勇者編③敵と世界と戦争
王様の話を整理するとこうなる。
この世界には敵がいるらしい。他にもいるが第一に挙げられるのは魔王軍と呼ばれている存在だ。実にわかりやすい、物語ではよく出てくる設定だった。
魔王軍のトップは吸血鬼だった。滅多に戦場には姿を現さないが、姿を現した時には甚大な被害が出たらしい。魔王の力は凄まじく毎回万単位の死者が出て軍隊は壊滅し、ある程度暴れると領地に帰っていく・・・そんなことをもうずっと気の遠くなるほどの間繰り返していたらしい。
幸いしばらく魔王は現れずに大人しくしているようだが出ればどうしようもない相手。そんな化け物だった。
ちなみに魔王は千年前にはいたそうだ。最低千年は生きている。そんな化け物だ。
この千年の間に何度も魔王に人類は戦いを挑んだ。人以外の化け物連中も魔王に戦いを挑んだ。
だが全て敗北した。別に戦いを挑んだものが弱かった訳ではないらしい。魔王に匹敵する力の持ち主は人類にも化け物連中にもいたそうだ。
当たれば必ず殺せるようなそんな初見殺しの反則じみた武器を持っていたやつもいたらしい。だが、魔王には通用しなかった。なんだろう、ボス属性でも持っているのだろうか。
人類は魔王を倒すために過去の伝承などを研究していた。その結果わかったことがある。
「魔王には心を読む能力あるいは予知能力がある」
直接目で見て確認した訳ではないが、過去の伝承などを分析した結果そう判断したようだ。まあ、予知能力なんか目で見えるものでは無いから確認しようもないのだが。魔王もわざわざ能力をバラさないだろうし。
本人しか知らない秘密の技や武器そんな切り札が魔王の前では通用しない。切り札を放っても的確に躱されたり防がれる、あるいは切り札を放とうとした予備動作の時点で切り札を潰される。
そんなことが何度も毎回毎回続けば流石に偶然とは思えない。魔王にはそんな反則じみた能力があると判断されていた。ただでさえ化け物染みて強いのにチート染みた能力も持っている・・・ちょっとどうしようもないと思う。
魔王に匹敵する実力者たちは魔王のそんな反則じみた能力の前に敗れ去った。
人類は必死に魔王の弱点を探した。その結果わかった情報がある。
「魔王は眠ることを畏れているらしい」
そんな情報だった。理由はわからない。だがほぼ確定と見なされていた。
それは魔王の調査をするために潜入した際に判明したことだ。もう何百年も前の話らしいが。
魔王は常に眠らずに起きていたらしい。眠りが不要なわけではなく、眠らないようにしているのだ。周りには常に部下が何人もいて、魔王が力尽きて眠ろうとすると慌てて起こそうとしていたらしい。揺する程度ではない・・・なんでも手に持った武器で攻撃をしていたらしい。痛みで無理やり目を覚まさせるのだ。
「「「起きてください!!」」」
と言いながら必死に殴ったり刺したりするのだ。
明らかにおかしい。普通、魔王にそんなことをしたら裏切りと判断されて殺されてもおかしくはない。
だが、そんな起こされ方をした魔王は決して怒ることもなく穏やかに側近達にこう言うのだそうだ。
「ご苦労だった」
魔王は眠ることを畏れている。人類は命がけで潜入して得たその情報からそう判断した。
もう何百年も前に得た情報だった。昔過ぎてあまりあてにはならないが人類には他に頼れるものはなかった。
人類は藁にも頼る思いで・・・魔王を眠らせる「眠りの力」を持つものをずっと探していたらしい。
人類と魔王軍の戦いは苛烈だ。毎回犠牲者が大量に出るらしい。
人類と魔王軍の戦いの趨勢は魔王軍の方に大きく傾いていた。
王様が言うには魔王軍の戦力が10としたら、人類の戦力はかなり甘く見積もって1らしい。
滅ぼそうと思えば魔王軍はいつでも人類を滅ぼすことが可能だ。そんな状態らしい。なんだろう・・・舐めプでもしてるのだろうか。
昔はもう少しましだったようだ。
当然、強い味方もいた。魔王に匹敵するほどではないが一騎当千の味方もいた。だが、長引く戦いで戦死したり、寿命で亡くなったりして、千年前から生き残っているような存在は伝説の中に数えられるほどしかいないそうだ。
この国はそんな絶望的な戦いの中、僕を召喚した。王様は苦悩に満ちた表情でそう言っていた。
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「お食事はお口に合いましたか?」
女は昼食の済んだ僕にそう語りかけていた。
「悪くないよ」
味はしなかったがそう答えた。
昼食が済んだ後に女と少し会話をした。
僕が嫌でなければ・・・が前提だがこの女は僕の世話係兼護衛になるらしい。ちなみに、この国に余裕は無い。メイドの服装を着ているこの女も戦場に出たことは何度もあるそうだ。
