勇者編④一週間後
異世界に転移してこの世界の戦争を見学してからあれから一週間が経っていた。
僕はしばらくショックを受けて呆然としていた。ただ、運ばれてくるご飯を食べて、寝る・・・それを一週間ほど繰り返していた。
この世界の現実を見せたい。そういう意図で魔王軍との戦いを見せると言っていた。見なければわからない。シオンや王様はそう言っていた。
シオンも王様も正しかった。彼らの意図通りに僕は自覚した、させられた。
この世界は絶望に満ちている。
僕が見てショックを受けたあの戦争だが、王様曰くあれは規模の小さい小競り合いらしい。毎週1回決められた曜日に魔王軍は攻めてくる。人類を嬲るように毎週毎週来るそうだ。
まあ、ある日ピタッと攻めて来るのをしばらく止めたりもするそうだが。人類側はそれを休戦期間・・・そう呼んでいるらしい。
王様はそう僕に伝えた。そう話す王様の顔はまるで何もかも崩れ落ちてしまう前の老木のようにも見えた。肉体自体は頑健そうに見えるのに・・・顔はそんな表情をしていた。
あるいは無表情だったかもしれない。見た目はまだ若いのだ。まだ四十代くらいに見える。聞いても年齢は教えてくれなかったが王様からは凄く年を取った印象を受けた。
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僕は考えた末に訓練に参加することにした。元の世界で武器を振るった経験などない。暴力を振るったこと自体があの出来事が初めてだった。この世界で生き残るには力が必要だった。
「初心者に向いている武器を教えて欲しい」
僕はシオンにそう尋ねていた。
「弓か・・・槍でしょう。」
シオンはそう答えた。理由も聞いた。
「どうしておすすめなの?」
「距離を保って攻撃できるからです」
なるほど。
「生きているものを殺すということは思っていたよりも嫌なものです。相手が敵だと頭でわかっていても・・・人間はそんなにうまく出来ていません」
「・・・肉を刺す感触や叩き潰す感触というものは決していいものではないのです」
シオンは静かにそう呟いていた。
「それに、目の前に近づいて来た敵というものは怖いものです。敵が近づけば近づくほど恐怖を感じるでしょう。私も・・・そうですから」
「何かを殺すという罪悪感と目の前の敵へと感じる恐怖、それを少しでもマシにするには距離を取ることが肝要です。槍か弓をお勧めします。それと・・・無理に戦う必要は・・・ありませんから」
シオンの話はそれで終わった。最後の呟きは小さかった。理由はわからないが本心のように聞こえた。
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護衛兼世話係のシオンにまずは弓の使い方の基本を教えてもらった。他の兵士たちも教えてくれた。
「当たらないな・・・」
的を狙って撃つのだが当たらない。そもそもまともに飛ばない。シオンや兵士の人からははっきりと言われた。あまり弓の才能はなさそうだと。どんな武器でも使えるチートな能力に目覚めたりしないか?そんな淡い期待を抱いていた僕は少しだけ凹んだ。
考えた末、弓は止めることにした。向いていないということと、仮に上達したとしても他の一般の兵士の人と戦力的にはあまり変わらない・・・そんな事態が予想できたからだ。兵士が一人増えても魔王軍との戦争では焼け石に水だろう。そんな判断だ。強い力がいる。
未だ僕の能力は目覚めていないし能力の内容もわからない・・・ただ、弓よりは槍の方がいい。そんな気がしたのだ。
まだ、槍はましだった。難しいと言えば確かに難しい。そもそも僕の体格は細身だった。元の世界ではあまり運動をしていなかったし、食も細かった僕は言うなら痩せっぽちのみすぼらしいただの子供だったのだ。
栄養失調でお腹がポッコリとした餓鬼のような姿・・・とまでは言わない。言わないがそれに近いものはあった。元の世界で友達が出来なかったのも当たり前と言えば当たり前だろう。性格は暗くてろくに話さない上にそんな姿だ・・・不気味で関わりたくなかっただろう。
あのお兄さんはどうして僕に何度も関わろうとしたんだろうな・・・今となっては確かめることもできないけど。
