勇者編①いつか至ってしまった誰かのバッドエンド
この世界は絶望に満ちている。
最期の戦いが始まってどれくらい経ったのだろう・・・。
身体は何が何でも殺すべき敵や邪魔者を傷つけた返り血と自分が流した血で全身血まみれになっていた。
四つ巴の戦いを続けるうちに何度も全身はボロボロになった。ただの人間ならもう何度も絶命していた。
手に入れた力の回復力は凄まじかった。
まだ完全に力を使いこなせているわけではない・・だが、無限のように湧き出てくる憎悪が手に入れた力を後押ししているのか何度切り刻まれても燃やされても殴られようとも、たとえどんな攻撃を受けようとも回復した。
敵も強かった。
無限に近い回復力を持ってしてもたやすく倒せる相手ではなかった。
戦場でまだ生きているものは自分以外に3人いた。
一人は片膝をついていた。
腕を切り落とされ武器も握れなくなり力を失いながらも諦めてはいなかった。何かを必死に叫んでいた。
もうどうでも良かった。
もう一人は傷口を抑えながら肩で息をしていた。苦しそうだった。身体に己すら傷つける黒雷を過剰に纏いながら殺すスキを伺っていた。一瞬でも油断すれば殺されるだろう。恐るべき敵だった。
傷つきながらも目はまるで獣のようにギラギラとしていた。
自分も化け物だが、こいつの目ももうただの獣だった。
自分と同じくこいつももう死ぬまで止まらないだろう。殺すか死ぬか、あるいは両方か。
全てを滅ぼすまでは止まらない、そんな顔をしていた。まるでこの世の全てを恨んでいるようだった。
あるいは哀しくて哀しくて仕方がない・・・そんな絶望に染まった顔だった。
最後の一人は平然と立っていた。
無傷なわけではない、何度も傷を受けながらも傷を負う度に自らの持つ力で傷口を焼いて無理やり出血をとめ、戦い続けていた。傷を負う度に自らの傷口を焼いて全身は火傷だらけだというのにその表情に焦りはまるでなく、まるで今から散歩に向かいますとでも言いたげな表情だった。
この場で一番殺したいのはコイツだった。何かを殺すことしか頭にない狂った狂信者が!出会った時に殺しておくべきだった。心底思う。出会った時に殺しておくべきだった!殺す殺す殺す・・・必ず殺してやる!
苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて後悔させて後悔させて後悔させて後悔させて殺してやる。
コイツを殺せるならば自分自身がどうなっても良かった。
強かった。
何年も振るい続けた相棒である槍を敵に向かい振るった。躱された。致命傷だけは避けるように避けられた。当たってもすぐに傷口は炎で焼き塞がれた。
むしろ自分が攻撃を受けた。
強かった。
何に替えてでも殺すという意地だけでは何をしてもギリギリで届かない。そんな実力差を感じた。
相手も余裕というわけではない、さっきよりも傷は明らかに増えている。
だが、それでも・・・表情は変わらぬままだった。
その顔を見ていると、憎悪の炎に火が着いた。
もうとっくの昔に事態は後戻りは出来ない所まで進んでいた。
理性で止まるには大事なものを喪い過ぎた。
喪ったことが哀しくて哀しくてもうどうしようもなかった。
それでもあるいは止めた方が人間として賢い行いなのだろう。
だが、沸き立つ憎悪が、死んだ大切な者の顔を思い出すと槍を振るう手は止まらなかった。
・・・もうただの獣で良かった。
ただの化け物でも何でもよかった。
もうどうでも良かった。後先考えずに手に入れた力を最大限に暴走させた。
全員しぶとかった。
どいつもこいつも化け物だった。
何かを叫んでいた男がまず最初に攻撃を受け吹き飛んだ。
生死不明だが確実に戦線離脱した。
自分と平然としている最後の一人が全力で攻撃を打ち合っている間に入り運悪く巻き込まれ両方の攻撃をもろに食らった。壊れた人形のように吹き飛びそのまま落ちた。
あるいは無益な戦いを止めようとしたのかもしれない。
何かを叫んでいた男には何も恨みはない。
わざわざ戦場で手当をしてやる気は起きないが、追撃してトドメを刺す必要もその気もなかった。
出来れば生きていてほしいとも思った。
戦いはひたすらに続いた、四つ巴から一人脱落し三つ巴の戦いが無限に続くかと思った中、肩で息をしていた男が平然としている最後の一人の攻撃を食らった。
即死ではないが、瀕死だろう。
内臓が破裂していてもおかしくない。
そんなレベルの攻撃を受けて肩で息をしていた男は地面にあっさり崩れ落ちた。
最後の一人はそれを見届けると、躊躇なくトドメを刺した。頭部が粉砕された。粉砕された頭部が勢いよく散らばった。
明らかに即死だった。
肩で息をしていた男には自分は何も恨みはなかった。
・・・殺す気は無い相手だった。
自分が殺したいのは最後の一人だけだった。
「殺してやる」
力が湧いた。
最後の一人はトドメを刺した状態で悠然と立っていた。一瞬でも早く殺したい不倶戴天の敵だった。自分自身の家族の敵だった。