元の世界で誰とも仲良くなれなかった僕だが生きていくには情報がいる。この女とは仲良くした方が良いだろう。それにこの女は常に一歩引いて接してくる。静かな落ち着いた雰囲気をしていて僕としては付き合うのが今のところ楽な相手ではあった。
「わかった。よろしく」
僕はそういった。
それから二日ほど女と色々話したり・・・本を読んだり静かに過ごしていた。そんなある日のことだ。
「三日後に魔王軍が攻めてきます」
女は三日後の天気は雨ですよといった様子で僕にそう伝えた。ちょっとビックリした。飲んでいた紅茶を噴き出した。
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「三日後に魔王軍が攻めてきます」
女はポケーーっと間抜けにも口を開けてビックリしている僕にそう言った。なんだろう大事なことだから二度言ったのだろうか・・・確かに大事ではある。
僕は昼食後に飲んでいた紅茶を口から思わず噴き出していた。少しだけ自分の服に紅茶がかかった。
女は何事もなかったかのように手に持ったハンカチで丁寧に僕の服を拭いた。その後、雑巾を持ってきて跪いて床も拭いていた。
戦いがあるのは知っていたが初耳だった。なんでそんなに正確な日付がわかるのだろうと混乱した。あと、召喚されて何の力も無い上に何も訓練もしていない身でいきなり魔王軍は勘弁して欲しかった。ちょっとハードモード過ぎないだろうか。もっとイージーモードにして欲しい。さすがに積極的に死にたい訳ではないんだ。
あの時は別に車に轢かれても良いとは・・・漠然とは思っていたが。
内心焦りつつ話を聞くと戦いに直接参加はしなくて良いらしい。ただ、嫌でなければ見学はして欲しい、そんな話だった。
この世界の現状を理解してもらうためには必要だと女は話していた。もっともな話だと僕は頷いた。
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この国の兵士の訓練を少しだけ見学した。武器は中世をイメージしたらわかりやすいだろう。
金属で出来た剣、槍、斧、木製の槌、弓、投石器など元の世界では使わなくなった過去の武器を兵士たちは振るっていた。武器を振るう兵士たちの表情は真剣だった。
防具は革製の鎧のようなものを纏っていた。金属の鎧は重い。重いとその重量に耐えられず動きが遅くなる。防御力よりも武器を振るう動きの速さや回避を優先しているようだった。そもそも資源も豊富ではないのかもしれない。
目の前に見える兵士たちの年齢はバラバラだった、成人したくらいの若人もいれば、元の世界でいうと後期高齢者じゃないのか?と思うくらい年を取った老人もいた。
逆に僕と同じ中学生くらいの年齢の少年や少女もいた。数は少なかったが・・・。
女に話を聞けば全員志願兵らしい。完全に訓練を受けた兵士ほど強くはないが、そこそこは役に立つらしい。
普段は別の仕事を持っているかあるいは学校に通っている。彼らはそういった兵士だった。
勿論彼らとは別に専業の兵士もいる。王を守る近衛もいる。今日見学したのがたまたま志願兵だった。それだけの話だ。
訓練はとても厳しそうだった。志願兵達は拙い動きだが真剣だった。
ちらほらとこちらを不思議そうに見る視線があった。見学する人が珍しいのだろうか?しばらく見学した後、僕と女は特に話すこともなく無言で立ち去った。
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次の日、僕は平地の戦場を少し離れた城壁の高台から見学していた。
魔王軍の軍勢は人類よりも膨大な数だった。あの軍勢十万くらいいるんじゃないか・・・?これだけの戦力差でなぜ城壁に立て籠らないのだろう?不思議だ。
平地に簡易につくったような陣地は敷いている。敵の動きを阻害するために木で作った柵もある。あるのだが・・・僕のいるこちらの場所で戦った方が有利に戦えるように思えた。何か戦略上の理由でもあるのだろう。素人にはわからないな。
国王様は戦力比10対1と言っていたがもっと酷い比率かもしれない。
こちらはギリギリ一万いるかいないか、そんな戦力比だった。
魔王軍の軍勢には多種多様な敵がいた。僕は女から借りた遠眼鏡でじっくり敵を見ていた。
わかりやすい言葉で例えよう。
一番多いのはゴブリンだろうか・・・。まだ小さい子供くらいのサイズ。身長120センチ位だろうか。皮膚は濁った緑色をしていた。そして手には多種多様な質の悪そうな武器を持っていた。
錆びたように見える・・・ナイフ、短剣、剣、槌、弓、石を持っているやつもいる。当たれば軽傷でも破傷風になりそう・・・そんな危険を孕んだ武器だった。
ゴブリンは身体に防具はつけていなかった。粗末な襤褸切れだけを纏っていた。
さて、魔王軍の陣地を見ると数千どころか数万単位のゴブリンがいた。他にも色々いるが。そして、なんの宣言もなく先兵としてゴブリンが何千匹も勢いよく攻めてきた。
