18話 薄月
誰も何も喋らなかった。部屋には重苦しい沈黙が流れていた。目の前には相変わらず少女が膝を抱えて小さく座っていた。
ガチャッ
その時だ。俺たちのいる部屋のドアが突然開いた。
「やあやあやあ、盛り上がっているようだね。素晴らしい。仲良きことは美しいことだ」
いきなり入って来た男は上機嫌でそう話していた。特定の誰かに話しかけているというよりは独り言のようだった。
「実に素晴らしい。仲間とはそうあるべきだ。仲間は仲良くなくてはいけない。仲良く力を合わせるべきだ。そうだろう」
男の独り言は続いている。なんだろう、派手な白いスーツを着ているがパーティ会場か何かと間違えてないかこいつ。
「君が新人だね。実に素晴らしい。よく来たね。うん、よく来たね」
気づけば男は俺の方を向いていた。目が合った。瞬きを一切していない。左目にはモノクルがつけられていた。
「歓迎だ。握手をしようじゃないか」
「はあ」
男は強引に俺の手を取った。力強い。周囲のお通夜みたいな雰囲気を一切気にせず上機嫌にしている。背が高いなとは思ったが握手しながら見ると男の顔は頭一つ分くらい上にあった。
「吾輩のことはドミとでも呼んでくれたまえ。この組織ではそうだな・・・世話係みたいなものをしている。どの程度の付き合いになるかはわからないが、君が死なずに済むように全力を尽くそうじゃないか」
「・・・ありがとうございます」
「素直ないい子だ。嫌いじゃないぞ。クックック・・・色々とプランは練ってある。まずは最低限の訓練からだろうな」
いきなり実践に放り出される可能性も覚悟していたがどうやら訓練があるようだ。少しだけホッとした。
「そうだな・・・君をこの島に連れてきたのは魔法少女と詩音だろう。彼らに訓練をつけてもらうといい。これも何かの縁だろう」
気が重い・・・魔法少女はまだ良かった。見た目こそあれだが行動は比較的常識的だった。それにこちらを見る目には常に優しさが感じられた。
詩音・・・彼女はつい先ほどきつい言葉で散々と責めた後だった。俺の心の中には詩音をリサから遠ざけるという目的を果たした達成感など一切なく、苦く重い罪悪感だけが残っていた。
男の話は俺たちの間に流れていたお通夜のような雰囲気を一切気にせずにひたすら続いていた。ドミと名乗った男はずっと上機嫌に俺たちを見て話し続けていた。別れ際にある道具を渡された。任務を行う際に必要になるものだそうだ。
・・・・・・・・・・
男の話が終わった後、俺は一人部屋を出て島をぶらついていた。一緒の部屋にいるのに耐えられなかったのだ。
しかし疲れたな。詩音を言葉の刃で攻め立てたことも俺の心に充分ダメージを与えたが、その後に現れたドミと名乗る男のこちらの様子を一切気にせずに機関銃のように話しまくるのがとどめだった。あの男の目はまるで面白い実験動物でも見るような目だったな。
はあ、疲れた・・・俺は疲れ切っていた。
まあ、世話係と名乗っていた相手に歓迎されるのは悪いことじゃない。嫌われるよりはいいだろう。このときは単純にそんなことを考えていたよ。
ふう・・・俺は気づけば空を見上げていた。月が出ていた。薄い雲に覆われ月明りは薄暗くどんよりとしていた。
なんだろな・・・俺の今の気持ちを反映しているみたいだ。これからどうなるのだろうか。俺のしたことは間違いじゃなかったのだろうか・・・罪悪感に苛まれながら俺はぼうっと空を見上げていた。
いくら見上げても・・・月と同じく心が晴れることは一切なかった。




