サイドストーリー 店員
ふう、疲れた。私は某有名焼肉店の店員だ。接客担当として勤務を始めてもう5年になる。そろそろ中堅からベテランの域になりつつある。だが、たまに思わぬお客様が現れて対応に困ることがある。悩みは尽きない。以下はそんな物語だ。
「いらっしゃいませ」
そう頭を下げて挨拶をしたあと、私はどうしようか悩んでいた。顔面がピクピク痙攣しそうだった。辛い。まともに見れない。笑え。笑え。笑顔を作れ。何事もなく笑顔を作れ。よし、できた。
「本日はようこそお越し頂きました」
「コシツ オネガイ」
ブフッ、どうしてカタコトなんだ。コスプレだけでも大概なのにセットで私を殺しに来る。きつい。極めてきつい。だが、ギリギリセーフだ。耐えられた。
「こちらへどうぞ」
「カンシャ」
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辛かった。あの個室にはもう戻りたくない。だが、行かざるを得ない。誰もあの客には触れたがらなかったからだ。当たり前だろう。私もそうだった。
店長に相談した。警察に通報したほうがいいんじゃないだろうか?私はそう相談していた。
「うん、服装は何着ても自由だしいいんじゃないかな」
相変わらずテキトーだった。物事には限度があるだろうに。だが、店長の判断がそうならば私の独断で警察は呼べない。仕方ない。普通に接客するしかないか。
「いらっしゃいませ」
おや、綺麗な女性だな。モデルさんだろうか?独特の黒い服装に綺麗な黒髪が少し神秘的だ。羨ましいな。
ところで隣の明らかに死んだ目をしている体調の悪そうな中性的な青年はなんなのだろうか?時折何かブツブツと呟いている。不思議な組み合わせだな。
「先に部屋をとってもらっています。〇〇の部屋と聞いています」
〇〇の部屋だと。あの・・・変態の部屋か。どういう組み合わせなんだ。さっぱりわからない。関係性がわからない。
「どうぞこちらへ」
混乱しつつも私は接客を続けていた。
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ふう、疲れた。だが、少なくともあと何回かは呼ばれるだろう。なにせまだ料理の注文をしていない。最低でも2回はあの魔の部屋に行く必要があった。
ピンポーン
呼ばれてしまった。気が重い。気が重いが行くしかない。
「ランチセットを3つ。ここからここまで全て2人前ずつ全てお願いします」
凄く食べるな。このコスプレをした人が食べるのだろうか。気にしても仕方ない。私は注文を受け取るだけだ。あとのことは知らない。
お、料理の準備が出来たな。持っていこう。
入室したらコスプレをした変態が中性的な容姿の青年に向かい土下座していた。そして帰ってきてほしいと頼み込んでいる。二人は夫婦なのだろうか?聞いている話だけで判断するとそうなるのだが、青年ではなくて実は女性なのだろうか?
とりあえずあれだけ情熱的な恋人つなぎをしているのだから少なくとも肉体関係はあるのだろう。間違いない。私はそう判断した。
となるともう一人いるこの黒い服を着たモデルさんのような女性は、この変態の浮気相手だったのか。
美人なのに男の趣味悪いなあ。まあ、人の好みに文句は言えないか。とりあえずここは浮気相手と奥さんが同席している修羅場らしい。料理を置いて早く逃げよう。
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ふう、さらに判断に迷う事態が目の前で繰り広げられていた。
奥さんが一万札を1枚、怪しい動きで踊る変態の無駄にオシャレな勝負下着にねじ込んでいた。なんだろう?どういうプレイなんだろう?夫婦喧嘩の後のいわゆる仲良しなのだろうか?とりあえずお店でそういうことをするのは辞めてほしい。早くラブホテルに行ってほしい。でも、本番をしているわけではないから注意もしづらい。早く帰ってほしいものだ。
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「またお越しください」
我ながらよく言えたものだ。できれば二度と接客したくない。何かをされたわけではないのだが笑顔を保つのに酷く苦労した。
あとになり店長から聞いて知った。
私のシフトの時間にかぶらないだけであの客はたまに来るらしい。とりあえず今後は極力かぶらないように勤務予定を組もう。私はそう固く決めた。




