8話 迷惑
妹のリサが俺と同じ呪い持ちになって疫病神になってしまったとしたら・・・?俺は見捨てるのだろうか?
「おそらく・・・見捨てません。むしろ縁を切ろうとしたら怒るでしょう」
「そうでしょう?」
「しかし、妹は現在疫病神ではありません。疫病神なのは俺なのです」
「うんうん」
「妹に迷惑をかけたくないのです。大切だからこそ迷惑をかけたくないのです」
「皆そうですよ、でも・・・大切な相手だからこそ関係をどうするかはしっかりと冷静に決めないといけませんよ」
年の功だろうか、気付けば俺は節子の話に聞き入っていた。
「・・・」
「私がどうしてこの仕事をしているかわかりますか?」
「いえ、わかりません」
「お金です」
「はあ」
「私には夫がいます。ある日夫は病気になり半身不随になり仕事が出来なくなりました。介護が必要な状態です」
「・・・はい」
「夫は働けなくなりました。家計という面では支出ばかりでいいことはありません。家事の手伝いもろくに今はできません。むしろ介護が必要な状態です」
「・・・」
「ある日夫は言いました。離婚してほしいと。迷惑ばかりかけるのは辛い・・・俺のことは忘れて別の男と幸せになってほしいと。もう十年以上前の話です」
「・・・」
「夫はある一面ではいいことは何もない疫病神みたいな存在なのでしょう・・・私は夫を見捨てるべきでしたか?」
「・・・・・・」
「私は見捨てずに関係を継続することを選びました。お金だけの面で見れば見捨てた方が良かったのでしょう。でも私は見捨てなかったことを後悔してはいません。むしろ誇りに思っています」
「誇りに・・・ですか?」
「ええ、家族を損だからと言って見捨てた後の自分の人生を考えてみなさい。その後の人生を幸せに生きられる自信を持てますか?私は持てませんでした」
「はい」
「家族関係とは簡単なものではありません。複雑です。単純な損得だけではないのです」
「はい」
「あなたが自分が疫病神だからと言って家族と縁を切れば、おそらく家族を傷つけることになるでしょう」
「はい」
「迷惑を無限にかけていいと言っているわけではありません。極力迷惑をかけないようには務めるべきです。もしくは何か迷惑をかけた分お返しをすべきでしょう。ただ、迷惑をかけるからといって安易に縁を切るのはやめておきなさい。大切だから縁を切りたいというのなら、どうすれば出来るだけ迷惑をかけずに付き合いを継続できるか考えるべきです」
「はい」
「相手が大切なのなら安易に縁を切るのはやめなさい。仮に切るにしても手を尽くしてもうどうしようもなくなって最後の最後にしなさい」
「はい」
「大切な相手だからそれだけ深刻に悩むのです。今は辛いでしょうが悩み続けなさい。安易に切り捨てることは必ずあなたにもあなたが大切にしたい家族にも後悔を残します」
「はい」
「人間関係には明確な正解などありません。悩みなさい。悩んでいる最中は辛いかもしれませんが、ある意味大切な誰かのために悩めるというのは幸せなことなのです」
「・・・」
「本当に一人になってしまった人間は誰かのために悩めません。悩んで考える相手すらもういなくなってしまったのです。あなたはそうなる前にどうすれば大切な相手と関係を続けられるか悩むべきです」
「・・・」
「私は夫に世間一般的には迷惑をかけられているかもしれません。ですが今後も離婚する予定はありません。家族なんて迷惑をかけあうものです。そんなものです。私が言えるのは以上です」
「・・・難しいですね」
「だから・・・みんな悩みながら生きるんですよ」
そういう節子の顔はこちらを包み込むような笑顔だった。
「はい、そうですね。少しだけスッキリしました」
「それは何よりです、じゃあ違う意味でもスッキリしましょうか。まだ残り時間もありますし合体しちゃいましょうね」
「それは結構です」
・・・・・・・・・・
節子の話を聞いた俺は久しぶりに浩平の入院している病院に来ていた。身体の回復具合も気になってはいたし・・・ふと会いたくなったのだ。
あれ、部屋にいないな。どこだろう?探してみるか。いた、リハビリ室か。
