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2話 徒然


 日々は気付けば流れて行った。あれから一ヶ月ほど経っただろうか。


 俺の日常は槍を振るう自主練習、詩音との訓練、ゾンビ狩り、一人暮らしの家事を順番に繰り返す感じで続いていた。


 訓練の度に詩音を家まで雑談しながら送ることが続いたある日のことだ。俺は詩音を自宅に送り届けていつものように別れの挨拶をして帰ろうとした。


 「お茶でも飲んで行きませんか?」


 「・・・え?」

 思わず聞き返した。


 「家に上がってお茶でも飲んで行きませんか?」

 少し食い気味に言われた。


 「お、おう」

 なんか予想外のことに焦った俺はそんな返事をしていた。




・・・・・・・・・・




 「どうぞ」


 「お邪魔します」


 詩音に案内をされ、気付けば俺は詩音が一人住むマンションの部屋にいた。やはり分譲マンションなのだろう、広いし綺麗だ。


 だが、なんだろう。女性の一人暮らしなのに物が少ない。


 今いるのはリビングなのだが、元々は冷蔵庫と電子レンジと一人用のテーブルとイスくらいしか無かった場所に、慌てて来客用のダイニングセットを買ったような・・・部屋にはそんな不自然さがあった。


 「スッキリしてるね」


 「あまり物を買わないのです」


 「なるほど」


 「はい、お茶を入れますね。紅茶は嫌いではないですか?」


 「大丈夫、嫌いじゃない」


 「少しお待ち下さい」



 なんだろう。詩音が一人でお湯を小さなヤカンで沸かしている後ろ姿を見ると・・・普段の生活が少しだけ心配になった。


 物が少ないのだ。本当に必要最低限しかない。待っている間に視線を巡らせると来客用のカップや皿はあったが、詩音本人の普段使いと思われる皿は3枚しかなかった。コップも3個だ。


 朝、昼、夜の分で揃えたのだろうか。なんとなくだがそんな気がする。多分・・・日常を楽しむという習慣がないのだろう。本当にこの子は吸血鬼だけ狩って生きてきたんだな・・・そんな気がした。



 あんまり見ているのも悪い。だが、なんだろな・・・詩音にはもう少し人間らしい生活をして欲しいな・・・と自分勝手ながらそう思った。


 「どうぞ」


 「ありがとう」


 紅茶を入れる手際は慣れていた。多分好きで普段から飲んでいるのだろう。俺には正確なお茶の淹れ方の作法はわからないが、なんとなく熟れた淹れ方に感じた。


 味も実際に良かった。鼻から紅茶の良い香りが頭に抜けていくような・・・一口飲むと凄く落ち着いた。


 「美味しいな」


 「・・・ありがとうございます」


 少しだけ照れていたような気がした。




・・・・・・・・・・




 穏やかな時間が流れていた。特に話すことなくゆっくりとお茶を飲んでいた。お互いに無言だったが特に気まずい時間ではなかった。


 「色々とありがとうな」


 「・・・色々とは?」


 「忙しい中訓練を定期的につけてくれていること。おかげで死なずに済んでいる。酷いことを言った俺を許して付き合ってくれていること。初対面の俺を廃ホテルで助けてくれたこと・・・かな」


 「構いません、好きでしていることですし嫌ではありませんから」


 「そのうち何かお礼するよ。家で使える小物とかお皿とかプレゼントしようかと思う」


 「お礼・・・ですか」


 「うん、お世話になりっぱなしだしさ。少しは返さないとな」


 「そうですか」


 「ああ、そう思う」


 「では、今からお礼をしてくれませんか?」


 「うん?」


 「こちらに来てください」


 気付けば詩音は立ち上がりリビングを出て別の部屋のドアに移動していた。そしてこちらを見ていた。


 「あ、ああ。何をすればいいかな?」


 「入ってください」


 部屋の扉が開けられた。




・・・・・・・・・・




 殺風景な少し狭い部屋だった。下には厚手の絨毯が敷かれているが、他には少し薄手の毛布が一枚あるだけだった。見れば何冊か本が落ちていた。


 「この壁に背中をつけて座ってください」


 「あ、ああ。座ればいいんだな」

 俺はなんとなく緊張していたし、他人の家で胡座をいきなりかくのも気が引けて正座していた。


 「正座ではありません、あぐらをかくように少し脚を崩してください・・・そう、そうです」


 詩音の指示するように俺は脚を崩した。楽な姿勢だった。次は何をすればいいのだろうかと思っていたら気付けば詩音が脚の間に背を向けて座っていた。


 俺の脚の間にスッポリと丁度良く納まるように座っていた。背中は俺の胸にグイグイとつけられていた。




・・・・・・・・・・




 気付けば無言のまま少し時間が過ぎていた。なんだろう・・・人肌恋しいのだろうか。何か話そうと思うが、俺には女性を脚の間に挟んだ経験はなかった。こういう場合は何を話せば良いのだろうか・・・悩んでいたら気付けば詩音が話し出していた。



 「・・・落ち着きます」


 背中を向けているから表情は見えない。見えないが声は確かに落ち着いているように感じた。


 「昔、犬を飼っていたんです」


 「ああ」


 「あの子が大きく育ってからはよくこうして背もたれにしてました。体温が温かくてフサフサで落ち着いたのです」


 「そうか」


 「はい」


 そう言った後、気付けばそのまま時間は過ぎていた。無言のまま30分以上過ぎただろうか?慣れないことなので凄く長い時間に感じた。


 そして気づけばだ。気づいたらスースーという静かな気持ちよさそうな寝息が聞こえていた。


 起こすわけにはいかないな・・・俺は苦笑しながら慣れない体勢でボーッとそのまま過ごしていた。


 胸に感じる詩音の体温は思っていたよりも心地よいものだった。

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