6話 肩肉
世の中には分岐点というものが存在する。
そこを踏み越えなければ後戻りは出来るし、別の選択も可能だ。だが、分岐点を踏み越えてしまったものはもう後戻りできない。
その先にどんな辛いことがあろうとも、その先に目を逸らしたくなるようなことが待ち構えていても・・・そう、あとには戻れない。
覚悟を決めて前に進むか、傍観者のように全てを諦めて見て見ぬ振りをして過ごすか、あるいは全てをあるがままに受け入れるか、あるいは死ぬか。どれかを選ぶしかない。
この絶望に満ちた世界には都合の良い選択肢などは存在しなかった。
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「ワッフル!ワーーーーーッフル!!リップル!!リッーーーープル!!!プロテイン!!プロテイン!!」
目の前の変態は踊っていた。腰をユサユサと揺らしながらフラダンスのように踊っていた。そして動きはまるで水が高いところから低いところへと流れ落ちるかのように自然だ。
・・・明らかに踊りなれている。
「ワッーーーフル!ワッープル!ギムミー!」
そしてフラダンスから踊りはレゲエに変わった。もう充分酷すぎたがさらに下があるとは思わなかった。
下着が見えた。黒い下着が見えた。勝負下着か・・・おかしい。おかしいよ。フリルもついてるよ。
魔法少女の下着は見えないはずなんだ。大人の都合やマジカルパワーな不思議パワーで見えないはずなんだ。どうして見えるんだ。どうしてこんなにくっきり見えるんだ。
近い、距離が近い。俺の呼吸が明らかに目の前の変態の股間に吹きかかる。目の前の変態が少しでもバランスを崩せばこんにちはだ。こんにちはしてしまう。キス?股間にキス?
やめてくれ。今思えばカナコは天使だった。次は抱く。次は抱くよ。そう約束する。これが終わったら予約を取ろう。貸し切ろう。予約を取るんだ。そして天国に行こう。パラダイスだ。パラダイスが俺を待っているはずだ。終われ、終われ早く終わってくれ。
「テル・ミーそしてギブ・ミープリーズマニーパッキャオ」
謎の呪文は続いている。そしてまるでレゲエダンサーのように踊り続けている。
俺、チップ払ってないよな?払わないと不味いよね、これだけの密着したプライベートダンスのサービス受けてるし払うのが礼儀だよな。そういった暗黙の了解は円滑な人間関係やお店に喜んでもらうには必要だ。払っておけば次にリピートした時のサービスも良くなる可能性は高い。
よし、幸い懐にお金はあるし払おう。所詮はあぶく銭だ。これだけ間近で良いものを見せてもらったお礼だ。経済も回る。金は使うべきときは使うものだ。それが貴族の高貴な義務だよ。
俺はフラフラと1万札を5枚ほど握っていた。そしてスケベな男がチップを夜のダンサーに渡すかのように、目の前に見えるパンチラならぬパンモロの黒いフリル付き勝負下着に手をかけ、金を入れようとした。
ガラッ
「追加のお肉をお持ちいたしました」
コトっ
「ごゆっくり。色々お楽しみくださいね」
店員はダンサーのパンツにチップを挟もうとしている俺を見ても、普通に追加のお肉を置いて去っていった。俺は静かに5万全てではなくて1万だけ黒いフリル付き勝負下着にチップとして挟んだ。
店員のおかげで助かったな。俺は冷静ではなかったようだ。危なかった・・・ふう、5万はさすがに・・・高い。
そして、目の前の素敵なダンサーは四つん這いになり最後に身体を不自然にブルブルと震わせた後、動きがしばらく止まった。
素敵なダンサーは立ち上がった。そしてこう言った。
「ブジ ウマク イッタヨ アクシュ」
俺は、手のひらに追加の1万を載せプロのダンサーと握手をした。素晴らしいダンスだった。
手は汗でネットリと湿っていた。何かの粘液のようなものが付いている気もする。ただの汗だろう。情熱的なダンスだった・・・無理もない。相当の運動量だろう。ちらりと見える肌は汗でテカテカしていた。筋肉はまるで太陽のように光輝いていた。
女は無言で焼肉を食べ進めていた。テーブルの上の肉は半分ほど消えていた。女の食べている肩ロースがすごく美味しそうだった。




