サイドストーリー① 村での穏やかな生活
「また、ここにいたの?」
「うん、ここすき」
娘は外に出掛けるのが好きだった。元気な子であちこち走り回っていた。社交的で女の子とも男の子とも遊んでいた。木に登ったりかくれんぼをしたり、毎日楽しそうに過ごしていた。
だが、時には疲れることもあるのだろう。そんなときは大抵村の外にあるこの高台に一人でいた。
何でもここから見る景色が好きらしい。夜空を見たり、暗闇の中・・・家から漏れる灯りを見ていると何か不思議と暖かい気持ちになれる。だからこの景色が好きなのだと母親の私には教えてくれた。
なんでもお父さんには秘密らしい。心配して夜遊びしていることを咎められ喧嘩になったそうだ。だからお母さんには話すけどお父さんには秘密にしてねと言われた。可愛い顔で言われたら断れなかった。親バカだと思う。
でも、仕方ない。母なんてそんなものだろう。私はこの子が可愛くて可愛くて仕方なかった。
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「おかあさん、ごはんなに?」
「シチューよ、あなたの大好きなやつ」
「えへへー、ありがとう」
娘の笑顔が好きだった。嬉しい時に娘は屈託なくまるでヒマワリが満開に咲くかのように笑うのだ。見ると私まで笑顔になるような幸せな気分になれる笑顔だった。
「美味しい?」
「おいしい!」
「良かったわ」
「うん!!ありがとう、おかあさん」
食べることが好きなのか好物を食べてるときは黙々と食べる子だった。ニコニコしながら食べている娘のこの顔も私は好きだった。娘はわりと食いしん坊だった。
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「おかあさん、このこかって」
「あら、どうしたの?」
「ついてきたの」
「そう、困ったわね。野生の狼かしら?困ったわね」
狼は人に懐かない。人を噛み殺す狼もいる。小さなこの子にとっては危険な生き物だ。私は心配だった。どうにかして諦めさせないと。だが、娘は飼う気満々だった。
「ちゃんとせわするから・・・おねがい!」
「うーん、でもねえ。危険なのよ」
「だいじょうぶ!ちゃんということきくもん!」
「でもねえ・・・」
困った。娘はわりと言い出すと聞かないところがある。
「ほらみて!」
「あら・・・」
狼は娘の隣でピシッとお座りをしていた。そして娘はそれに遠慮なく抱き着いている。体重もかけている。むしろのしかかっている。狼は困り眉になっているが、うなるような気配は一切ない。へっへっへっへっへと舌を出して嬉しそうにしている。懐いているのだろうか?
「ねーねー」
「うーん」
娘は遠慮なく狼に体重をかけ続けている。耳を触ったり、口元を触ったりやりたい放題だ。それでも狼は娘に怒るような素振りを見せなかった。
「しばらくはその子と遊ぶときはお母さんと一緒によ、一人では遊ばないこと」
「はーい、だからおかあさんすき」
仕方ない。幸い賢い子のようだ。それに娘もそろそろ戦う訓練を始める年齢だ。仮にこの子に襲いかかったとしても自分の身を守るくらいすぐに出来るようになるだろう。それに・・・娘のこの顔にはなんだかんだ勝てないのだ。
・・・・・・・
「レン!とってきて!」
娘は今日も狼と遊んでいる。あれから三ヶ月が経った。幸い狼が悪さをすることはなかった。むしろ群れに所属して安心したのか村の中でお腹を見せて昼寝する姿もあちこちで見られていた。
まあ、大抵は娘のそばにいて、あちこち走り回っている娘に楽しそうについて行ってるのだが。
「おかあさん、みてたの?」
「ええ、賢い子ね」
「うん、レンはかしこいの」
娘は狼をレンと名付けて可愛がっている。最近は木の枝を放り投げて取りに行かせている。レンもその遊びが好きなのか何回もせがんでいた。
問題なさそうだな。
最近になり私はこの狼への警戒を解きつつあった。なんせ大切な娘の件なのだ。どうしても心配が先に立つ。
そんな平和な日々が続いていた。これからも続くと思っていた。
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ある日のことだ。村で一番の狩人が死んだ。吸血鬼に殺されたのだ。もう高齢だったのもあるのだろう。若いうちはとても強かったが寄る年波には勝てないようだった。