破裂しそうなほど強く地面を蹴り、最後の一人を殺すため飛びかかった。
「お前は一秒でも早く死ね!!」
相打ちでいい。
必ず殺す。必殺の意志を込めた跳躍だった。
自分の声に反応した最後の一人がゆっくりとこちらを振り返った。
殺した直後だというのに、その顔からは何の達成感も感じられなかった。普段通り、そう言いたげな顔だった。
更に憎悪と力が湧いた。1秒でも早く殺したかった。
生きているのが許せなかった。
相打ち覚悟で防御など考えずに槍を振るった。
最後の一人はなんの抵抗もなく棒立ちだった。
そして何も抵抗をせず槍に貫かれた。
グジュ・・・という人の柔らかい身体を貫く気持ちの悪い感触だった。
まるで槍を自分から受け入れたかのようだった。
巫山戯るな!舐めてるのか!と怒りが湧いた。気付けば感情のままに叫んでいた。
「早く死ね!お前を今まで殺さなかったのが今までの人生で最大最悪の失敗だ!あの場所で出会った時に殺しておくべきだった!見捨てるべきだった!俺は見捨てるべきだった!何で俺はお前なんかに出会ってしまったんだ!何でだ!なんでだ!あああああああ!死ね!死ね!死ね!早く死ね!1秒でも早く死ね!お前は家族の敵だ!愛した家族の敵だ!よくも殺してくれたな!何の罪があった!?ええ!?何の罪があったんだ!?何故殺した!何故殺した!?早く死ね!1秒でも早く死ね!死ね死ね死ね死ね死ね!」
「どうした!?反撃してみろ!反撃してみろよ!ハハハハハ!無様だな!もうそんな力もないのか!残ってなかったのか!今すごく嬉しいぞ!少しだけだが溜飲が下がったぞ!ゆっくり死ね!せいぜい苦しんで死ね!俺にお前の苦しむ顔をじっくり見せろ!後悔しろ!血も涙もない俺以上の化け物が!人間のフリをした化け物が!産まれてきたことを後悔しろ!呪ってやる!お前を呪ってやる!呪ってやる!お前がたとえ生まれ変わっても殺す!見つけ次第殺す!お前は存在自体が邪悪だ!産まれて来るべきではなかった存在だ!必ず殺してやる!それが嫌ならばとっとと死ね!永久に死んでしまえ!死ね!早く死ね!永久に苦しめ!」
散々罵倒され槍に貫かれたままでも最後の一人の表情は変わらなかった。その時、最後の一人の手がゆっくりと自分の方に伸びた。
自爆覚悟の何かの攻撃かとも思ったが、その手の動きには攻撃の意思は全く感じなかった。
数々の戦場を乗り越えて鍛えられた直感でも危険は何も感じなかった。
最後の一人は自分の手を掴んでそのまま離さなかった。ボソボソと何かを呟いた気がする・・・だが、もうろくに話す力すら残っていなかったのだろう。
最後の一人が呟いた言葉は自分の耳には届かなかった。
力なく僅かに開かれていた瞼が閉じた、そして最後の生命が尽きたのだろう。自分の手と最後の一人の手はどちらからともなく離された。
炎が燃えていた。
最後の一人の心臓付近から突然噴き出した炎が燃えていた。それは全てを焼き尽くす何の感情も感じられない合理的な無慈悲な炎だった。
炎は最後の一人の肉体を一欠片も遺さずに全てを灰にした。
そこには何も残るものはなかった。
しばらく呆然としていた。
もう何もかも失っていた。戦いが始まる前はまだ人間だった。
かろうじて人として生きていた。
今の自分はもうただの獣と化した化け物だった。
ふと、あたりを見回すと何かを叫んでいた男はまだ生きている様子だった。
生きているなら治療をしてやる。
もう手遅れなら死ぬのを見届けてやる。
そんな気持ちで何かを叫んでいた男の下へと足を進めた。
致命傷だった。
もう手遅れだろう、だがそれでも男は生命を振り絞り何かを叫び続けようとしていた。
ヒューヒューっと言う壊れた音しかしなかった。
男の目はもう何も見えてはいないようだった。
それでも男は何かを誰かに伝えようとしていた。
「お前が死ぬまでここにいるよ。遺言くらい・・・聞くよ」
男を見ながらそう言った。
男は最後までヒューヒューっと最初から最後まで同じことを伝えようとしていた。
哀しい声だった。
誰に何を伝えようとしていたのかは最後までわからなかった。あるいは昔の自分なら気付けたのかもしれないがもう何もかも手遅れだった。
男の命が尽きるのを見届けた後、男の遺体を抱き上げて遺体を埋める穴を掘った。
抱き上げた身体をこれ以上傷がつかないようにゆっくりと下ろし、上から土を優しくかけていった。
肩で息をしていた男の頭部は粉砕されていて無惨に散らばっていた。いくらなんでも哀れ過ぎる最期だった。こんな死に方をしていい男ではなかった。
できる限り粉砕した頭部を拾い、遺されていた肉体の部分と一緒に穴を掘って先ほどと同じように埋めた。
通常の方法で埋葬はしたものの、全力で容赦なく殺そうとした相手だ。
埋めるだけは良くとも、あいつらの冥福を祈るような資格は自分にはもうない。
無言で最期の戦場を立ち去った。
生き残った自分にはもう何も残っていなかった。
無言でしばらく力なく立ち尽くした後、フラフラと彼方へと去るしかなかった。




