4話 準備
「殺そう」
浩平はそう言った。追い詰められているのか声にも表情にも余裕が感じられない。目が血走ってギラついていた。
「それは俺も考えていた。だがどうやって殺す?」
頼りになる。浩平はいざというときにビビる人間ではない。最初はビビっていてもいよいよとなれば腹を決めてやりきる男だ。
ある日こんなことがあった。俺と浩平は夜遅く繁華街で遊んでいた。ろくでもない会話をしたりカラオケで歌ったりとまあ大学生のする可愛らしい遊びだ。そろそろ帰ろうかなと思っていた時だ。俺たちは複数人のチンピラに絡まれていた。
「ザッケンナコラー!」「ザッケンナコラー!」「ザッケンナコラー!」「ザッケンナコラー!」「きみ可愛いね、お尻とか興味あるかい?ハァハァ。いいおクスリあるんだ。飛べるよ?ケツアナオス堕ちとか興味ない?フヒヒヒヒヒ」「ザッケンナコラー!」
まるで量産型ヤクザのようなチンピラどもだった。合間にボソボソと小さく何か囁いているチンピラもいたが、基本的には怒鳴りながら俺たちに絡んできていた。
空手をやっている浩平といえども6人相手はきついのだろう。チンピラの対応をしている浩平は弱気な表情を見せていた。腕力に自信のない俺は貝のように身動きをせずに周囲の様子を伺っていた。誰かの助けが来るような様子はない。この界隈の民度は低いのだろう。足元には誰かがポイ捨てしたビールの瓶が落ちていた。
「これからもう帰るんです。すいません」
「ザッケンナコラー!」
駄目だ。今日は満月なのだろうか?会話が全く通じていない。丁寧に対応している浩平だが会話のキャッチボールが成立していない。気づけば一人のチンピラが刃渡り10センチ程のナイフを持ち出していた。その瞬間浩平は動いていた。
エグい。容赦なく喉笛だ。ナイフを持つ手を払ってから流れるように喉笛に一本拳を入れていた。
怖いな。どう見ても急所だぞ。平和主義の俺には真似の出来ない荒業だった。怖い。そう思いながら俺は喉笛を攻撃され今にも倒れそうな男の頭部にビール瓶を振り下ろした。先輩から後輩への教育的指導にも使えることで有名な安心安全ビール瓶だ。
パリンッ
おっ、いい感じに二つとも割れたな。
その後、一瞬動きの止まった男達の隙を突き二人ほどなぎ倒した浩平にビビったのか、男たちは悲鳴を上げて逃げていった。
・・・・・・・・・・
暴力は全てを解決する。その後の深刻な副作用に目を瞑りさえすれば暴力は非常に有効な問題解決法だ。人間相手なら殺せば問題大有りなので駄目だが、相手はなにせ人を殺す化物だ。殺しても何も問題にはならないだろう。
問題なのは俺たちの手で殺せるかどうか・・・だ。
「今更だけど、アイツは・・・なんだと思う?」
浩平は俺にそう問いかけてきた。
「自分で吸血鬼って言ってたよな・・・血を吸っていたし・・・」
吸血鬼、よくいるありふれた化け物ではある。あくまで創作の物語や都市伝説での話の中では・・・だが。まさか現実で遭遇するとは思ってもいなかった。
「実は吸血鬼っぽいただの人間とかないよな?」
浩平も気弱になっているのだろう。希望的観測が含まれた問いかけだった。実は人間だったなら非常にありがたいんだが。吸血鬼を殺すよりは人を殺す方が難易度が格段に低い。
まあ、その場合殺したら殺人罪に問われるという新たな問題は出てくるのだが・・・
仮に相手が特殊な吸血能力を持っただけの人間の場合はどうしよう?
うん、考えるまでもないな。あいつが殺しに来るというのならば先に殺そう。死んでしまえば何もかも全て終わりだ。家族に危害も加えると宣言している。そして目の前で既に一人死んでいる。あいつは既に実際に人を殺した実績がある。口先だけの脅しではないだろう。ならば殺そう。もはや俺だけの問題ではすまないのだ。
「可能性は低いな。ただの人間が人間の血を吸ってどうやって相手を一瞬でミイラにする?無理だろ。おそらくは本人の自己申告通り吸血鬼だ・・・どう甘く見繕っても吸血鬼のような特殊能力を持った人間だろう」
ただの人間である可能性はほぼない。俺はそう思う。俺一人ならともかくまさか二人とも同じ見間違いをするなんてこともないだろう。女が血を吸われてミイラになったのは現実の出来事だった。
「やっぱりそうだよな」
心情的に否定したかっただけだろう。冷静に話をすれば浩平も同感のようだ。
「殺すことに反対はしない。むしろ大賛成だ。ただ・・・相手は化け物だ。どうやる?弱点は?」
そう、俺も殺すことに反対などない。
「吸血鬼の弱点と言えば、銀の武器と白木の杭とアナルプラグとニンニクと火あたりか?」
有名どころだな。果たしてあいつに効くのだろうか・・・途中少しおかしいものが混ざっていたような気もするが俺はスルーした。こういう真剣な話をしているときに突然ネタをぶっ込んでくるおちゃめな所は好きだが、今回は乗らずにスルーした。アナルの弱い美少女吸血鬼なら責めてみたいところだが見た目壮年の爺の尻を掘っても誰も得しない。
「多分、ただの火は効かない。あいつが俺たちの身体に植えたナニカには効果がなかった」
俺の肩が少し火傷しただけで意味はなかった。少しだが肩の一部分が赤くなっている。心なしかネタをスルーされた浩平の表情がさみしげに見えた。
「そうだな、あいつの能力で産み出されたナニカに火が効かないということは本体にも効かない可能性は高いか」
「それ以外の武器がメインだな。銀の武器と白木の杭とニンニクか」
うん、ニンニク以外はどこで買ったもんだろう・・・スマホで調べるか。
「銀の武器なんかどこで売ってるんだよ」
浩平は少し投げやり気味にそういった。余裕が無いようだ。まあ俺も人のことは言えない。
「少し待て、検索して調べたが近くにアンティークショップがある。ダメもとで当ろう」
ネット社会はこういうとき便利だ。すぐに調べれる。
「フォークとナイフくらいしかなさそうだけどな」
「無いよりはいいだろ」
賭けだが何もないよりはましだ。ニンニクは近所のスーパーで買えばいいだろう。
「白木の杭はどうする?」
俺はそう聞いた。
「それは当てがあるから任せてくれ。実家が管理している森で木を切り倒そう」
「森?すごいな」
浩平の実家は地主なのだろうか?
