10話 爺活
「お客様、延長されますか?」
「え?」
「だいぶ考え込んでいらっしゃいましたよ。もうお時間です」
本当だ。気付けば時計は2時間も過ぎている。
「すまない。本当に悩んでいたんだ。少しだけ考えが・・・まとまったかもしれない」
「ふふ、それなら良かったです。」
節子が上品な笑い方をしていた。なんだろう・・・少しだけ魅力を感じた。
「助かったよ」
「そうですか。次回があれば合体しましょうね」
「それは結構です」
俺は店を出てすぐの道路で少しぼーっとしていた。節子と話して少しだけ気が晴れていた。
さてどうしようか。少しだけ伸びをして寛いでいた。ふと、前を見ると・・・おや幻覚かな?ここで見えたら不味いものが見えた。
目の前を見ると・・・そこには妹のリサによく似た人が迫力のある笑顔をしてこちらの方を見ながら立っていた。視線は確実に俺をロックオンしている。手もヒラヒラと振っている。
うん、この距離では見間違えようがないな。今朝一緒にご飯を食べた際にも会った実妹だわ・・・あれ。
相変わらず我が妹ながら可愛い。顔は童顔だが整っている。そして茶に染めて肩まで伸ばした髪はポニーテールにしてまとめていた。わりと着ていることの多い短めのダメージジーンズと洒落たパーカーを着て待ち構えていた。
うん、似合ってる。これでもう少し胸さえあれば男にモテまくっただろう。
やべえ、容姿を褒めている場合じゃない。俺はシスコンではないはずだ。気づけば距離を詰められていた。もう目の前にいて俺をジロジロと凝視していた。
「で、なにしてんの?」
「こんにちは、いいお日柄ですね」
とりあえず天気の話題でも振ろう。困ったときは無難な会話からだ。
「・・・・・・」
「いや、その。うん、なんだ」
「クソ兄貴、風俗通いにハマったの?」
呼び方が・・・朝はお兄ちゃんだったのにクソ兄貴に降格していた。切ない。
「違う、そうじゃない」
この店に通ったのはまだ・・・20回未満だ。まだハマっていないはずだ。あと、今回のループだけで考えると3回程度だ。その程度ではまだハマったとは言えない。
言うならば3回ほど道でたまたま出会ってご挨拶をした知り合い程度の関係だよ。決してハマってなどいない。
「まあ、わかるけどさ。で?」
ふう、日ごろの行いは大事だな。どうやら信用してくれているようだ。そのとおりだ。俺は風俗にハマってなどいない。
「で?とは?」
「わざわざこんなところに来ないといけないほど追い詰められてる原因が知りたい。今更言い逃れされても誤魔化されるほど私と兄貴は浅い関係じゃない。何年付き合っていると思ってる?なんであんな今にも死にそうな声を上げてたの?」
完全に何かを勘付かれている。そして尾行されていた。
「兄貴から話すの待ってたからさ。言う気はなかったけどね、この前洗面所の鏡に映ってなかったよね。それで深刻そうにずっと鏡見てたよね。私、横で見てたから気づいてたよ?」
完全に全部バレてる。興味なさそうなフリしながら気づいてたのかこいつ。
「移動しよっか」
「・・・はい」
・・・・・・・・・・
「ここならいいでしょ」
「カラオケか」
「そ、防音だし。人目もない」
「たしかにそうだが」
「洗いざらい話そっか。何時間でもここなら居れるし」
・・・俺は気付けばあの女だけでなく、妹にも追い詰められていた。俺は諦めて話すことにした。
「これは嘘みたいな・・・実は本当の話なんだが・・・」
・・・・・・・・・・
「ふーん、吸血鬼ね」
「信じるのか?」
「微妙」
そりゃそうだ。むしろ信じられても困る。
「うん、そうだろ」
「まあでも島には着いてくわ。確かめたいし」
「・・・ワッツ?」
「島には着いてくわ」
どうしよう。縛ってどこかに放り込んでその間に島に行くか。後が怖いが。とりあえず島に連れて行くのはないな。適当に誤魔化すか。
「いや、すまんな。作り話だった。実はな、最近コスプレをした変態爺さんに付き纏われていてな。その対応に悩んでいたんだ」
嘘ではない。こういうときあの変態は頼りになるな。説得力がある。
「その変態爺さんとはどういう経緯で出会ったの?風俗店?吸血鬼関連?」
「パパ活だ」
自分でも何言ってるかわからない。だが、こういうのは勢いが大事なんだ。あと、堂々とした態度。嘘でも堂々とそれっぽく言えば本当っぽく聞こえるもんなんだよ。
「ふーん、いくらもらったの?」
明らかに信じていなさそうに聞いてきた。相変わらずジト目だ。ご褒美・・・いや違う。
「わりといい金額を」
「ふーん、で、それも嘘?いくらなんでもそれは・・・」
その時だ。懐に入れていた封筒がドサッと落ちた。神様のイタズラが起きたかのように奇跡的に落ちた。
「何その封筒?」
ヒョイッ、そんな感じに気軽に拾った。そう、妹のリサさんに拾われていた。
おもむろに封筒を開けたリサさんの顔は固まっていた。封筒の中には五十万ほど入っていた。
リサさんはこちらをギギギギギッと壊れたロボットかのように首を動かしながら見ていた。




