7話 加工
木を切り倒し杭を作るのに必要な分の木材を切り出した俺たちはホテルに戻ってきていた。
「「少し休もう。流石に疲れた」」
俺と浩平から同じ言葉が出た。二人の意見は同じようだった。
相変わらず俺と浩平は息が合う。
時間は残り少ないが、休憩時間を削っては咄嗟の判断や動きが鈍る。休憩は必要だった。俺たちは泥のようになり眠った。
起きたのはもう昼になる時間帯だった。
「朝ご飯食べ損なったな」
トースト派の俺としてはホテルのモーニングは実は少しだけ楽しみだった。自分でも呑気なものだなとは思うがしんどい時ほどちょっとした楽しみは大切だと思う。
「ルームサービスを取ろう。何せまだまだたんまりと金は残ってるんだ。まずはうまい飯だ」
消費者金融から借りた三百万が浩平の気を大きくさせているようだ。後で困らないといいのだが・・・。
広めの部屋を取ったとはいえ安いホテルなので大したものはない。
ただ、その中でも一番高いメニューのステーキ定食を俺も浩平も頼んだ。
「少しくらい贅沢したっていいよな」
おごって貰っている俺としては少し気が退けながらそう言った。
血のしたたるステーキの肉がなぜか普段より美味しそうに見えた・・・とても美味しかった。
「加工するぞ」
ホームセンターでついでに買っていた木材加工用の工具を浩平は既に並べていた。
どんな風に加工するか少し悩みはしたが・・・これだけの太さの木材だ、これで作った杭はそんなに簡単に折れるものではない。
先端部分がうまく刺さるようにうまく尖らせることだけは気をつけて後は大雑把でいいだろう。そう浩平は言っていた。俺は浩平のする作業を見よう見真似で作業を開始した。
ゴリゴリ・・・ガリ・・・ゴリ・・・ガリ・・・ゴリ・・・・・・・ガリ・・・くわせふじこ
作業中は一言も口を利かなかった。
ただひたすらに黙々と作業を続けていた。
ふと思った。
杭を使うときは近距離だ、外せば次はない。
外したときは死ぬときだろう。
一人一本か。
己の死を覚悟して突っ込んで相手の胸元に突き刺す。あるいは不意を突き後ろから刺す。
うまく刺さったとしてもアイツが即死するとは限らない。
死ぬ前に反撃に遭う可能性はある・・・うまくいっても相打ち・・・かもしれないな。
でも・・・うまくいけば片方は生き残れるか。
「・・・なあ、俺たち生き残れると思うか?」
ポツリと浩平がつぶやくように言った。普段の勢いのある声とは違う・・・か細い声だった。
「ひょっとして怖いのか?神木相手に恐れもしないで斧を振りかざしてた時の頼りになる浩平はどこに行ったんだよ」
「あんなの所詮ただの木だよ。オレたちが今から相手にするのは吸血鬼だぞ」
「そりゃあそうかもしれないが・・・気弱になっても仕方ないだろ。浩平が覚悟を決めてたのは生きて妹のカナコちゃんにまた会いたいのもあるんだろ?会いたくないのか?」
浩平は少しだけ悩んだような顔をした。
「そりゃあ会えるなら会いたいさ」
「気弱になるなって。俺の妹はリサって言ってな。生意気な上にクソ兄貴とか言ってくる可愛げのない中学生なんだけどさ。浩平の妹は良い子なんだろ?何なら紹介してくれよ。何歳なんだ?」
俺は気軽に聞いた。いつもの軽口のつもりだったんだよ・・・
そう聞いたその時の浩平の顔を俺は忘れない。浩平の表情の変化は劇的だった。
何か・・・言いたくても言うわけにはいかない。
死ぬまで誰にも何も言わずに自分で抱えこむしかない。
そんな秘密を抱えたような・・・苦悩に満ちた顔をしていた。聞いたことを後悔した。
しばしの沈黙が流れた。浩平が話し出したのは少し時間が経った後だった。
「生きてたら・・・そうだな。それも・・・良いかもしれないな。カナコは・・・とてもかわいいんだ。性格も良いしな」
この秘密は明かすわけにはいかない。決して誰にも言うわけにはいかない。浩平はそんな表情をしていたように・・・俺には思えた。
誰にも言えない・・・辛く暗く淀んだ深い苦悩を・・・その表情から俺は感じた。
ひょっとして・・・家出の原因・・・単なる親子喧嘩じゃないのか?
会えなくなった妹・・・古臭いしきたり・・・座敷牢・・・いや、まさかな。
このときは・・・まだそう思っていたんだ。
「正直羨ましいよ。俺の妹と替えてほしいくらいだよ」
聞いてる話を総合すると明らかにカナコちゃんの方が兄思いだ。軽口のように言ってはみたものの少し羨ましいのは本当だった。
「・・・交換?いや、流石に悪いしそれはいいよ。お前も自分の妹を大切にしろよ」
「わかってるよ」
気心の知れた関係だ。よくある俺と浩平のいつもの冗談のやり取りであった。少しだけホッとした。
馬鹿な話をして少しだけ気が晴れた気がした。
浩平と話しつつも手を動かしていたら加工は終わった。
きれいな形にする必要はない。装飾品じゃないんだ。尖ってさえいればいい。
切り札の神木の白木の杭、銀のナイフとフォークと串束・・・これだけあればなんとかなる気はしてきた。武器の準備は終わった。