サイドストーリー ある男の子供時代
とある所にある男がいた。
男は子供の頃から小狡い卑怯者だった。そんな男を好いてくれる人間はいなかった。男に両親はいたが、男に関心を払うことなく、いないものとして扱われていた。
男には弟がいた。10歳ほど歳の離れた弟だった。男ははっきりいって弟が好きではなかった。無邪気に自分になつく弟を見ると嫌な気分になったのだ。また、歳が離れていると考え方や遊び方も違う。遊んでいて楽しくもなかったのだ。
弟が好きな遊びはかくれんぼだった。弟はよく男にかくれんぼをせがんだ。言うことを聞かないと泣き喚いてせがんだ。大抵は無視していたが、あまりにも泣き声が煩いと両親から男も怒鳴られていた。
男は仕方なく弟と遊んでいた。黙らせるために仕方なく遊んでいた。
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ある日のことだ。珍しく両親が笑顔で男に声をかけた。
「今まで冷たくしてすまなかった。仕事がうまくいかなくてな。だがようやくうまくいったよ。これからはその・・・いっぱい話をしよう。その・・・ご飯でもどうだ?お前の好物を買って来たんだ。好きだったろう、肉のたっぷり入ったシチュー」
父親は不器用ながらも何か重たそうな袋を持ちながら男に話しかけていた。父親が持つ袋からはチャリチャリとした金属の音が聞こえた。母親は横で心配そうに父の側に立ち父の手元を見ていた。
男はそれを聞いて思っていた。今更なんだよ・・・もう遅いだろ。もうガキじゃないんだぞ俺は。
最初は断ろうと思った。だが、嬉しい気持ちもあったのだ。期待など大してしてはいなかったが、もしかしたら自分のような人間にも少しはまともな親子関係が築けるのかもしれない。そんな期待をした。
男は・・・しぶしぶと内心は少しだけ喜んで家族一緒に料理を食べた。家族で一緒に食べる料理は男をとても温かい気持ちにしてくれた。おそらく男の頑なな心をほぐしたのだろう。気づけば男は眠りについていた。
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「よしよし、うまくいったな」
父の声がした。仕事でもうまくいったのだろうか?
「ええ、本当に良かった」
母の声がした。やはり良いことがあったらしい。いいことだな。明日からは昨晩の料理とまでは言わないが普段からもう少し美味しいご飯が食べれるといいのだが・・・そんなことを考えていた。
男は身体を動かそうとした。なぜか動かなかった。男の両手両足は荒縄で縛られていた。身動きが出来ないように縛られていた。
「ど、どういうこと?」
「ああ、おはよう。いい朝だな」
父が笑顔で声をかけてきた。どうやら何かいいことがあったのは確定のようだが、なぜ俺は縛られているんだろう?
「父さん、ほどいて欲しい」
「うん?そんな酷いことできないぞ?ほどいたら両手両足の腱を切らないといけないじゃないか。少しの間なんだ。我慢しなさい」
「ええ、本当です。そんな可哀そうなことはしたくありません」
ぞっとした。両手両足の腱を切るだって?まさか・・・?
「じゃあ、行くか。家族のおでかけだ。少しだけ準備をするから待っていなさい」
両親は上機嫌にそう言って去って言った。
男は気づいていた。すでに自分の現状に気づいてしまっていた。
男は両親に生贄として選ばれていた。本来誰が生贄として選ばれたかは知らないが、男は誰かの代わりに縛られてあの牢屋に連れていかれるのだ。男は絶望した。生きてられるのはもうあと少しの時間しかなかった。
その時だ。まだ何もわかっていない弟が男の側にやってきた。
「おにいちゃん、なにしてるの?あそんでよ」
状況を考えろ!遊べるはずないだろう!男の心は怒りに満たされた。それと同時にふと・・・あることが頭に浮かんでいた。
「なあ・・・遊んで欲しいか?」
「あそんでくれるの!!おにいちゃん!!」
「ああ、いっぱい遊んでやるよ。楽しみにしろ。ただここでは遊べないしまだ時間がかかる。場所を伝えるからそこにおいで。俺は先にそこで待っているからさ。そうだな、今から俺と父さん母さんは出かけるんだ。お前は家でしばらくいい子にして待っていろ、そして父さん母さんが帰って来たらさっき言った場所においで。ああ・・・そうだ。合言葉を伝えておく。入り口で何か聞かれたら言うんだぞ。今日はいっぱいお前が満足するまで遊んでやるからな。邪魔されると困るしくれぐれも誰にも見つからないように来るんだぞ」
「うん!!たのしみ!!」
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男は両親に引き摺られ街長に引き渡されていた。
男は牢屋にいた。幸い全く抵抗をしなかった男は腱を切られることは無く縛られたまま、牢屋の中であることを待っていた。
男は待っていた。静かに・・・だがギラギラとした目で待っていた。
足音が聞こえた。子供がはしゃいで走るような足音だ。
「おや、どうしたんだい?」
「おにいちゃんにいわれてきたの!」
「おや、そうなのかい?でもここは用が無いと入れない場所だよ」
「うん!あ、こういえばとおしてくれるって!えとね!こうかんできたの!」
「ああ、そうなのかい?じゃあ、中にお入り」
「うん!ありがとう!」
牢屋の鍵が街長の手で開けられた。
「よく来たな、じゃあかくれんぼをしよう」
「うん!」
「そうだな、じゃあまず俺が隠れるからさ。お前はここで100数えるまで目隠しして待ってなさい」
「うん!」
「ゆっくり声に出して数えろよ」
「うん!!いーち、にーい、さーん・・・」
男は縛られた身体で芋虫のように牢屋の床を這いずっていた。出口に向けて這いずっていた。
「街長さん、交代が来たから出るよ、閉めてくれないか?」
「ああ、わかったよ」
牢屋の扉が閉ざされた音がした。
男は芋虫の様に這いずっていた。ずるずるずるずると建物の出口を目指して這いずっていた。
弟の声が聞こえていた。元気に無邪気な声で100まで数える声が聞こえていた。
男は特に気にすることもなく建物の外に出た。
その後、弟がどうなったかは知らない。男にはもう興味のないことだったのだ。
男は二度と家に戻ることは無かった。