戦いが始まった。幸いゴブリンの知能や戦闘力は低いようだ。防衛側の兵士が立てこもる簡易に作られた陣地に何も考えていないかのようにドンドンと突っ込んでくる。そして兵士が斉射した弓にあたり次々と倒れていった。
うん、防御力は低いな。
そして、弓に当たらずになんとか陣地までたどり着いたゴブリンも陣地に設けられた木の柵に引っかかったり、登ろうとするところを槍で貫かれてあっさりと死んでいた。
柵を突破で来たゴブリンはごく一部だった。そしてその突破したごく一部のゴブリンも中で待ち構えていた兵士に斬られたり、潰されたりしてうまく処理されていた。
そんな戦闘が30分も続いただろうか。
多分ゴブリンは既に数百匹は死んでいるだろう。陣地内や周辺は死体が多すぎて動きがしづらそうだ。ちょっとした障害物だな。
一匹の戦力が弱くとも攻めてくる敵の数が多いのはそれだけで脅威だ。そして戦いが続けば続くほど防御側の疲労は溜まりミスが起きやすくなる。
ミスが起きた。
最初は陣地にたどり着いても簡単に駆除されていたゴブリンが、ピョンピョンと兵士の振るう剣を避けて頭に飛びつくことに成功した。
飛びつかれた兵士はバランスを崩して倒れた。そこにゴブリンの群れが何匹も何匹も飛び掛かって来た。兵士は錆びた槌で殴られ、錆びた剣で刺され・・・おそらくは死んだ。断末魔の叫び声を上げる瞬間もなく・・・一瞬で兵士は死んだ。
そんな光景は戦闘が続くにつれて少しずつあちこちで増えてきた。
それでも人類は戦闘を続けていた。周囲で死人が出ても、動揺を見せず、表情に余裕は無いがたたひたすら耐えるように手に持った武器を振るっていた。各人が各人必死に自分の持ち場で戦い続けていたんだ。
そして、いつまでも続くかと思われた戦闘に変化が現れた。
今攻めて来ているのはゴブリンだけだったのだが、魔王軍の陣から新手が登場したのだ。陣地にはまだまだ敵がいた。攻めて来ているのは目の前にいる魔王軍のごく一部の敵なのだ。
次に現れた敵は・・・わかりやすくいうとトロールだろう。サイズは目測だが4メートルくらいあるだろうか。
大きい・・・そして分厚い。
ただひたすら腕も胴体も分厚い。槍で刺したり剣で斬ったくらいでは死にそうにない。そんなサイズの見た目は豚に似た化け物だった。
一匹だけだったがトロールはゆっくりとゆっくりと鈍い動きで近づいてきた。指揮官が合図を出すと、兵士の行動が変わった。ゴブリンを狙っていた弓はトロールを狙うようになった。
幸いそれほど防御力は高くない。高くないのだが・・・やはり矢が刺さった程度では動きが止まらなかった。矢が刺さっても大してダメージを受けていないのかゆっくりとゆっくりと兵士のいる陣地に近づいてきた。
大きさは・・・近づいて来ると余計に大きく見えた。
トロールが木で出来た柵にたどり着いた。たどり着いてしまったんだ。トロールはゆっくりと腕を持ち上げた。そして振り下ろした。振り下ろしただけなんだ。
柵と地面が爆発した・・・そんな風に思えた。
柵の一部があっさりとまるで軽いものが飛ぶように吹き飛んだ。そして、その隙間からトロールは中に入って来た。
間髪入れず兵士が槍で刺した。刺さったんだ。でも、トロールは先ほどと同じように腕をゆっくりと振り上げると・・・そのまま振り下ろし兵士の頭を吹き飛ばした。頭どころか全身吹き飛んだ。
うわあ・・・ひどい。
一瞬動揺が走った。だが、兵士は次々と巨体を持つゾウにアリが集団で戦いを挑むかのように剣で槍で弓で攻撃を仕掛け続けた。
トロールの動きは鈍かったが耐久力が半端ではなかった。何回も何回も刺されたり斬られたりして当然あちこちから血も出ている・・・だが、変わらず腕を振り下ろしたり振り回したりして好き放題暴れていた。
そのまま十数分暴れ続けただろうか・・・ズウウウウウウンという大きな音を立ててスイッチが切れたようにトロールは倒れた。トロールの周囲には死体があちこちにちらばっていた。何人死んだんだろう・・・ぐちゃぐちゃになっていて・・・わからない。
一匹であれか・・・まるで悪夢みたいな光景だ。しかも魔王軍の陣地を見るとトロールはいくらでもいる。
その時、戦場に何かの合図のような音が響いた。音は魔王軍側から鳴り響いていた。新手が来ると不味い・・・そう思っていた。
魔王軍は何故かそこで攻撃を止め、そのままその場に残された遺体を引きずって引き上げていった。魔王軍側の遺体も人類側の遺体も近くにあるものは全てだ。ぐちゃぐちゃになった死体もゴブリンが拾い集めていた。
人類側の残された兵士達は・・・もうそれを止める気力もないのか静かにそれを見続けていた。
僕のこの世界の戦争の見学はこうして終わった。
後から王様から聞いた話だ。
「あれは単なる小競り合いだ」と。あの戦争が小競り合い。
・・・これが今後僕が生きていくこの世界の現実だった。