「先祖代々神主でな。少し変わった森の管理をしている」
「なるほど」
変わった森?なんだろな。まあ、今は気にしないでいいか。
「まずはアンティークショップとホームセンターに行こう、木を切る斧がいる。加工する道具もな」
「「行くか」」
俺と浩平の声が重なった。俺たちの思いは一緒のようだ。
・・・・・・・・・・
話が終わりカラオケを出た俺達は歩いて移動していた。
「浩平、確認だが金あるか?」
「いや、財布見たが一万も入ってないな」
「俺も似たようなもんだ。家に取りに帰るのは危険だよな」
「幸い学生証は持っている。身分証明書さえあれば誰にでも審査不要で貸してくれる消費者金融が駅前にあるらしい。そこでオレが借りるさ」
相変わらずいったん腹をくくると迷わずに行動するやつだ。普段は穏やかだが浩平には一度決めたことは曲げないそんな芯の強い部分があった。いうならば勢いのある馬鹿だった。俺も馬鹿だから人のことは言えないのだがな。
「いいのか?」
消費者金融の金利は高い。学生の身でうかつに借りたら破滅への道が待っているだろう。少し心配になった俺はそう聞いていた。
「ああ、幸いオレの実家は比較的裕福だ。オレが仮に死んでも代わりに返済してくれるだろう。親父は激怒するだろうが少なくとも生活に困ることはないさ」
「実家は神社だっけ?」
「ああ、ろくに税金のかからない宗教法人だよ。氏子に裕福な人が何人もいてな。毎年多大な金額の寄付が定期的にあるらしい。なんであんな古いだけの神社に寄付するんだろうな。世の中には奇特な人もいるもんだよ」
羨ましい話だ。まあ、ひょっとしたら何か特別な理由があるのかもしれないな。
駅前の消費者金融が集まっているビルの前に到着した。外から看板を見ると六階まであり、1階に1店舗ずつ別の店が入っているようだ。
「着いたな。浩平、いくら借りるんだ?」
「ここは限度額まで行く。突っ込むぞ。ここでケチって死んだら元も子もない」
「わかった。すまないが頼む」
「じゃあ行ってくる」
浩平はスタスタと躊躇なくビルの中に入っていった。普段なら全く縁のない学生には入りづらいビルなのだが相変わらず決めると迷いがない。いざというときは頼りになるやつだ。
しばらく待っていると浩平が戻ってきた。
「やったぞ」
浩平は手に持った少し膨らみのある封筒の束を俺に見せつけるように掲げながら近づいてきた。俺に見せつけている封筒には円堂金融と書かれていた。個人で金融業を営んでいるのだろうか?取り立て厳しそうだな。封筒は6袋あり各袋には50万ずつ入っていた。
封筒は6種類あり、円堂金融、刀根川金融、帝Iファイナンス、ひとときファイナンス、といち屋、万田ファイナンスとあった。どれもこれも反社っぽい気配しかしない。返済が滞れば身柄を拐われて地下で働かされてもおかしくはなさそうだ。偏見かな。
1店舗ずつ限度額まで借りた浩平は合計300万を手にしていた。少し興奮しているのか手が震えていた。
「300万もあるのか、何でも買えるな」
内心、こんなに借りて返せるのか?とも思ったが、本人が大丈夫というなら大丈夫なんだろう。まあ、今はそんな先の心配をする余裕などない。まずはあいつを殺すことが優先だ。
「ああ。車だって買えるぞ」
相変わらず馬鹿なことを言っている。だがこういうときは後先考えない馬鹿なやつの方が頼りにはなる。
買い物を済ませた後、俺たちは相談の結果ホテルの部屋を借りることにした。いったん荷物を置く場所と木材の加工用に人目につかない場所が必要だったのだ。
駅前のシティホテルで少し広めのツインの部屋を確保した。俺たちは荷物の整理をしながら話していた。
「もうこんな時間か真っ暗だな」
ホテルの部屋の窓から外を見ながら俺はそう呟いた。
「体力は残ってるか?木材を確保しに行きたい」
「ああ、なくても行くしかないだろ。なんせ命がかかっている」
「じゃあ今からオレの実家の神社に行こう。買ったトランクに斧とノコギリを入れていくぞ」