9話 黙考
「お客様、その危険な相手はどうしてあなたを害そうとするのですか?理由はわかりますか?」
理由・・・あの女は不老不死だと言っていた。
そして、俺もそうだと言ったら狂ったかのように俺に纏わりついてきた。肉体を淫らに擦りつけてきた。あのおっぱいは実に・・・いかん、冷静になれ。
そして、実は嘘でしたと言ったら今までの様子が嘘だったかのようにピタッと静かになり、そして俺の首を切り落とした。
そうか、結局はそこか。
あの女に能力がバレたら駄目だ。話すな。ひたすら黙秘だ。普通の一般的な人間がたまたま生き残って吸血鬼になってしまった。そういうふうに振る舞え。じゃないと・・・前回と同じく求婚される。
あれは、あのまま受け入れていたらどうなっていたんだ?最初は無関心極まりなかったが・・・待て、落ち着いて考えるんだ。
「お客様?大丈夫ですか」
「すまない、考え込んでいた」
「そうですか、お疲れなのですね」
「悩んでるんだ。すごく・・・悩んでるんだ」
多分、今の俺の表情は見れたもんじゃないだろう。
「皆そうです。悩みの無い人間なんていません。でも、何も悩みなんて私には何も無い。そんな風に表には出さずに生きている・・・そんなものなのですよ、人は」
気付けば節子は優しい声で俺をいたわるかのような目で見ていた。そして隣に座り手を握っている。
ふう・・・なんだろな。少し落ち着く。一応希望通りの相手を選んでくれたのか、あの店員。
誰もが皆悩んでいる。
表には出さずに生きている。
つまり、あの最初は何もかも興味がないように振る舞っていたあの狂った女も実は悩んでいる・・・ということか?
悩みの内容はなんだ?
それはまさか、本当に不老不死で、その上何をしても数千年もの間ろくな目に合わないから辛くて辛くて仕方がない・・・そんな悩みか?
考えるだけでゾワッとするな。あの女どう考えても関わったらだめな地雷だぞ。思考を続けよう。
あの女は悩んでいる。そして悩んだ結果女はもう嫌になってこれ以上ひどい目に遭わないように何もせずに自分の城に引きこもっていた。
そう、静かに引きこもっていた。
そして・・・ものすごく幸運なことに自分の同類が現れて狂喜乱舞した。あの女は言っていたな。まさかこんな日が来るとは思わなかったと。
あのときの歓喜と狂気に満ちた笑顔・・・あれは自分と同じ沈み続ける地獄の泥舟に一緒に沈んでくれる相手を見つけた目だ。
一人でいつまでもいつまでも永遠に沈み続けるしかないと思っていたら自分と一緒に沈んでくれる相手が現れた。だから嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
やばいな。考えれば考えるほどあの女が本当に不老不死の可能性があるように思えてきた。
あの喜び方は常軌を逸していた。明らかにおかしかった。演技じゃない。あの喜び方は決して演技じゃない。本心から喜んでいた。
そして嘘です実は同類ではありませんと伝えたら、それが本当かどうか確かめるために俺の首を切り落とした。あの女にとってそれは首を切り落としてでも確かめる価値があることだったんだ。
何の・・・躊躇も容赦もなかったな。
本当かどうか確かめよう。確かめるためには首を切り落とせばはっきりする。よし切り落とそう。
そんな感じで俺は気づけば首を切り落とされていた。あれは嘘をついたことへの怒りとかじゃない。単に自分の同類かどうか確かめるためだけに俺は首を切り落とされた。怒りや殺意は感じなかった。あれは単なる確認作業だ。
切り落として再生すれば最高の結果。切り落として死ねば確認が出来る。それだけのためのものだ。あるいはそこまで考えてすらなかっただろう。
あの女・・・まさか本当に何千年も生きてるのか?
背中がゾワッとした。あの狂気や人を殺すことへの躊躇の無さは普通じゃない。
あり得る・・・本当なのか?そんなことがありうるのか。まさか・・・ありうるのか?




