サイドストーリー② お気に入りの光景
少女はいつものように村の高台に登っていた。
そこから見える光景がとても好きだったのだ。少女の一番のお気に入りだった。
元気がない時にこのお気に入りの場所で、村の家々から漏れる灯りを見ているとなんだか不思議と元気が出た。
飼っている狼のレンの体温を感じ背中を預けながら見るのが最近のお気に入りだった。
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少女が武器に選ばれてから2年が経っていた。
運の良いことにあるいは悪いことに少女には特殊な武器を扱う才能があった。それも抜群の才能だ。
ある日村を襲いに来た吸血鬼がいた。
少女は吸血鬼を見つけた瞬間、なんの躊躇いもなく攻撃に移り特殊な武器で吸血鬼を殺した。一瞬だった。
それほど強い吸血鬼でないとはいえそもそも吸血鬼自体が人間より強い存在だ。それが僅か十歳にも満たぬ子供がまるで雑草でも千切るかのようにあっさりと殺した。
村人達は少女の才能を歓迎した。選ばれた当初はこんな子供に辛い業を押し付けるなどとんでもないという意見もあった。娘の母親は特に強硬に反対していた。
だが、武器に選ばれてしまえばもう後戻りはできなかった。手放せるのは持ち主が死ぬ時だけだったからだ。
母親は反対しながらも心のなかではもうどうしようもないことを認めていた。
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「辛くない?」
「だいじょうぶ!」
「そう・・・」
娘は相変わらず元気だった。特殊な武器に選ばれてからも持ち前の明るさで以前と同じく村を走り回っていた。もちろん飼っている狼のレンも一緒だ。少し大人になったレンは娘よりも大きなサイズになっていた。それでも娘との関係性は変わらず、娘が背中を撫でると気持ちよさそうにしていた。
そんな穏やかな生活が続く中、娘は少しずつ少しずつ戦いに必要な知識や能力を身に着けていった。
娘は子供だ。だが、村を守りたいという気持ちや責任感もあるのだろう。訓練のときや勉強のときはいつも一生懸命だった。
もう少し・・・そんな責任なんて負わせずに無邪気な姿でいさせてあげたかった。運命を呪った。どうして私の娘が・・・娘には普通の幸せな生活をさせてあげたかった。狩人になるのは名誉なことではあるがけして幸せな仕事ではなかったからだ。
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ある日のことだ。
吸血鬼が集団で村を襲ってきた。雑魚ではない強力な吸血鬼が率いる強力な群れだった。
村人達は応戦した。全員戦いの訓練は受けている。狩人ほどではないが、ある程度は戦える戦士でもあったからだ。
戦いは続いた。吸血鬼を殺した。何人も吸血鬼を殺した。だが、村人たちも一人倒れまた一人倒れと数を減らしていった。
特殊な武器を継承した少女も当然のごとくこの戦いには参加していた。死闘だった。戦うことで恵まれた才能が開花したのか少女の吸血鬼を狩る動きはどんどんと無駄が削ぎ落とされ洗練されていった。
気付けば少女の周囲には吸血鬼の死体の山が出来ていた。
だが、敵はまだまだ残っていた。
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戦いは続いた。少女は特殊な武器の力をどんどん引き出していった。加速するかのように少女の動きは洗練されていき、無駄な動きは減り最短経路で吸血鬼を殺せるようになった。吸血鬼が同時に攻撃しようと僅かな間隙で迎撃し殺し返した。
能力を引き出せるようになってからはまさに無双の働きだった。梃子摺っていた吸血鬼は塵のように仕留められていった。
村人達も少女の戦いを見て奮戦を続けていた。あんな小さな背中で頑張って戦っている少女の背中を守ろう、一人でも吸血鬼を減らそうと死闘を続けていた。
群れのボスの吸血鬼も強かった。特殊な能力を使い血液を弾丸のように飛ばし何人も村人を殺した。
また、村人を人質に取って盾にしたり噛んで部下にしたりと非常にイヤらしい手段も取ってきた。激戦はただひたすら続いた。
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少女がなんとかその群れのボスの吸血鬼を倒した時には、もう立っているのは少女一人になっていた。
ふと周囲を見ると周りには吸血鬼の死体がたくさんあった。それと同じく村人達の死体もたくさんあった。
吸血鬼との戦闘で村人達は全力で抵抗したものの強力な攻撃を受けたのだろう。力尽き斃れていた。
狼の姿もあった。レンだ。少女の愛狼だった。
身体を見ると攻撃を受けた跡があった。息は既にしておらず、静かに目を瞑っていた。
少女は狼を両手で抱き上げ村の高台に移動しようとした。
道の途中、大好きな母親が斃れていた。何かの攻撃を受けたのだろう。明らかに即死だった。
父親も何かの攻撃から母親を守ろうとしたのだろう・・・母親のすぐそばに斃れていた。
そしてその周りには吸血鬼の死体が大量に存在していた。
少女は少しの間そこに立ち止まり、何をしたら良いのかもわからずただ立ち竦んでいた。
涙は出なかった。
フラフラと少女は村の中を歩いていた。
どこを見ても生きている人はいない。
皆、何かの攻撃を受けて死んでいた。
少女はフラフラと歩いていく。
高台についた。
いつもここから見える光景が好きだった。村の家々から漏れる灯りを見ていると心の中がなんだかポカポカした気分になるのだ。
少女はその優しい気持ちになれる瞬間が好きでここによく登っていた。
村を見た。
大きな灯りが見えた。
家々から漏れる灯りではなかった。
村が燃えていた。
家から家に火が燃え広がり、次から次へと燃え広がっていた。
いつもは元気になれるはずの光景は、今日に限って何も元気を与えてくれなかった。
力尽き何もかも失いただ呆然と夢でも見るかのように少女はその光景を眺め続けていた。
もう既に体温を失っている愛狼の遺体を胸に抱き背中を優しい手付きで撫でながらずっと眺め続けていた。




