5話 移動
駅前でタクシーを拾った俺たちは浩平の実家へと移動することにした。
「実家の神社はどんな感じなんだ?」
「ああ、氏子は少ないんだが由緒だけはある古い神社だよ。幸い少ない氏子さんの中にすごい金持ちが何人もいて・・・理由はわからないんだが寄付金も多い」
以前もチラっと同じことを言っていたな。
「へえ、すごいな。お父さんはどんな人なんだ?」
「親父は頑固や厳格って言葉を形にしたらこうなるのかなって感じの人間だよ。規則や習慣や昔から伝わる古臭いしきたりに異常に厳しいし、頭が固い。見た目も性格も岩みたいな感じだよ」
「なるほど」
頑固一徹みたい感じかな。家を出て一人暮らしを始めた原因の一つがそれか。自由を愛する浩平には古臭いしきたりでがんじがらめの生活はさぞ辛かっただろう。まあ、他人の家庭の事情だ・・・あまり突っ込んで聞くのも悪い。
「悪い人ではないんだけどな・・・」
「なあ、ひょっとして今からやることを浩平のお父さんにバレたら不味くないか?」
「バレたら当然不味い。間違いなく殴られたり折檻されるだろう。ひょっとしたら座敷牢にでも閉じ込められるかもしれないな」
「座敷牢・・・があるのか?」
この現代にまさか?と思いながらも好奇心が湧き俺は浩平に問いかけた。自分の子供相手とはいえガチの虐待や事案のレベルだな。
「昔亡くなった爺さんから聞いた話だけどな。孫だからオレは可愛がって貰ったんだが、厳しい面もあったんだよ。オレが悪さした時にさ『あんまり悪さをすると神社の蔵の中にある秘密の座敷牢に閉じ込めるぞ』って脅されたもんだ。子供心には怖かったよ」
「怖いな、実際に閉じ込められたりしたのか?」
まさか神社とはいえ座敷牢なんか本当にあるのか?と疑問を抱きながらも聞いた。
「いや、流石にないと思う。まあ、オレも神社の中を全部調べたことは無いんだけどな。今思えば孫に対する冗談混じりの話だったんだろ。そう思う。実際は無いんじゃないかな・・というかな、爺さん本当は死んでるかどうかは正確には不明なんだよ」
「ん?不明って?」
「行方不明なんだ。ある日急に用事が出来たって言ってな。気楽に爺さんが出掛けたのを見送ってかれこれ10年以上行方不明なんだ。流石にもう諦めたよ」
「そうなのか」
怖い話だ。おそらくは認知症の類だろう。まさか急に行方不明になるなんて普通は思わない。浩平も浩平のお父さんもショックだったろうな。そんなことを考えていた。興味が無いわけでは無いがあまりこういった話を深堀りするのも良くないだろう。俺は話題を変えることにした。興味もあったのだ。
「そういえば神社の名前は何って言うんだ?どんな神様を祀っているんだ?」
俺はごくごく普通のことを聞いたつもりだった。何故か浩平は返事をせずに無言で考えていた。
「なあ、浩平。どんな神様を祀っているんだ?吸血鬼とか倒せそうな由来とかあるのか?」
「エコロジーについてどう思う?」
よくわからない返答が帰ってきた。エコロジー。環境保全、それ自体は悪いことではないだろう。環境保全という否定しずらいことをお題目に金儲けをするならば話は別だが環境を守ろうという考え自体は悪ではない。
「いいことなんじゃないか?」
「では、再生可能エネルギーについてはどう思う?」
「うん?神社と何か関係あるのかそれ?別に悪いことではないだろ。エネルギーを大切にするのは良いことだと思うぞ」
「糞喰神社だ。神様の名前は糞喰様」
「・・・なんだって?」
「糞喰神社だ」
「どんな神なんだ・・・由来は?」
名前を聞いた瞬間嫌な予感がして深く聞くのをやめようかとも思ったが、これから吸血鬼を殺すための武器を作るために神社に行くのだ。祀っている神が吸血鬼を殺したとかそういうエピソードがあれば期待できる。どんな神様なのかを知ることは必要なことだった。
「ある日のことだ。糞喰様は悩んでおられたそうだ。無駄は良くない。世界を運営する際にどうしてもエネルギーにロスが出る。何かをするために注いだ元のエネルギーと新しく産まれた存在に内在するエネルギーを比べたら明らかに減っている。これでは世界を運営すればするほどエネルギーは減っていきいずれはゼロになってしまう。これは非常にまずい。そう悩んでいたんだそうだ」
「なるほど、真剣な悩みだな」
「悩み続けていたある日閃いたんだ。新しく何かを産み出した際にどうしても出る排泄物を食べれば良いと。排泄物を食べてしまえば無駄がない」
「・・・なるほど」
「そして、糞喰様の何かを産み出す場所は尻の辺りにあったそうだ。糞喰様は尻の辺りにある穴に二本の管を挿入されたそうだ。一本は産まれたモノを外に出すための管。もう一本は排泄物を再び吸収するために口に戻すための管だな。つまり何かを排泄するたびに自動的に口内に排泄物が運ばれる管を一本増やしたそうだ」
「・・・あ、なる・・・ほど」
「スカト・・・」
「再生可能エネルギーについてどう思う?」
有無を言わせぬ口調だった。
「いいと思うよ」
俺はそう答えるしかなかった。その後タクシーが目的地につくまで会話は無かった。
「もう着くから降りよう。運転手さん!ここらへんで下ろしてください!ありがとうございます。釣りはいいです」
浩平は太っ腹にも釣りはいらねえぜ!って感じで運転手に一万を渡し、スタスタと車を降りて歩き出していた。相変わらず一度決めたら行動に迷いの無いやつだ。あるいは都合の悪いス◯トロ神話を打ち切ったのだろうか。
・・・・・・・・・・
「少し歩くぞ」
浩平はそう言いつつも既に歩き出していた。
先を歩く浩平の後を追い、俺は歩いた。数分ほど歩くと鳥居があった。その横には簡易だが案内板がある。
「ここからが敷地だ。目的地はまだ先だけどな」
「広いな、(ス◯トロ神社の癖に)立派なもんじゃないか」
思ってたよりも浩平の実家の神社は広いようだ。案内板を見ると相当広いことが予想できる。
「歴史だけはあるからな。さて森の神域を目指そう」
「神域?」
思ってもいなかった言葉が出てきた。神社だから正しい気もするが。
「オレは信じてはいないが例の神が住む場所らしい。親父も心から信じてるかは正直わからない。しきたりで神域と定められているから大事にしているだけのようにも思うが。まあ爺さんは行方不明になるまではずっと大事にしていたな。いたずらで入ろうとしたら酷く怒られた記憶がある」
浩平は信じてなさそうな口振りだった。正直、スカ◯ロ神を信じろと親から言われても中々難しいだろう。俺も無理だ。
「木を切り倒すとなると派手な音がすると思うんだが、夜とはいえ浩平のお父さんにバレないか?他の家族は?」
「母親はいない。親父は毎週一回、必ず泊まりで出張に出掛ける。古臭いアナログな考え方をしているから監視カメラもない。外部の人間を中には入れないという排他的な考えだからな。警備もいない。今日だけがチャンスなんだ」
少し前まで実家住まいだっただけはある。家族のスケジュールは把握しているようだった。
「なるほど、わかった」
ここは浩平の実家だ。素直に任せようと俺は返事をした。
歩いている途中、タクシーの中で浩平が話していた例の蔵を発見した。
ここに例の座敷牢があるのかもな?と少し気になったが、足早に歩く浩平の後を追いかけ俺はひたすら歩き続けた。