低めの平行棒みたいなものに手を付いて少しづつ歩いてるな・・・立てるようになったんだな。良かった。俺はしばらく浩平がリハビリに励む姿を見ていた。
「よう、来てたのか」
流石にまだ常には立てないらしい。看護師さんに車椅子を押されながら俺のところにやってきた。
「ああ、久しぶりに顔を見たくなってな」
「少しは元気そうじゃねえか」
「色々あってな」
「そうか、ここで話すのもなんだし上行こうや。押してくれ」
「上?」
「屋上がお気に入りなんだよ」
・・・・・・・・・・
俺は浩平の乗っている車椅子を押し屋上に移動した。
「フェンスのギリギリ端っこの方に行ってくれ」
「わかった」
「いい景色だな」
「だろう?最近気に入ってる」
「悪くない」
節子に相談して少しスッキリしたんだろう。以前はなんとも思わなかったが今はすごくいい景色に見えた。
俺と浩平は同じ方向を向いてお気に入りの景色を一緒に見ていた。夕暮れ時の遠くから見る山の景色は恐ろしくも美しかった。
「なあ、浩平」
「なんだ?」
「この前言ったこと撤回させてくれ」
「・・・どの話だ?」
「俺が疫病神だから付き合いを考えろって話だ」
「ああ、わかった」
「すまんな、多分迷惑を掛けるが俺はまだお前と関係を継続したいみたいだわ」
「いいさ」
「今後も宜しく頼む、ごめん」
「ああ、ところでこの前よりいい顔になったな、何かいいことでもあったか?」
「・・・そんなところだ」
「女か?」
間違ってはいない。有料のアドバイスを受けた相手は確かに女性だった。
「そんなところだ。そういう浩平はどうなんだよ?車椅子を押してくれていた看護師さん綺麗だったじゃないか」
「・・・」
おや、軽口でも帰って来るのかと思ったら・・・なんだか考え込んでいる。なんだろな。
「実はな・・・」
「なんだよ?」
「恋をした」
「・・・うん?」
なんだろう、すっごく予想外な話が帰ってきた。
「天使様に会ったんだ。すごく優しい目をした天使様だった」
「お、おう。良かったな」
なんだろう、幻覚でも見たのだろうか?それとも何かの例えだろうか。
「医者が言うにはしばらくオレは意識不明だったらしいんだよ。オレが意識を取り戻した時だ。目の前にな。天使様がいた。天使様はな、すごく優しい目でオレを見ていた。ピンク色の優しい光に包まれながら・・・慈愛に満ちた目で俺を見ていたんだよ・・・その時オレは恋に落ちたんだ」
「お、おう・・・」
なんだろう嫌な予感がする。ピンク色の光というところに凄く嫌な予感を感じる。
「天使様はな、少し変わった衣装を着ていた。露出の多い・・・そうだな魔女っ子みたいな衣装を着ていたよ。手にはステッキみたいなものを持っていたような気がする。天使様はな・・・オレを優しい目で見ながらステッキをオレに向けて振りかざしたんだ」
「・・・・・・」
「不思議な光だった。凄く暖かくてな。まるでオレの身体が内から癒やされていくような・・・そんな光だった。オレはツインテールの髪型をした美しい天使様の姿を見ながらそのまま意識を失ったんだよ。そしてな・・・目覚めた時には恋に落ちていた」
「・・・う、うん」
「医者に聞いたらそんな人はいないって言うんだけどな、なあ親友。オレさ、身体を早く治すよ。そうしたら天使様を探そうと思うんだ」
「そ、そうか。難しいかもしれないけど・・・頑張れよ」
多分その天使は幻覚とか色々混ざっている。ある意味実在するが実在はしない。
「探すの手伝って欲しい」
「ワッツ?」
「初恋なんだよ・・・探すの手伝ってくれないか?親友」
「・・・・・・う、うん。み、見つかるかなあ・・・」
こうして俺は浩平と仲直りをした。悩みが一つ解決したような気になったら再度また厄介な問題が起きていた。
うん、どうしよう?これ?
間話 NORMAL END
恋とは素敵なものですが実らないほうが良さげな恋もあります。禁断の関係だからこそ燃える恋もありますが、妻子ある相手との恋はやはりやめておいた方が良いでしょう。変態作品ではございますが評価やブックマーク頂けると幸いです。




