7話 朝食
悪夢だ。恐ろしい悪夢を見ていた。俺は夢の中で気の狂った女に首を切り落とされていた。
恐ろしい・・・
恐ろしい・・・
恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい
恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい
恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい
恐ろしい・・・恐ろしい
俺は夢の中で震えていた。ただひたすらに震えていた。
・・・耐えていた。
・・・・・・・・・・
なんだろう、さっきまであれほど恐ろしかったのに急に気持ちが和らいできた。
どうしてだろう?この暖かな気持ちは・・・
誰かに抱きしめられているような頭を優しく撫でられているような感覚が・・・
「うっ、うう・・・」
「・・・お兄ちゃん?」
心配するような声が聞こえた。
俺を労わるかのような優しい声が聞こえた。
固くつぶっていた目をゆっくりと開くと、そこには何かの布切れがあった。俺の頭は拘束されていて布切れに優しく押し付けられていた。
・・・いや、これは服か。
少し身体を離そうとしたが、さらに力強く抱きしめられて動かせない。顔は少しだが何か柔らかい壁のようなものに優しく押し付けられている。
「お兄ちゃん?」
まて、お兄ちゃんだと。
ふと、頭に血液が回った。
少しだけ強引に身体を動かして顔を上げた。
パジャマ姿のリサが俺を抱きしめていた。
「すまん、これはいったい?」
「覚えてないの?」
「叫び声上げてたよ?聞いてて不安になるような断末魔みたいな叫び声」
「・・・・・・」
「落ち着いた?」
「あ、ああ」
「もう少し抱きしめてる。兄貴は寝てて」
もう朝のようだ。日の光がカーテンの隙間から差している。日の光は基本的に俺の身体に負担をかけるのだが・・・今は不思議と楽に感じた。
「すまん、ありがとう。起きたしもういい」
「うるさい。私が満足するまで私の抱き枕になりなさい」
リサの腕の力は緩まなかった。強引に腕の中から出ることもできたが・・・
俺は穏やかな暖かな気持ちに包まれていて抵抗するような気持ちがわかなかった・・・
・・・・・・・・・・
少しだけ寝ていたらしい。気分がスッキリしている。
「大丈夫そうね」
「ああ、ありがとう」
「じゃ、ご飯食べよ」
「わかった」
俺とリサは遅い朝飯を食べることにした。リサも俺もトースト派だった。トースターには2枚食パンが焼かれている。リサはバターを塗る派、俺はチーズを載せる派だ。
少しだけ焦げたチーズの薫りがいい匂いだ。視界の端ではリサが台所に立ちサラダを作っている。そして合間に目玉焼きを焼いていた。
「豪華だな、ハムエッグにしたのか」
「卵余ってたし」
「そうか」
「うん」
俺とリサはゆっくりと穏やかに朝食を食べていた。緩やかな時間が流れていた。
久々に感じる癒やしの時間だった。
・・・・・・・・・・
「で?」
「で?とは?」
「何があったの?」
「特に何も・・・」
妹のリサはジト目でこちらを見ている。ありがとうございます。
違う。俺はマゾからは脱したはずだ。カナコのことを思い出せ!あの無人島生活は素晴らしかったはずだ!
・・・ふう。落ち着いた。
相変わらずこちらをジト目で見ている。ありがとうございます。違う。
「うん、なんのことかさっぱりだな」
とりあえず惚けよう。
「特に何もないの?」
「ああ、夢見が悪かったんだよ。夢でFカップのおっぱいを触ったら殺された夢を見たんだ」
「そっか」
多少視線が厳しくなった。無理もない。目の前の相手のサイズはAAサイズだった。
「んじゃ、お皿洗っちゃうね」
「すまん、ありがとう」
ふう、思っていたより追求してこなかった。最近そんなに話してなかったし大して興味もないんだろう。
「部屋に戻る。おかげで気持ちよく寝れた」
「そう、良かった」
・・・・・・・・・・
さて、あれ夢じゃないよな。
あのロマと名乗った女は何だったんだろう。やる気なさげに対応していたかと思うと急にヤル気マックスになってこちらに食い付いてきた。
前世で夫婦だった?いや、ないよな。そもそも俺の前世は生涯童貞だった。
詳しくは覚えていないが生涯童貞だったことは覚えている。さすがに結婚したら童貞は捨てているはずだから結婚はしていないはずだ。
うーん、どうしたら良いんだろう。島に行かないと俺とあの組織の契約は打ち切りになるだろう。幸い浩平は既に変態の手で治療済みだが、まだ目覚めていない。
ただ、明らかに肉体は回復してきている。まるで枯れ落ちる前の老木みたいだった肉体は、気づけば点滴の栄養をぐんぐん吸収して以前の状態に戻ってきていた。正直少し肩の荷が降りた気分だ。時間の問題でいずれ目は覚めるだろうし。
医者も変態もそう言っていたしな。
さて、出来れば組織に入りたくない。だが、入らないと多分、俺の左足のアキレス腱あたりに刻印されている薔薇のこいつは・・・消されたりしそうだな。
となると、効果が切れたら俺は吸血鬼になるのか。
理性は残るのだろうか。そもそも黒い女の話では今の俺の状態はありえないらしいし。
通常は吸血鬼に血を吸われたらまずは意志のない操り人形になることから始まるらしい。
そしてその後、何年も何年も親の吸血鬼のために血を吸い続けて力を上納して・・・気付けばようやく意識が戻るそうだ。
戻ったと言ってもその意識レベルは低い。強いて言うなら鈍い頭で血をひたすら吸うことを考え続ける動きの早い化け物になるだけだな。
そしてその段階でしばらく過ごしてようやく今の俺の状態になるらしい。
言うならばだ。
吸血鬼に吸われる→ゾンビ→グール→半人前の吸血鬼→吸血鬼
といった段階を踏むのが通常らしいが俺の場合最初から半人前吸血鬼だ。
あんまり嬉しくないのだが吸血鬼としての才能はあったようだ。いらん才能だった。それよりはそうだな催眠術あるいは洗脳。
・・・あるいはライトニングチャージ
・・・あるいはギルティプリズン
そんな素晴らしい能力が欲しかった。あるいは時間停止能力でも良かった。
人間には効果があるが何故か犬には効果がない時間停止能力が欲しかった。
時間が止まってるのに微妙になぜか瞬きをしていたり、微妙に動いたりしている時間停止能力が欲しかった。
ふう、思考がそれていた。俺は別に悪魔の右手がほしいわけではない。あと、別にAV男優になる予定もない。セックスはしたいがAV男優になりたいわけではないんだ。
いや、童貞を捨てる方法としてはありか?まてまて・・・今はそんなことを考えている場合ではない。
思考を戻そう。あの島には行かざるを得ない。問題はその後の身の振り方だな。
あの女の地雷さえ踏まなければきっと大丈夫なはず・・・だよな・・・そう思いたい。
ふう、思考がまとまらない。幸い今日は島に行く予定の前日だ。
時間はまだある・・・誰かに相談でもするか。




