14話 憎悪
狂ったように笑うアリシアと様子の変わらないヨナに俺は引き摺られていた。そしてある大きな建物の前で二人の足が止まった。
「失礼します」
ガチャリ、建物のドアが開けられた。俺は建物の中へとまた引き摺られていった。
・・・・・・・・・・
「おや、アリシアにヨナか。どうしたんだね?」
「見ての通り一人代わりを捕まえました。テッドと交換してください」
「フヒヒヒヒアハアハアハアハアハ」
「そうか、テッドなら中にいる。交換なら問題ない」
「そう、じゃあ牢屋の鍵開けてよ」
「いいとも」
・・・・・・・・・・
牢屋の中には6人の人間がいた。俺と同じく両手両足を失った人間が二人いた。身動きの不自然なおそらくは手足の腱を切られている人間が四人いた。
「テッド!ああああああああ!テッド!ごめんね!ごめんね!無力なお姉ちゃんでごめんね!痛かったよね!痛かったよね!ごめんね!もう大丈夫!もう大丈夫!私が守るから!何をしても守るから!許して!許して!無力で馬鹿なお姉ちゃんを許して!ごめん許して・・・ごめん」
アリシアが不自然な動きをしている一人、明らかにまだ幼い子供に見える小さな身体に縋り付いていた。
ボロボロと涙をこぼしながら縋り付いていた。謝っていた。弟を守れない無力な私を許してほしいと謝っていた。
そして、丁寧なとても大切なものを守るかのように、優しい手付きで抱き上げて牢屋の外に去っていった。一瞬、アリシアと目があった気がした。
「ありがとう。本当にありがとう」
ヨナはそう言って俺を牢屋に置いて立ち去ろうとした。
「あ、そうだ。これはお土産。本当にありがとね。嫌いじゃなかったよ」
ヨナは両手両足を失って身動きのできない俺を抱きしめた。そして唇にキスをして淫らに舌を絡めた。
少し前にあれほど俺を興奮させたキスは何の興奮も俺にもたらさなかった。
「じゃあね」
そうしてヨナはあっさりと去っていった。牢屋の扉は閉じられて俺は他の5人とともに取り残された。
・・・・・・・・・・
どれだけ時間が経っただろう。気が狂いそうだった。本当に気が狂いそうだった。周りには俺と同じく身動きの出来ない人間が5人いた。どいつもこいつも同じような顔をしていた。狂っている顔だ。あるいは狂う直前の顔だ。
「なあ、お前ら」
俺は気付けばあることを思い出していた。そして部屋の中にいる人間に話しかけていた。
・・・・・・・・・・
「俺は約束をする」
「お前たちは憎くないか?俺たちをこんな目にあわせた奴らが憎くないか?俺は憎い。憎いよ」
「代わりに復讐をしてやる。絶対に復讐してやる。城の吸血鬼を殺してやる。お前たちの代わりに殺してやる。絶対に殺してやる。俺は約束をする」
「お前達はこのままだと死ぬ。俺も死ぬ。無駄死にだ。このままだと無駄死にだ。わかるか?わかるな?無駄死にだよ」
「俺にお前達の力をくれ。俺はお前達の意思と力を引き継ぐ。頼む。お前達の命をくれ。代わりに必ず復讐をする。約束をする必ず果たす」
そこまで話した時だ。俺と同じく両手両足を切断されて身動きの出来なかった筈の男が一人、俺の元にズリズリと這いずり回って近づいてきた。まるで芋虫のようにズリズリと這いずり回り近づいてきた。
「・・・本当か?」
「約束は果たす。これでも義理堅い方だ」
「好きにしろ。糞ったれの吸血鬼を殺せるならなんでもする」
「わかった。じゃあ命をくれ。必ず約束は果たすよ」
俺は目の前の男と同じくズリズリと芋虫のように這いずった。そしてもう身動きをせずに俺のことを待っている男の首筋に近づき牙を突き立てた。
・・・・・・・・・・
容赦なく血を吸った。ゴクゴクとゴクゴクと血を吸った。吸えば吸うほど満たされる感覚があった。気付けば腕は再生していた。俺は男の身体を抱きしめ全身の血を吸った。約束通り男の全ての力と意思を預かるために一滴も残さずに血を吸った。
扉が開いたのはその時だった。
「ゴメン オクレタ」
「カーネルか、いや問題ないよ」
俺は再生した脚で立ち上がりカーネルに話しかけた。
「休憩は済んだ。街の残りを狩ろう」
「ワカッタ」
力が満ち溢れていた。男の血を吸い男の魂を奪ったこと、自分の間抜けさへの怒り、そしてこんな状態を作った吸血鬼への憎しみが力を与えていた。俺は疾走した。
・・・・・・・・・・
建物を出て街の中を疾走っていた。途中でアリシアとヨナを見かけた。どうでも良かった。俺にも妹がいた。俺も妹のためなら人を殺せた。狂いながら斧を振るったアリシアの気持ちがわかったのだ。多分俺も同じ状況ならそうしただろう。
あれはかつて詩音を傷つけた過去の俺だった。
憎んでいたのは自分の間抜けさとこんな仕組みを作った吸血鬼だけだった。俺は憎しみのままにまるで八つ当たりをするかのように街の周囲の亡者の群れに突っ込んでいった。
腕から槍を引き出す前にふと考えた。勢いよく腕から槍を射出すればいい感じに威力が出るんじゃないか?
思いつきのまま俺は槍を亡者の群れに射出していた。槍はまるで小型ミサイルのように飛んでいき群れを吹き飛ばし地面に刺さった。いいね、当たりだ。
地面に刺さった槍を俺は引き抜いた。
八つ当たりする亡者の群れはまだまだいた。嬉しいな。まだいくらでも八つ当たりが出来る。
俺は残った群れに一人で突っ込んで行った。槍の威力は面白いくらいに上がっていた。狂うほどの憎悪を感じていたからだろう。俺の負の感情を喰らい槍はまるで闇のような不吉な輝きを増していた。
何匹も何十匹も何百匹も心臓を貫いて狩り続けた。気付けば不思議な現象が起きていた。
流石に何百匹も狩れば手元が狂うときもあるのだが、何故か不思議と槍の動きに補正がかかるのだ。
僅かだが、槍の穂先がまるで槍自らが心臓を射抜きたいかのように軌道を曲げていた。不思議な現象だった。
狩り続け心臓を貫き続け暴れまわった。気付けば側にカーネルが立っていた。もう立っているのは俺とカーネルだけだった。
「オツカレ」
「ああ」
第一目標の街の亡者は狩り殺したが達成感はなかった。胸には虚しさだけが残っていた。
裏切りの嘆きの壁編 NORMAL END
お読み頂きありがとうございます。拙い変態糞作品ではございますが、評価やブックマークを頂けると幸いです。




