7話 指名
朝になった。昨夜は一睡も出来なかった。体調は悪い。日の光が出ている間は体調の悪くなる俺だが、今の状態はそれだけではないだろう。
本来なら食料や日用品などを買い込みに行きたい処だが、日中に出るのはきつい。日が落ちてからにしよう。幸いと言っていいのか知らないが食欲もない。眠くなるまで荷ほどきと整理でもするか。
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ふう、なんだろな。まだゾンビを殺した興奮が抜けきっていないのか眠気が来ない。眠らずに作業を続けたおかげで部屋の整理は進んだが・・・体調を考えると良い傾向ではないな。今日はゾンビ退治は無しだな。睡眠不足で殺し合いなんてするもんじゃない。まあ、睡眠をしっかり取ったからといって殺し合いが推奨されるわけではないのだが・・・。
眠気は来ていないが少しだけ横になるとしよう。暗くなるまでの少しの間だ。
作業をしていると気が紛れていたが、横になると色々考えこんでしまうものだ。昨夜は3体殺した。1体1万だから3万稼いだことになる。時給で言うと悪くないだろう。初回で手間取った状態でも3体殺すまでに1時間もかかっていない。時給3万なら悪くない仕事だ。むしろ高給取りだろう。
ただ、思っていたよりも精神的に来るものがある。慣れていないから・・・ということもあるだろうが、これが俺の日常になるのかと思うと少し気が滅入る。詩音はこんなことをずっと続けていたのか。
すごいな・・・素直にそう思う。一人であんなことをやり続けていたなんてどういう精神状態だったんだろうか。聞いたら素直に教えてくれそうな気もするが・・・おそらくあまり聞かない方がいいだろう。もう少し距離が縮まれば自分から言いそうな気もする。本人が言うのを待つとしよう。
俺には幸い、一人暮らしとはいえ別の家に住んでいる家族がいる。そして、カーネルと詩音という呪いの武器を持った仲間がいる。その分だけまだ気が楽だ。辛くなったら相談するとしよう。まあ、年下に相談するのって・・・なんか情けない気がするんだけどな。
そういえば・・・いい相談場所が俺にはあったな。困ったときのあそこだ。金が入ったら行くのもありだろう。そういえば作業中にスマホが何回か振動していたな。どれどれ・・・
ドミさんからか・・・早いな、もう報酬を振り込んでくれたのか。仕組みはわからないが、ほぼリアルタイムで依頼の状況を把握してるのか?まさかな・・・。
さて・・・お金が入ってしまったな。そうだな、以前相談に乗ってもらって世話になったし手土産でも買ってから行くとしよう。
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「いらっしゃいませー、いつもありがとうございます」
いつもの髭面のガタイのいい店員が笑顔で迎えてくれた。
「どうも本日もお世話になります」
ふう、お茶がうまい。やはり玉露だろうか。朝食はトーストにコーヒーと決めている俺だがここで飲むお茶ならば毎朝飲んでもいいかもしれない。そう思える味だ。フフッ。
「お客様、本日はご指名はありますか?」
「汁婆パラダイスの節子を指名したい」
「わかりました。系列店からの出向になりますので特別料金がかかりますが宜しいですか」
「問題ない」
「はい、ありがとうございます。少々お待ちくださいね」
俺は気づけばいつもの店に来てもう常連のようにお茶を飲みながら指名していた。別にはまったわけではないんだ、決してはまったわけではないんだよ。相談があったんだ。
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「お久しぶりです。節子です」
「ああ、久しぶり」
「あら、以前・・・合体し損ねたお客様。お元気にされてましたか?」
「ああ、おかげさまでなんとかな」
「それは何よりです。以前はすごく深刻そうなお顔をされてましたし、今回は合体を楽しみましょうね」
「それは結構です」
「あらあら、恥ずかしがりやさんですね。まあここは私に任せてくださいな」
「それは結構です。とりあえず前回の相談のお礼を兼ねて手土産を持ってきましたのでどうぞ」
「あら・・・これは懐かしい」
「ふと土産物を探していた時に目につきました」
「懐かしいわねえ、子供のころはよく舐めたものですよ」
「ええ、ハッカは子供の頃は苦手でしたがこの年になり少し美味しく感じるようになりました」
「そうそう、子供の頃は外れやと思って苦手でしたけど、今は美味しく頂けるようになりました。頂いても宜しいですか?」
「どうぞ」
節子は缶の蓋を開け金平糖を舐めていた。お土産屋さんで缶に入っている別の品と金平糖があったのでどちらにするか悩んだのだ。だがなぜか別の品はさすがに不味い気がした。理由はわからない。なぜか色々と不味い気がした。
そうして俺は金平糖を手土産に買ったのだ。幸い喜んでくれたし金平糖を選んで本当に良かったよ。節子は金平糖を上機嫌に舐め続けていた。
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「いけない、金平糖に夢中ですっかり忘れてました。今回こそは合体しないと」
「それは結構です」
「では今回も何かご相談?」
「はい、実はそうなのです」
「あらあら今回はどんなお悩み事かしら」
「人付き合いについてなのです」
「人の永遠の悩みやね」
「はい、実はですね」
「うんうん」
相変わらず節子は相談事になると親身になってくれる、重い話を普段の生活と縁のない場所で相談できる機会は貴重だった。
「わかりづらいとは思うのですが、俺は端的に言って疫病神みたいな存在になってしまいました」
「うんうん」
「故に・・・家族や友人との付き合いの仕方を悩んでおります」
「うんうん、なるほど」
「俺と深く付き合うといずれ迷惑をかける可能性が高いのです。早めに縁を切った方が良いのか?そんなことを悩んでいます」
「なるほど・・・深刻な話ね」
「はい」
「疫病神になったというのは?」
「事実なのです。詳しくは説明できませんが、俺と深く付き合うといずれ酷い目に遭います。絶対とは言いませんが可能性はそれなりに高いでしょう」
「なるほど」
「家族を酷い目には合わせたくありません。友人もです。縁を切った方が良いのだろうとは思っています。ただ、どう言えば納得してくれるかという問題と家族や友人と縁を切り生きていくことに耐えれるだろうか?そんなことを悩んでいます」
「なるほどね・・・若いわねえ」
「若い・・・とは?」
「余裕がなくて自分のことしか見えてないってことよ」
「余裕は・・・無いですね。少しマシにはなりましたが」
「逆になって考えましょうか」
「逆とは?」
「あなたが一番守りたい家族は誰?」
「・・・妹です」
「そう、妹さんがいらっしゃるのね。じゃあ妹さんが、あなたと同じ疫病神になってしまったとしたらあなたはあっさり妹さんを見捨てるの?」