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ふう・・・疲れた。訓練は定期的にやることにした。この世界は厳しい。戦う力が無いとあっさりと死ぬし力があっても運がなければあっさりと死ぬ。そんな世界だ。一応シオンが護衛しますとは言っているがどこまで信用していいのかはわからなかったのだ。
「ご飯にしましょう。」
そういってご飯を二人分持ってきた。どうやら今日からは一緒に食べるようだ。僕とシオンは何かを話すでもなく静かに昼食を食べた。相変わらず味はしなかった。
食べて少し休憩をした。身体はまだ疲れている。なんせ体力はないのだ。
「何か簡単に読める本はない?それかこの世界のことを教えて欲しい。」
僕はそう聞いた。
「では、私がお話しますのでそのままでお聞きください。」
シオンは相変わらず静かにそういった。
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この世界には大きなとても大きな穴があいているらしい。その穴にはものすごく大きな大木が生えているそうだ。大きさは・・・少なくとも何十キロメートルといったサイズらしい。測った人はいない。正確に測れるような技術はないそうだ。
そして穴の底は見えないくらい深い。当時ものすごく強い上に度胸もあった人が見に行ってもたらされた情報だそうだ。
穴の周囲には謎の化け物がうろついているらしい。そして、見つかれば問答無用に殺される。これは人類に対してだけでなくて、魔王軍にも襲い掛かるらしい。いうなら無差別に近づくものを殺す・・・そんな化け物たちが穴の周囲にはうようよいるそうだ。その人は人類最強の存在に近いものすごい強い人だったが、なんとか命からがら逃げだした・・・そんな危険な場所があるらしい。
「近づいては行けませんよ」
シオンは絶対ダメですからねといった表情をしていた。
後は竜の伝説も残っているそうだ。もう少なくとも何百年も見かけた人はいないそうだが。そういえば魔王もそうだったな。
「数百年も魔王は姿を現していないそうだけど、死んでいる可能性はないの?」
僕はシオンにそう質問した。
「・・・わかりません。確認した人はいないのです」
死んでいるといいな・・・僕はそう思った。なんせ既にハードモードな世界だ。魔王に出てこられたらさらに難易度が上がる。無理無理。
「死んでるといいね」
「はい、そう思います。この世界は・・・とても厳しいですから」
シオンの表情は硬かった。
「勇者って何?」
僕は次に気になったことを聞くことにした。
「異世界から他者を呼び出す方法があるのです」
端的にそう答えた。
「どんな方法?」
「特殊な方法です。秘匿されていますし、私には・・・答えられません」
口は堅いようだ。
「話せる範囲で話して欲しい」
「異世界から召喚された者は力を得るのです。どんな力かはわかりません。ただ、世界を救うことに繋がる力が宿る・・・そういう風に言われています」
となると僕にも力は宿っているのか。
「力は判別できないの?鑑定みたいな方法は?」
「他者の力を見ただけで判別できるような能力は無いのです。すくなくとも国内では確認されていません。私が知る範囲の・・・話ですが」
なるほど、不便な話だな。異世界転移だと大抵鑑定はセットなんだが。
「自分の力を判別する方法も?」
「同じです。」
ステータスも無いらしい。ますます不便だな。
「力を引き出す方法は?」
「戦い続けるうちに気づくことが多い。そう言った風に言われています」
なるほど。まあ、そりゃそうだ。見えないだけでレベルや熟練度でもあるのかな。
「その言い方だと今までの勇者はどうだったの?どれくらい強かったの?」
「一番強い勇者は・・・魔王軍の軍団長と相打ちで死んだと言われています」
「軍団長?」
「はい、軍を率いる責任者ですね。数は知りませんが複数いるそうです」
「一番強い勇者と互角の存在が何人も?」
「はい、そうです」
本当にハードだな。ナイトメアモードかもしれない。
「今までの勇者はどうなったの?」
「全員死にました。生き残った者はおりません」
暗鬱な気分になった。
僕は話をする気をなくし、その日はもうゆっくり休むことにした。シオンは静かにお休みなさいといって部屋を出て行った。疲れた・・・何も夢は見なかった。