次の日のことだ。村で二番目の狩人と三番目の狩人が死んだ。同じ吸血鬼に殺されたのだ。幸いと言っていいのかわからないが、相手も殺した。相打ちになったのだ。
死んだ狩人たちは特殊な武器を持っていた。村に代々伝わる特殊な武器だ。
武器は使い手を選んだ。誰もが使えるわけではない。使う資格のないものにはそもそも持ち上げることさえろくに出来ない。そんな代物だった。
武器は吸血鬼を殺す有効な武器だった。他にも誰もが使える吸血鬼殺しの武器は存在していたが、やはり切り札となりうる特殊な武器の継承者は村にとって必要な存在だった。
吸血鬼が弱ければ別に問題ない。村人は全員が訓練を受けていた。弱い吸血鬼程度であれば返り討ちに出来たのだ。ただ強ければ村にある汎用の武器では叶わなかったのだ。
村人が集められた。
武器を使えるものを探すための儀式を行うためだ。儀式は簡単だ。使い手がいないときに保管する儀式の間でしばしの間過ごすのだ。
武器は使い手を勝手に選ぶ。使うに値するものがいればそのものに対し黒い触手のようなものを伸ばすのだ。
物理的に触れる触手ではない。黒い色をした不定形の暗黒の光のようなものだ。初めてその光を見た時、その光がとてもおぞましいものだと思ったことを覚えている。
使い手に対しそのおぞましい光は絡みつき、少し経つと契約は自動的に結ばれる。そういうものだった。
何人もの村人達が儀式に臨むが誰も選ばれない。
困った。このままではいざというときに村は危険だった。
この村は吸血鬼を狩ることを生業としていた。その結果吸血鬼からは敵視されていたのだ。
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ある日のことだ。娘はまたどこかに一人で出かけていた。
いつもの場所だろう。そう思い私は村の高台にやってきた。
「もう、またここにきてるのね」
「ここ、すきなの」
何回もしたやりとりだ。娘は村の灯りを見ながらぼーっとしていた。
娘の背中にはレンがいた。レンが娘の背中に寄り添うようにおすわりをしていた。少し今日は寒い。レンの体温は暖かいだろう。娘を暖めているつもりなのだろうか?そんな想像をした。
娘はレンを背もたれにして心地よさそうに座りながら村を見ていた。
「ねえ」
「はいはい、どうかした?」
「さいきん、むらのみんなへん」
「そう?いつも通りよ」
「ほんと?」
「ええ、別になにもないわよ」
娘にはあんまり心配をかけたくなかった。
吸血鬼がどうとかいう話はもう少し大きくなってからでいい。訓練自体は遊びの過程で少しずつ教えていたが、あくまでそれは遊びの範疇だった。身体作りの一環であるとともに才能のあるものを選抜する意味合いもあるのだ。訓練は全員受けるが狩人に選ばれるのはあくまで一部だった。
娘の才能はわりとあるようだった。親としてはあまり吸血鬼狩りをする狩人にはなってほしくない。過酷な仕事だ。死んだものも多い。笑いながら狼と村をはしゃいで走りまわっている無邪気な子だ。狩人なんて性格的に向いていない。それに狼を犬と勘違いしているちょっと馬鹿な所もある子だった。狩人には向いていない。
可愛い我が子に辛い思いはさせたくなかった。
普通に成長して素敵な男性と愛し合い、いつしか結婚して子供を産み育てる。そんな幸せな生活をしてほしい。そう思っていた。
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ある日のことだ。
村の中が騒がしかった。儀式の間あたりで何かあったらしい。私は娘を探しつつ通りすがりに儀式の間の様子を見た。そこには大勢の村人がいた。何かを囲むようにしてザワザワしている。何かあったのだろうか。私はそう思っていた。
ふと・・・虫の知らせだろうか?私は嫌な予感がした。妙に気になった。
私は少し背を伸ばし儀式の間の様子を覗くことにした。するとだ、そこにはまだ小さな子供がいた。
「おかあさん」
娘は儀式の間の中心部に立っていた。
そして、特殊な武器を身に纏っていた。娘は・・・武器に選ばれてしまったのだ。




