを借りますね」
「わかった」
シオンはイスを僕の寝ているベッドの側に移動させた。そして・・・
「手を」
「手?」
「はい、出してください」
僕は手を出した。シオンは優しく僕の手を両手で包んだ。
シオンはその後何も話さなかった。ただずっと僕の手を優しく握っていた。
気が付けば僕はそのまま静かに寝ていた。
朝目が覚めて見たシオンの寝顔は起きている時とは違って穏やかな顔をしていた。とても綺麗だった。




