1話 転機2
これは俺が呪いの武器を手にした頃の話だ。当時の俺は半分くらい吸血鬼になってはいたもののまだ人間だった。
魔王となってしまった今でもこの時のことはよく覚えている。俺はどうすればよかったのだろう?何を見捨て何を選ぶのが正解だったのだろうか?
今でも考え続けている。今でも悩み続けている。過去は変えられない。変えられないのならば悩む意味などない。これはただの未練だ。何の意味もない。そんなことはわかっている。だが・・・ずっと悩み続けている。
俺はどうすれば・・・良かったんだろうな。
呪いの武器を受け取らずに組織との関係を完全に断ち吸血鬼になってしまえばよかったのだろうか?
だがそれは、親友である浩平を見捨てることと同義だった。当時の俺には浩平を見捨てることなどそもそも選択肢としてなかったのだ。
それに・・・人であることに未練があったのだ。家族と一緒に人としてまだ生きていたかった。肉体は吸血鬼になりつつあったものの、まだ心は人間だったのだ。
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焼肉屋での惨事から2日後、俺は黒い女に連れられ船に乗っていた。
本部はとある島にあるらしい。正確な場所は秘密だ。吸血鬼共の攻撃から守るためなのか知らないが場所は秘密にしているらしい。
船には俺と黒い女と魔法少女の3人が乗っている。運転手は魔法少女だ。個人的には魔法少女ではなくてカーネルと呼びたい。何回かは既に呼び間違えていた。
ちなみに契約のクーリング・オフは効かなかった。当然と言えば当然だ。
魔法少女の運転する船の乗り心地は意外と悪くなかった。片目でよく運転するものだ。片目を失ってから長く経つのかもしれないな。
俺たち三人は操舵室にいた。
「その・・・胸の調子はどうだ?」
俺は魔法少女の方を向いて聞いた。
「女性の胸について男性が気安く聞くものではありませんよ」
なぜか黒い女が答えた。なんだろう、この前もそうだったが明らかに魔法少女へ質問したのになぜか黒い女が答えてくる。実は俺と仲良くしたいのだろうか?そして口下手だからこんなやり取りになるのだろうか?
いや、そんなはずはないな。
とりあえずお前に聞いてないとツッコミを入れたかった。容赦なくグーで殴りたかった。俺は歯をギリギリと食いしばり耐えた。魔法少女はこちらを気にせず運転に専念していた。
その後会話は無かった。
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島についた。意外と大きな島だ。関係者以外は誰もいない無人島らしい。つまりコスプレした爺がいようと裸になろうと何をしても問題はない。そういう島だ。
出来れば美少女や美女の水着回とかあって欲しいが・・・横の黒い女の露出はゼロに近かった。首筋と手首以外は全て服に覆われていた。暑くないのだろうか?ちなみに島にはビーチがあった。
当然のごとく未だ童貞の俺は飢えていた。言うならば狼、餓狼だった。そんな俺はついついこんな言葉を発していた。
「ビーチがあるのか。水着で泳ぐのもいいかもしれないな」
あわよくば女の水着姿が見たい。黒い女は見た目だけは良かった。着痩せする体型で服を脱ぐと実はナイスバデーとかそういうのを期待していた。
もう色々続いてハッチャケていたんだ。何回も死んだり容赦なく頭部を潰されたり目の前で踊る半裸の変態がいたり半裸の変態が焼肉の脂で乳首に火傷を負ったりと色々なことが有り過ぎた。
「友達と泳ぎに来たいですね。まあ、この島には連れて来れないのですが・・・海とか泳ぎに行きたいですね」
「その友達は脳内の友達ですか?それともクマですかね?失礼、哺乳類ですか?」
俺は口がだいぶ滑っていた。多分焼肉の脂で滑ったんだ。
「失礼ですね。私と同年代の方ですよ。どんな方かは秘密です。でも優しい素敵な方ですよ」
女バーサーカーあるいはオーガ、あるいはベルセルクとでも言った名前が似合う女に優しい友達・・・うん、多分この女の友達の優しさはこんなんだな。
『殺意がわく。周囲の者を皆殺しにしたい気分だ』
『わかる。超焼き討ちしたいよね!』
『薙ぎ払おう、嬲るのは好かん一撃で殺そうぞ』
こんな会話してそうだな。俺はそんな想像をしていた。なお、続いて女の異名を聞いたら異名は教えてくれなかった。聞いたんだよ。そうしたらさ。
「恥ずかしいです」
という巫山戯た答えを真顔で言われた。女への殺意が再び湧いた。お前そんな恥じらいとかあるキャラじゃないだろう。仮にあるにしても恥じらいより前に人としての優しさを最低限持ってくれ。
還暦間際の爺の乳首に熱々の焼肉の脂を容赦なく飛ばして乳首を火傷させておいて、何事もなく焼肉を食べ続けるのは人としてどうかと思うぞ?
俺はあのとき焼肉屋で戦闘が起こるのかと生きた心地がしなかった。場合によってはまた死ぬのかと思ったくらいだ。
ちなみに、他人に能力や呪いを明かすことは禁忌とされていた。明かすことは弱点につながるし本人にも周囲にも禍を齎す。俺は再度釘を刺されていた。
魔法少女の呪いは・・・コスプレ姿や不自然に幼女染みた話し方から呪いの内容の推測は可能だったが、一応は秘密だった。いわゆる公然の秘密というやつだろう。
流石に単なる趣味や性癖であんなコスプレを普段着のように着たり、まるで幼女のような口調で話す人は・・・いないといいな。仮にいるとしたら・・・
もしそうなら・・・別居を決断した奥さんは当然の判断を下したと言えるだろう。お子さんが父親の姿を見て捻くれたり、学校でイジメに遭わなかったか心配でならない。あれが授業参観に父親として来たらしばらくクラスの話題を悪い意味で独り占めだろう。俺なら登校拒否になりかねん。
俺たちはそんな会話をしつつ、本部の建物を目指し歩き続けていた。




