6話 神木
目の前にあるのはただひたすら不気味な森だった。
月明かりもない夜、人気は全く無い。先が闇で見通せない森が目の前にある。それだけで気の弱い人間は不気味さを感じるものだとは思う。
ただ、この不気味さは決してそれだけでは無いと思った。
目の前の神域という名の森からは清浄な雰囲気は感じられず、ただただ瘴気のような不快感を感じた。一瞬ウンコ臭かと思ったがそういうものではなかった。
神域というよりは一度入ると後戻りのできない何もかも飲み込んでしまう迷いの森や底なし沼のように感じた。
「本当にここなのか?」
気持ち悪さを我慢しながら俺はそう問いかけた。
「・・・そうだ」
「俺は・・・すまん。仮にも神域をこんなふうに言うのはいけないことだと思うのだが、すごく怖いし気持ち悪い。表現のできない不快感や怖気を感じる」
「お前もか?3ヶ月ほど前に来た時はこんな風に感じなかったんだけどな。むしろ澄んだ雰囲気の場所だったんだが」
「浩平・・・どうする?」
「他に当てはない。行こう」
「わかった。どうせ俺たちはアイツをなんとかしないと死ぬんだ。逃げられるとは思わないしアイツをなんとかするしかない。吸血鬼に殺されるよりは神様のバチで死んだほうがまだマシだろう」
「たしかにな、まあオレの家に祭られている神様は名前や由来はあれだが気性は穏やかな神様らしい。仮にバチが当たるとしてもそんなに厳しいバチはあてないだろう。この雰囲気だとあんまり自信を持っては言えないがそう信じる。進むぞ」
その時、ふとじっと浩平の顔を見た。俺がもし女なら惚れてもいいような覚悟を決めた漢の顔をしていた。まあ、俺は男なのでそのキメ顔に特に意味はなかった。どうせならアヘ顔ダブルピースでもしてくれたほうが面白いのだが。まあ、したらしたで殴りたくはなりそうだ。
「わかった、行こう」
腹は決まっていた。
一歩ずつ俺たちは森の中を進む。
だんだん身体の感覚が狂っているような気がする。一歩一歩歩くごとにまるで毒の沼地を歩いているような体力の減りを感じる。
それでも俺たちは足を止めずに進む。神域に潜む不気味ななにかに飲み込まれるかもしれないと思いつつ、それでも何もしないよりはマシだと覚悟を決めながら。
・・・・・・・・・・
「ここだ」
神域の最奥らしき場所に到着した。
そこには樹齢数百年・・・あるいは数千年を経てそうな巨大な大木があった。大木には何か意味ありげな恐ろしい雰囲気のある白い注連縄が厳重に何重にも巻かれ、まるで木自体を封印しているようにも見えた。白い注連縄からはおぞましい雰囲気を感じた。
この木を切るのか・・・別に何か特定の神を信じているわけではない。特に信心深いわけでもない俺でもこの神木ともいうべき威容を誇る存在に何かをするのは気後れするものを感じた。まあ、容赦なく切るんだけどな。
ふとこんな話を思い出した。
それは古い昔話だ・・・古くから存在する御神木を切ろうとするが不思議と切れないのだ。
切ろうとすると不思議に何度も事故が起こったり斧が折れてしまったりして切れない。
それでも諦めずに強引に切ろうとした人間は事故に遭ったり・・・あるいは病気になったりして死んでしまう。
それは指示を出した人間も同じだ。まるで祟りかのように木を切ろうとした人間全てに災いをもたらす。
俺の知る昔話に出てくる御神木とはそういうものだった。
ひょっとして俺たちもそうなるんじゃないか?そんなことを考えていた所、既に斧を木に向けて振りかぶっている浩平の姿が見えた。
ガッ!・・・神木に斧がめり込む鈍い音がした。浩平はその後も何度も何度も斧を振るい続けていた。
浩平の目は血走っていた。斧を止める気配は一切ない。やる気だ。とっととやるか。
ガッガッガッガッガッガッガッガッガッガ・・・ガッ
俺達はひたすら斧を振り続けていた。
ヤバいやつにはヤバいやつで対抗するしかない。真っ当な方法では勝てない・・・廃ビルで出会ったアイツはきっとそういう存在なんだろう。この神木からはヤバい気配がするがそれは逆に好都合だ。
俺たちに祟らずにあの吸血鬼と共倒れになってくれたらありがたい。まあ、最悪呪われても吸血鬼をぶち殺せたら採算はとれる。
ガッガッガッガッガッガッガッガッガッガッガッガッガ・・・・・・・無心で二人で斧を振り続け何時間経ったのかわからない。
空がようやく白みかけて来た頃、ズウウウウウンという大きな音を立てて巨大な神木は倒れた。