19話 親友
俺はドミと名乗る男に言われた通り訓練を続けていた。俺の右腕に宿っている呪いの槍を使いこなすための訓練だ。幸い出し入れは簡単だった。なぜか不思議とわかるのだ。呼吸をするかのように自然に槍を腕から出せた。
訓練の基本は一人でひたすら槍を振り続け槍に慣れること。槍の間合い、重さ、振ったり突いたりした時の身体の感覚、先ずは槍に慣れることから始めていた。
そして、黒い女とはもう言えない・・・詩音と魔法少女の二人に定期的に鍛えてもらっていた。
詩音は何も言わなかった。俺を責めなかった。ただひたすら愚直に自分の勤めを果たすかのように俺を鍛えてくれた。
魔法少女もそれは同じだった。俺が生き残れるように、呪いに負けないように真摯に鍛えてくれた。俺が詩音を傷つけた言葉などなかったかのように二人とも俺を鍛えてくれた。
責められた方がよっぽど楽だった・・・
俺は詩音と顔を合わせることで日に日に精神を擦り減らしていった。
詩音が悪いわけではない。彼女は一切悪くない。俺が自分自身に抱いている後ろめたさを抱えきれなくなっていたのだ。
あのときに詩音を傷つけるために発した言葉の刃は詩音を的確に目的通りに傷つけた。
だが、言葉の刃は詩音を傷つけると同時に俺も傷つけていた。ただのおぞましい黒い女と思えていた頃の俺なら罪悪感など抱かなかっただろう。
もう俺はこの少女が決して悪意ある存在ではないことを知ってしまっていた。知ってしまっていたんだ。
・・・・・・・・・・
「クソ兄貴さ、詩音ちゃんに何したわけ?」
「・・・どうした?」
「詩音ちゃん、旅行帰ってきた日の次の日からさ・・・学校3日休んだのよ。で、登校したけど私と目を合わせない。話しかけても会話が続かない」
「そうか・・・」
詩音は律儀に守る必要のない約束を守っていた。ますます自分がどうしようもない下衆に感じた。
「で、何したわけ?」
妹のリサは御立腹だ。当然だろう。大切な友達をクソみたいな兄貴に傷つけられたのだ。
「ひどいことをしてしまったんだよ・・・」
「は?なにそれ?」
「もう取り返しのつかないことをしてしまった」
「まさか、旅行先で襲ったの!?」
「そんなもんだ。あいつが油断しているところをな。心を許したところを容赦なくな」
「最低」
「ほんとそう思うよ」
リサは俺の顔をしばらく見た後、無言で去っていった。殴って欲しかった。殴られた方がよっぽど楽だった。妹に断罪を求める糞だった。俺はもうどうしようもない糞だった。
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「はい」
「〇〇病院ですが、浩平さんが目を覚ましました。意識もある程度しっかりしてますし、数日も経てば面談できるようになるはずです」
「はい」
「何度も心配されて通われてましたしまずはご連絡をと思いましてね。良かったですね」
「はい、ありがとうございます」
良かった。ゴミみたいな俺のせいで被害を負った浩平はなんとか生き延びたようだ。本当に良かった。
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「よう、何度も病院に来てくれてたらしいな。意識があるときに会うのは久々だな」
「ああ」
相変わらず身体に点滴の管はついていたが本数が減っていた。ガリガリになっていた肉体もだいぶ回復していた。素直に嬉しかった。
「オレはご覧の有様だが、お前はあれから無事だったのか?」
「なんとかな、色々あったが生き残れたよ」
「そうか、色々あったんだな」
「ああ、すまなかった。俺のせいでこんな事態に巻き込んでしまって」
「いいってことよ、確かに誘ったのはお前だが同意したのはオレだ」
相変わらず馬鹿だがいい男だ。こんな目にあったのに俺を責める気は欠片もないようだ。
責めてくれた方が楽なんだよ・・・畜生
「ひでえ面してるな」
「そうか?」
「ああ、俺は罪もない子供を殺した悪党です。どうか俺を殺してくださいって感じの面してるぞ」
「はっ、似たようなもんだよ。浩平、あれから色々あったんだよ。多分よ、俺は疫病神みたいな存在になっちまった。付き合い考えた方がいいぜ、これ本当の話な」
「そうか、疫病神になっちまったのか。大変だな」
「ああ、だから付き合い方考えろよ、糞みたいなもんだよ今の俺」
「まあ、気をつけるよ。とりあえず身体を治したらゆっくりと馬鹿話でもしようぜ」
「・・・話聞いてたのか?俺はもう疫病神だから付き合い方考えろって言ったんだが」
「・・・考えたぜ、だから考えた結果がさっきした話だ」
「もう少し真剣に考えろよ、俺と付き合ってもろくな目に合わないぜ」
「多分、本心で言ってるんだろな・・・」
「ああ、間違いなく本心だよ。俺は疫病神だ」
「そうか、まあ大変だな。だが、それはそれとしてオレはお前と変わらず付き合う予定だぞ」
「おい、冗談言うんじゃねえよ。巫山戯てんのか?」
「ふざけてねえよ、そんな酷え面して死にそうな顔をしてる親友をよ、あの吸血鬼との死線をともにした親友をよ、あっさりと見捨てられるほどオレは人間性捨ててねえよ。そんだけの話だ。あとよ、オレに見捨てろと気軽に言うけどよ・・・そんなこと言うお前はなんであのビルでオレを見捨てて逃げなかった?吸血鬼の操る植物で倒れたオレをどうにかしようとしなければ多分疫病神なんかにならなかったんじゃないのか?」
馬鹿なくせになんでそんな気づいて欲しくない所だけ気づくんだよ。
「うるせえ・・・お前とは関係ない話だ」
「・・・オレはお前と友達をやめる気はねえよ」
「・・・なんも知らねえから言えるんだよ」
「そうかもな、まああくまでも今の段階での話だ。永遠なんてねえからな。そんなもん求める方がおかしい」
「クソッタレが」
「はっ、お互いクソみたいなもんだろう」
浩平は男っぽい笑みで俺を見ながら笑っていた。こんな糞みたいな俺と付き合いを断つ気はないらしい。
ベッドに寝転んで無精ひげはボーボー、髪の毛は皮脂や汚れでテカテカのボサボサ、病院の寝間着姿を着崩している無様な姿なのに・・・相変わらず目と放つ言葉はいい男だった。
複雑な気持ちだった。嬉しい気持ちがないか?と言われれば嘘になる。だが、俺がこのとき欲しかったのはお前はゴミだという罵倒だった。




